第一章
おはこんばんにちは。
吉原での恋愛小説をネトコンに向け気合いを入れて創って来ました。
よろしくお願いします。
物語に関係しない、吉原についての補足は後書きに書いてありますので、もしよろしければ最後まで見ていって下さるととても嬉しいです。
小さな始まり
ここは、江戸に栄える不夜城・『吉原』。
そしてこれは、吉原の中にある、ある遊郭での物語――……。
第一章
わっちの名は初雪でありんす。
吉原にある、『雪夜楼』という遊郭の筆頭遊女でござりんす。
筆頭遊女、とは。その遊郭の代表の遊女、女郎のこと。所謂、花魁やお職と呼ばれる立場。高級遊女。……と、言えば聞こえは良いでありんすが、ここ、雪夜楼の実態は――。
遊郭……妓楼や見世と呼ばせて貰いんすが、わっちがいるここ、雪夜楼は問題を抱えた女郎達ばかりの妓楼。
例えば。
女郎として、顔や立ち居振る舞いは一級品なのに好みじゃないお客様は永遠に振る女郎。
振る、というのは来てくれた、指名してくれた男性をお客様にしないこと。
稼ぎは良いのに、私生活がぐうたらな妓。
ちなみにその妓は私生活中に書くはずの、お客様に宛てる手紙も書かない始末。女郎としてどうなのか……とわっちは思いんす。
その他にも、そもそもの話、床入りを拒む女郎も雪夜楼にはいんす。
遣手婆や楼主さんにも散々叱られているのに全然直りんせん。
一番最悪なのが、お客様の物を盗る妓も。
ただ、その妓にそれでもお客様がつくのでありんす。不思議でおざんす……。
小さい問題もちらほらと。
盗み食いや、仲間同士の不仲、喧嘩……数えてたら、キリがありんせん。
ここは、そんな問題を抱えた女郎達が集まる妓楼。
あっ、勘違いしないでおくんなんし!
わっちはマトモでありんす。
ただ、それでもこの雪夜楼に押し込められた理由がござんして……それは。
「雪音ー! 大好きー!」
この、わっちのお客様、そして幼馴染である、日向屋冬雪。
この男のせいでありんす。この男のせいで、わっちはこの妓楼に押し込められんした。
この男のことはこの後、夜見世の刻に語りんす。
ちなみに、雪音というのは源氏名ではない……わっち(私)の本名。
……わっちが吉原に売られたのは、六つの時でありんした。
理由はよくある話、父の仕事が上手くいかなくなって、家が傾きそうになって、わっちはこの身を売ることになりんした。父も、母も泣いていんした。けれど、わっちの下にも子がいて。わっちが吉原に行かないと、皆やがて死んでしまう。飢えて、生きていく事が出来なくなってしまう――それが分かっていたから、わっちは大好きだった家族とお別れいたしんした。
両親からは、毎月手紙が届きんす。それでもわっちは、両親の顔も、弟達の顔も――とうに、忘れてしまいんした。
そうして吉原に来たわっちは、最初は別の見世に売られんした。雪夜楼のように問題がある妓楼とは違う、もっと真っ当な見世に。
わっちはそこで、引っ込み禿という、所謂英才教育を施される遊女見習いになりんした。
『禿』というのは、上級遊女……姉女郎と呼ばれる先輩遊女、姐さんに付き、そのお世話をする遊女見習いのこと。
遊女としての作法。床入りの、覗きや姐さんからの直接指導、姐さんの小間使いや雑用等をこなして、次の階級に上がりんす。
その中でもわっちがなった引っ込み禿というのは、将来を約束されなんした禿のこと。
楼主と呼ばれる、妓楼の経営者の元で英才教育を受ける禿。わっちは、引っ込み禿として当時の妓楼で育ちんした。
引っ込み禿は基本的にはお客様の前には出えせん。
次に、成長した禿は、『新造』と呼ばれる階級になりんす。
新造出し、というお祝いの儀式を経て、新造へと。
