1 戦争街道
ーーーーーーーーーー
初めての下界に抱いた感想は、確かに砂漠ではないが不毛な土地に変わり無いなといったマイナスなものであった。土で覆われて切れていない地雷を一面に確認したメロンは、早々に萎える。
「これ、何処に出たの?」
「戦場の、ど真ん中?」
メロンの疑問に、ミノルも疑問系でそう答える。
「あながち、間違ってはいないな。」
「ええ。軍服が2種類、左右に分かれてる。衝突前なのが幸いかしら。」
「け、怪我人がこんなに!これが戦争…か。」
ミノルの答えにリュウとウミが同意で返し、コスモは怪我人の多さに驚いている。メロンは改めて目の前の状況を確認した。
1キロ程の地雷源の土地を緩衝地帯として鼠色の軍と赤茶色の軍がそれぞれ塹壕を形成している。何日もきっとこの状態なのだろう、服は皆土砂塗れで、顔色は青白かったり、無だったり、瞳孔が開ききっているものもいる。誰もが逃げ出したいだろうに、銃を肌身離さず動こうとしない。ここには誰一人として正気の人間は居ないだろうとメロンは判断する。それでも話の出来る人間はいないのかとメロンは目を凝らして、その塹壕の奥に、片脚のない怪我人が溢れかえっているのを見つけた。負傷部位もそのままに捨て置かれているのを、扱いが生者にするそれではないだろうとメロンは人のことながらに怒り出しそうになりながら、推察してしまった、地雷があると分かり切っているのに進軍を試みたのだろうかと。メロンは人がどんどんと地雷に足を吹っ飛ばされる光景を思い描いて、きっと現実で起こったのであろう頭の中の出来事に気持ちが悪くなり吐きそうになる。何とか吐き気を抑えて仲間達を見れば、他のものも顔色が悪い。さっさとここを退散しないとと思うものの、頭は初めて見るリアルな戦場にメロン、いや全員、混乱状態から抜け出せないでいた。
だが、混乱しているのはこちらだけではない。
「なんだ!?いきなり厳つい車が出て来たぞ!」
「あれはどっちの国の戦車だ?まずあれは戦車か?」
「あそこは開かずの扉のはずだ!あそこを開ければ災いが起こるぞ!」
「祟りがくる!死者が亡者世界に引きづり込みに来たんだ!きっとそうだ!」
「な、なんだ?一体何が起こった!?」
両軍合わせて、場が騒然としている。全員が全員こちらを見て、十人十色の反応をみせる。声をあげる者が目立つが、固まって動けない者も、逆に右往左往している者もいる。異例の大混乱なんだろうことは、下界を初めて見て、先程まで混乱状態にあったメロンにも理解出来た。そうしてメロンは場の動揺に反して冷静になれた。この世界に生まれて今までに一度も開いたことのない門が、曰付きの呪いの門が開門されればこういう反応にもなるのだろうか。そもそもこの門はただの門であり、そんな大層な災難が来るはずもないと、それが分かっているメロンは現状を達観する。両軍共に指揮官のようなものが通信機器で何処かに情報伝達をし、どうやら返答がきたようで、自軍に指示を出している。
「ここを一旦停戦状態とし、その間に犯罪者の確保をせよ!」
「犯罪者ぁ?」
メロンはその指揮官の言葉に苛立ちを抑えられなかった。確かに看取った人は多いが、自分で殺した人数は0だ。それとも他の犯罪のことでも指しているのか。一応、水を盗んだ経験のあるメロンは、でもそれが罪になってたまるかと剥れる。
「メロン君。忘却門を壊したことが罪になるんだよ。」
メロンの苛立ちの声は、逆に皆を正気へと戻すファクターになったらしい。顔色を幾分かマシにしたリュウは、メロンの声にそう返す。
「え、じゃあ捕まった方がいいの?」
「いや、その必要は全く無い。このまま車でここを突っ切ろうかウミ。メロン君も、それでいいな?」
「うん。」
「すぐ出すわ。」
無駄に放心してしまったと悔み、早く方針を決めないと追っ手が来ると危惧したリュウはメロンの代わりに行動を決めて、運転手のウミに指示を出す。しかし、車は動かない。
