ep.46うたのお兄さん志望とご当地キャラ志望
歌のレッスンが終わり、スタジオでは片付けが始まっていた。
マイクスタンドが壁際に寄せられ、譜面台が静かに畳まれていく。
俺はカメラを肩にかけたまま、廊下へ出た。
そのとき――
エントランスのほうから、聞き慣れた声がした。
「ただいま戻りました!」
見ると、羽根を少しだけ乱したクラインくんと、その隣に、千鶴が立っていた。
「おかえり。イベント、どうでした?」
声をかけると、クラインくんは背筋を伸ばす。
「大成功です!
子どもたちがたくさん来てくれて、“世界一のご当地キャラ”に、また一歩近づきました!」
千鶴は、少し照れたように笑った。
「オレは……手伝い、って感じですけど」
「何を言うニャ」
奥から、
聞き覚えのある語尾が飛んできた。
「千鶴、今日は大活躍だったって聞いてるニャ」
猫太Pだ。
イベント用の資料を片手に、満足そうな顔で近づいてくる。
「子ども対応、読み聞かせ、空気作り。
どれも簡単そうに見えて、一番難しい仕事ニャ」
千鶴は目を丸くする。
「え、そうなんですか?」
「そうニャ。“上手くやろう”って人ほど、失敗するニャ」
クラインくんが、力強くうなずく。
「千鶴くんの声に、子どもたちは安心して聞き入ってました。
ちゃんと、安心できる話し方でしたよ」
千鶴は、少しだけ考えてから、ぽつりと言った。
「……妹たちに、毎日読んでたんで。その延長、みたいな感じです」
猫太Pは、ふっと笑う。
「それが一番ニャ。
“慣れてる”ってことは、“嘘がない”ってことニャ」
(……嘘がない)
その言葉が、さっきの歌レッスンと重なった。
千鶴は、しばらく黙ってから、小さく口を開いた。
「オレさ……
将来、うたのお兄さんになれたらいいなって、
なんとなく思ってて」
クラインくんが、すぐに反応する。
「では、同じです!」
「え?」
「私は、世界一のご当地キャラになります。
千鶴くんは、世界一のうたのお兄さんに」
千鶴は一瞬きょとんとしてから、大きく笑った。
「……世界一か。
じゃあ、負けてられないな」
猫太Pが、満足そうに腕を組む。
「いい目標ニャ。大きいほうが、伸びしろも大きいニャ」
その後、
猫太Pとクラインくんは先にエントランスを離れていった。
「じゃあ、今日はここまでニャ」
「また、どこかでご一緒できたら嬉しいです」
扉が閉まり、事務所の中が少し静かになる。
そのとき――
スタジオの奥から、控えめな声がした。
「折原さん」
千鶴が、はっとして振り返る。
片付けられたマイクスタンドのそばに、もも先生が立っていた。
「……イベント、お疲れさまでした」
「あ、ありがとうございます」
「今日は、歌のレッスンに参加できませんでしたよね」
「はい。クラインくんのイベントで……」
「ええ。聞いています」
責めるような響きは、まったくなかった。
「もし時間があれば、
少しだけ、声を聴かせてもらえますか」
千鶴は一瞬驚いてから、すぐに背筋を伸ばす。
「はい! お願いします!」
俺は、自然と一歩引いた。
この時間は、千鶴のために用意されたものだ。
スタジオに戻ると、もも先生はマイクを一本だけ残した。
「イベントで、たくさん声を使いましたよね」
「はい。読み聞かせも、ちょっとだけ歌も……」
「喉、疲れてませんか?」
「……大丈夫です!」
もも先生は、うなずいた。
「今日は“上手く歌う”練習はしません」
千鶴が、きょとんとする。
「代わりに――
“どうやってリズムにのせて言葉を置くか”だけ、やりましょう」
もも先生は、スタジオの床を軽く指した。
「遠くじゃなくていい。ステージの奥でもない」
一歩、前に出る。
「ここです」
千鶴は、ゆっくり息を吸った。
誰か一人が、目の前にいるつもりで。
声を出す。
もも先生は、最後まで何も言わずに聴いたあと、静かに告げた。
「……それでいいです」
千鶴は、思わず笑った。
「なんか……
歌ってるっていうより、話しているみたいですね」
「はい」
もも先生は、即答した。
「折原さんの声は、
“話しかける”ところから始まります」
少しだけ間を置いて。
「それは、うたのお兄さんを目指す人にとって、とても大事なことです」
千鶴は、照れたように頭をかいた。
スタジオの外で、俺はそのやり取りを静かに見ていた。
世界一のご当地キャラを目指す鶴。
世界一のうたのお兄さんを目指す千鶴。
それぞれの“世界一”は違うけど、
向いている先が分かったとき、大きく羽ばたける。
*キャラクター原案者*
英賀田 雪雄 :日花子
根古島 カノン :日花子
京極 真秀 :茶ばんだライス
折原 千鶴 :夏也 すみ
狭山 那音 :ギフカデ
Daz・Garcia :HUNGRY
赤河 辰煌 :ウニヲ
佐藤 翔太 :niko