その新造にも種類があって、『振袖新造』と『留袖新造』。そして『引っ込み新造』がありんす。
『振袖新造』は、高級遊女――花魁になれる。という、見込まれた、将来を約束された新造(稀に引っ込み新造と同じ扱いを受けることも)。
『留袖新造』は、禿を経験してない子や、高級遊女になるのは難しいと判断された禿がなる新造。
振袖新造は正式な遊女になるまでお客様を取らないのに対し、留袖新造は新造になった瞬間にお客様を取る場合がある、という違いもありんす。
『引っ込み新造』は、振袖新造と似ていんすが、引っ込み禿と同じように、楼主から英才教育を施されんす。
引っ込み新造も、お客様の前には出んせん。
わっちは前いた妓楼で、引っ込み禿、引っ込み新造と段階を踏んで遊女になり……そして高級遊女――花魁へ。
花魁……正式な位としては呼出しとして見世の筆頭を背負っていんした。
これが、わっちが女郎となった経緯でありんす。
吉原の話でも……しんしょうかね。
吉原には、『大見世』『中見世』『小見世』と見世の位が分かれていんす。
見世の位を見分けるのは簡単な事。
『惣籬』『半籬』『惣半籬』と呼ばれる張見世部屋にある格子の升目の事。これが、妓楼の格を示していんす。
『惣籬』は上から下まで籬が嵌められている『大見世』。
大見世は元々張見世をしていなかった故、升目も小さく、張見世をしていなかった頃の名残とも、女郎の顔を見え辛くする事で、お客様の、もっと見たいという感情を掻き立てるとも云われていんす。
『半籬』は半分のまた半分までが空いている籬の事。『中見世』がこれに当たりんす。
羽織を着ていないお客様はお断りの見世。
交じり見世、とも呼ばれて、お客様が遊び方を割と柔軟に決められる見世でありんす。
『惣半籬』は上半分が空いている、『小見世』の籬。
小見世は羽織を着ていなくとも、全ての遊女を茶屋を通さず指名出来る見世でありんす。
女郎の値段も安く、吉原の大多数を占めている遊女屋。
客を選り好みしない見世とも。
これが吉原。
吉原の、格差でありんす。
次は……そうさなぁ、女郎の階級についても話しんしょうか。
女郎には階級がござりんす。
吉原に縁が無い方でも、わっちがさっきから使っている、花魁、という言葉は聞いた事ありんせんか?
そも『花魁』とは、吉原の高級遊女を指す言葉でありんす。
先ずは、花魁について話しんす。
花魁――高級遊女は正確には、
『呼出』
『昼三』
『附廻』
『座敷持』
と呼ばれる位の女郎の事を指しんす。
この四つの階級が、纏めて『花魁』と呼ばれるようになりんした。
花魁の言葉の由来は、禿が使っていた「おいらのねえさん」から。
これが縮められて、おいらん。花魁となっておざんす。
続いて、座敷持ちの下が、
『部屋持』
最後に最下級、
『切見世』
でありんす。
見世によっては『部屋持』迄を高級遊女とする場合もありんすえ。
「初雪花魁。花魁道中の準備をお願い致します」
「あい」
わっちの経緯と吉原や女郎の位の話をしている間にもう夜見世の時刻になりんしたか。
さて、そしたら、冬雪の説明を――と、その前に。
花魁道中と営業時間の話もしんしょうか。
夜見世。
吉原では、「昼見世」と「夜見世」、二つの営業時間がございんす。
昼見世は比較的穏やかな営業時間で、お客様の入りもまばらでありんすし、お客様の大半は門限の決まっている武士の人達や夜にお仕事のある料亭の方等でありんす。冷やかし客も多いでありんす。
女郎も、張見世につかない上級の位の女郎になればそこまでお客様は取りんせんし、張見世につく位の妓も、のんびりお客様に宛てるお手紙を書いたり、女郎同士で遊んだりしていんす。