「…ごめん。パンクした。タイヤ替える時間稼いで!」
ウミはそういうと車を降りる。道が悪すぎて門を出た僅か数分でタイヤをパンクさせる何かを踏んだらしい。
「どうしようか、追っ手が…。」
「……こねぇな。」
リュウが時間稼ぎの手段について皆に意見を募ろうとした時、コスモが後の言葉を紡ぐ。コスモの言う通りメロン達は恰好の的の筈だが、排除号令が出されてもう数分、それでも攻撃は全くない。三人が三人ともに首を同じ方向に傾けて不思議がっていると、ミノルが声をかけてくる。
「どうやら向こうさんも困惑してるみたいだよ?」
ミノルが指差す前方を全員で見ると、何やら激しい言い争いが勃発していた。
「なんでこいつらなんかと協力しなきゃなんねーんだ!」
「はあ?これはこっちの台詞だ!さっきまで銃持って向かい合ってたってのに意味わかんねーよ!!」
「おい!お前ら先に手ぇ出しといてふざけるなよ!」
「そっちが先に手を出したから戦争になったんだろが!!!!」
「なんだとぉ!」
「うーわ。もう統制も何もないね。」
メロンは口々に罵り合う大人達を見て呆れ果てる。水掛け論は止む気配がない。
「場が混乱しているのは幸運だ。ウミ、交換は?」
「大丈夫!もう出発できる!」
「なら、 「すみません!僕も乗せて下さい!」
……?」
リュウの確認にウミは頷く。ならば出発をと言いかけたメロンは、突如横から聞こえて来た声に思考を奪われた。
「えっと、あなたは?」
メロンはそう聞きながらも声の主を観察した。
まだ少年だ、年齢は12歳くらいだろうか。髪は黒くふわふわとしており撫で心地が良さそうで、身長は自分より10センチは低いだろうとメロンは簡単な目算をいれる。あどけない声変わり前の高い声に、それでも戦争孤児だったり少年兵ではないだろうとメロンは少年の服装を見て思った。
豪華な服だ。シンプルなデザインの服には少し目立つ大きめの宝石が規則正しく編み込まれており、服だけで気品を感じる。靴も兵隊の履く靴ではない革靴だ。今は土埃がついているがそれ以外のキズやゴミがないのをみるに、毎日磨かれているのだろうとメロンですら想像がついた。そこまで考えて、メロンはきっと誘拐だと結論づけた。人質か何かか行き違いか、こんな最前進まで連れて来られたのだろう。
「いや、やっぱいい。急ぐから乗って!」
名乗ろうとした少年を制し、メロンは言う。細かな事情は後回し、とにかく今は現状打破が優先だとメロンは少年を車へと引っ張り上げた。
「待て、メロン君!素性の知れない相手を入れるのは良くない、危険物を持っていたらどうする!?そうでなくても上界のスパイの可能性も!」
いきなり自分達の家同様の改造車に乗り込んだ少年に戸惑っているのはリュウだけではない。だが、リュウだけが現状の危険を度合い化することに成功している。これが戦闘経験値の差だなとメロンはリュウに関心しながら、それでも意見を変えなかった。
「ウミ、出せ!少年、一応危ない物持ってないかは確かめさせて貰う、コスモ身体検査よろしく。ミノルはそのまま前方確認だ、任せるぞ。リュウ、言いたい事はあるだろうが少年は乗せてく、悪い。あとここを抜ける誘導を頼むぞ。私は後方を確認する。」
全員に指示を出したメロンは、自分の持ち場である後方を向いた。メロンがそうしたことにより、皆もそれぞれの仕事に移る。
後方確認のメロンからは、流石に運転席の声は聞こえない。視界には両軍の殴り合いにまで発展した喧嘩を捉えつつ、意識はコスモと少年の会話に向いていた。
「ガキの癖にこんな上等な服来やがって。上界の人間が遊び半分で戦争最前進に寄り道か?」
「ガキだからって舐めるなよ!下界出身の下界育ちだけど、服は自分で稼いで買ったんだ!そこらの能無しと一緒にするな!」
「……は?下界育ち?上界人に身体でも売って稼いでたのか?」
「ちげーよ!僕は情報屋だ!僕の情報は早くて正確だって有名なんだぞ!あと抱く女は選ぶ!胸の大きい女だ!男娼なんて抱きたくもない奴抱く職は御免だね!てめえみえーなガリ女論外!」