張見世というのは、お客様が女郎を見立てる為の部屋のことでありんす。先程も言った通り、花魁の位などの高級遊女は張見世をしんせん。
吉原の本領発揮は夜見世から。
夜見世開始の合図である御触れの鈴が各遊女屋から鳴らされ、振袖新造や吉原芸者が担当する、清掻という唄の無い三味線の音が一斉に吉原内の妓楼から奏でられて、花魁……呼出しや昼三の位の女郎が、『花魁道中』を行うのでありんす。
吉原の夜見世は、不夜城そのもの。
常にたそや行灯の灯りが灯され、その灯りは江戸を輝かせ。
燦然と、豪華絢爛に。
吉原という、別世界を彩りんす。
わっちも、今は雪夜楼の花魁。
花魁道中を行いんす。
花魁道中は豪奢で粋に、豪華絢爛、優美を着飾り。
高さ五~六寸ある畳付きの高下駄に素足を通し。
妹女郎(禿や新造)とお揃いの意匠の着物を着て。
豪華絢爛な打掛を纏い。
外八文字と呼ばれる花魁道中時の歩き方でゆっくりと。
わっちを指名してくれた、主様の元へ参りんす。
これが吉原の営業時間と、花魁道中の一連の流れでありんす。
さて。
引手茶屋までわっちを指名してくれたお客様……主様の元へ。
引手茶屋とは、見世とお客様を仲介してくれる場所……と捉えてもらって大丈夫でありんす。
花魁や、大見世の女郎は引手茶屋を介さないと指名出来んせん。
引手茶屋は元々、元吉原時代にあった、女郎が客と寝る、『置屋』といった場所だったのが、置屋がなくなり、代わりに出てきた場所でありんす。
わっちも花魁ゆえ、引手茶屋まで花魁道中をするのが決まりでありんす。
わっちを指名してくれたお客様……主様。
まぁ、今日も……。
「初雪ー! 来たよー!」
わっちには、決まった主様が来るのでありんす。
今日もわっちを指名したのは、わっちが雪夜楼の花魁になる前からの馴染みのお客様。
『馴染み』というのは、女郎が、お客様と疑似夫婦となるのに必要な手順を重ねた関係のことでありんす。
『初会』と呼ばれる、女郎とお客様の、初めての顔合わせ。
これは張見世の女郎も花魁も必ず行いんす。
ここでは女郎は一言も喋らず、何もしいせん。
そうして初会は終わりでありんす。
次に『裏』。
『裏を返す』といい、初会の時と同じ女郎を指名しんす。
ここでは女郎はまだそっけないでありんすが初会ほどではありんせん。
最後に、『馴染み』。
ここでようやく、女郎も打ち解け、床入りもするのでありんす。
これが、馴染みまでの流れでありんす。
――さて、馴染みの説明もして、今からようやく本題でありんす。
日向屋冬雪。
わっちが雪夜楼の花魁になる前からの、一番の馴染みで、幼馴染の男。
大店の息子で、既にお店の経営手腕もあるという、仕事は(・)出来る男でありんす。えぇ、仕事は。
ただ……とかくわっちのことを好いていて、毎日わっちに逢いに来る……という変わった奴。わっちに逢うのにはそうそう安いわけでもありんせんのに……。
今もまた、
花魁道中で引手茶屋まで冬雪を迎えに行って、
宴席を設け、
妓楼に戻ってきて、
また宴席を設け終わった後の、
夜も更けた、わっちのお座敷。
「雪音ー? どしたのー?」
「冬雪様。わっちの名前は初雪、でありんす。間違えないでくんなまし」
「どうして? 雪音は雪音だよ」
雪音――わっちの本名。
冬雪は、他の人がいる時や宴席ではきちんと源氏名で初雪と呼びんすが、二人きりになると必ず、雪音と呼びんす。
「ねぇねぇ、俺、前から言ってるけど、二人きりの時くらい廓詞やめない?」
そうして、この一言もついてきんす。
「冬雪様。
毎回言っているではおざんせんか。
廓には廓の決まりがござんすと」
「えー。
でも、昔みたいに冬雪って呼んで欲しいよー」
「……」
私だって、好きで遊女をやっているわけじゃないわ。
その一言が口をついて出そうになって、わっちは我に返りんした。いけんせん……冬雪といると調子が狂いんす。
したが、わっちはこの男……冬雪のせいで雪夜楼に押し込められんした。
冬雪がただの幼馴染で、ただのお客様なら話は別でありんした。
わっちだって本当は、小さい頃、吉原に売られる前……そして今も。冬雪が好きでおざんす。幼き頃は、このまま、何事もなく、平和に。冬雪と所帯を持つ……そう信じていんした。
……吉原に来るまでは。
吉原に来て、冬雪と会えなくなって。
廓でのお勤めを知って。
嗚呼、もう幸せだったあの頃には戻れないのだと。
だから、この気持ちに蓋をしんした。
そして、女郎として生きてきて、花魁になって。
ようやく、冬雪のことを吹っ切れそう……そう思った頃。冬雪がわっちのお客様として目の前に現れたのでありんす。
そしたら冬雪は変わってしまっていんした。
冬雪は偏愛的になっておざんした。
わっちに愛は囁いてくれなんす。けれど……
「俺はずっと雪音のこと好きだからね」
「俺が毎日ここへ来て雪音を指名する。だから他のお客は全員断ってね」
「愛してる。愛してるよ、雪音――」
等々……。
わっちが先程言った、雪夜楼に押し込められた理由。
それはわっちが原因ではござんせん。冬雪が原因なんでありんす。
前の見世から冬雪はこんな感じに変わってしまっていて、わっちに他のお客様がついた途端に、毎回必ず見世で問題を起こしんした。
刃物こそ取り出さないものの、大声で他の人の仕事の邪魔をしたり、見世の若い衆にとってかかったり、出禁にしても見世の前に毎日毎日、何回も張り付いて……そんなことがずっと続き、とうとう、ここでは面倒を見切れないと、わっちごと雪夜楼に押し込められてしまったのでありんす。
雪夜楼は確かに問題妓だらけの見世ではありんしたが、格式はとても高いでおざんす。
だからわっちも最初の方は、大丈夫、ここでやっていきんす、廓なんて、何処でも一緒なんでありんすから……と考えていんした。えぇ、最初だけは。
でも、雪夜楼の女郎達の問題っぷりを見ていると……お職となった今は、心労だらけで……。……まぁ、冬雪と一緒にいられる方法がこれしか無いのなら、この世界、ここでやっていきんす。
先程言った通り、わっちに他のお客様がつくと冬雪は暴れ出す故、わっちのお客様は冬雪、たった一人でおざんす。ここに押し込められた時、ここの楼主さんが、それで構わないと仰ってくれんした故。
けれど床入りは一切しておざんせん。冬雪曰く、
「初めて枕を交わすのは、夫婦になってから。ね?」
……とのことでありんす。
とはいえ、わっちも女郎。高級遊女。
冬雪と再会するまでは普通にお客様を取っていたし、床入りもしていんした。
だから、もう。今更――遅い。
……でもきっと、冬雪も分かってくれているはず。
だから、それまでは。冬雪と一緒になるまでは。
この歪な関係性を保っていんしょう――――……。
お読み下さりありがとうございました。
それでは補足をば。
吉原を題材に取り扱うに辺り、吉原は豪華絢爛なだけの世界ではないことは重々承知です。
ですが、暗いだけの世界かとも言われると、またそうではないんですよね。
吉原には女のプライドと男の見栄。『張り』と『粋』が詰まっています。
今回はそんな吉原での恋愛模様を書いていきたいな、と思いましたのでこのような作品となっております。
是非、最終章までお読み下さい。自信作でもあります。
吉原での『張り』と『粋』の恋愛を表現出来てましたら幸いです。
よろしゅうお頼み申しんすえ。