「俺は男だ!!!!!」
「…ウソだろ……」
「ってクソが!お前は男娼の意味を勘違いしてるってツッコミを入れるつもりが!ああいつもこの見た目のせいで会話がままならねー!!」
「?男娼は男がする性関連の仕事だろ?どこに間違いが?」
「字面は間違ってねーけど、色々問題だらけだよ!」
「あんたは見た目が間違えてんだろ!」
「おい!それマジで刺さるからやめてくれ!」
おもしろい会話してんなー、とメロンは自分の背中で起きる言い合いをワクワクしながら聞く。
「よし、危険物なし。ついでに身体も健康だ。普段いいもん食ってんだろ、ガキの癖に。」
「食べ物も自分で稼いで買ってるんだ!味の違いも分からないバカ舌にならないための必要経費だ!」
「言うじゃねーか。こちとら食い物に困って国ごと消滅の危機だったつーのに。」
「!忘却界の話か!聞きたい!ききたい!…でも、それよりもお願いしたいことがある。」
「……お願い?」
コスモが聞き返すと、少年の喉が緊張かごくりとなった。空気が変化を感じたメロンは耳を澄ます。
「戦争を、下界で起こっている不毛なこの戦争をどうか止めてくれ!!!!!」
震える声高で悲鳴めいた叫びは、家と化した広々車内であったとて大音量で響き渡った。耳を澄ます必要などなかったなとメロンは耳から入る声に頭がキンとするのを感じながら思う。それでも耳を塞ぐことはしない。だってなぜなら、それは、魂の叫びだったから。声変わり前の子供らしい声で、少し掠れて揺れる声で、それでも力強く少年は続けて叫び願う。
「忘却門が破られたって聞いた時からこの人達しかいないって思ったんだ!!頼む、っ戦争を、止めてくれっ!僕に出来る事ならなんだってするから!!!っだから、っ、」
少年は、どうやら泣いているようだった。メロンはその顔を見たわけではないので正確には分からなかったが、コスモは少なからず動揺しているようだった。
「あー、と。メーロン。」
「聞いてる。コスモ、後方確認代われ。」
「おう。」
コスモがこっちに向かってくる。ハイタッチで場所を替わり、少年を見たメロンは、やっぱり泣いていた、と想像通りの光景に胸が傷んだ。絶望した顔で大粒の涙を流す少年の頭をメロンは撫でる。
「少年、戦争は止めるよ。そのために私達は来たんだ。」
「……ほんとう?ほんとうに?この戦争を止めるために!?」
「そうだよ、少年。」
正確にはメロンが総統になるために必要な工程、といったところだが、戦争を止めるというところは本当である。少しヒーローみたいな台詞になり過ぎたかな、でもこの方が少年はきっと救われるだろうから、とメロンは心中で自分の言葉を振り返る。
メロンの予想はその通りだった。
「うれしい、、初めてだ、戦争を止めるなんて言ってくれた人、今までこの世の何処にもいなかった。ずっと、ずっと、皆して戦争だって、やめてっていってもやめてくれなくて、戦争を止めるって言い出したら笑われた。どうやったって止まらないって、そう言われて、いつもいつも、戦死の情報ばかり、僕は、、っあ、ぅっ。」
少年の涙は、本物だった。メロンの言葉にひどく感激した様子で、ぽつぽつと少年自身の話が洩れている。リュウに言われて演技がワンチャンあると危惧していたメロンは、この時、肩の力を抜いた。
「悪いが忘却界を出たばかりで情報がない。優秀な情報屋さん、私達にこの戦争のことを教えてくれる?」
「……うん!」
そうして快適だと勧められた宿屋は確かにいいベットが備わっていて、久しぶりに車中泊以外を楽しむメロン達であった。
ーーーーーーーーーーーー
以下、メロンとウミ
「部屋は予約してなかったけど、この時期は閑散期ってことでまあまあ空いてた。っていっても取れたのはシングル4つ、あと、ダブルが1つ。まあ、つまりメーちゃんは私と同室。ごめんね、1人にしてあげられなくて。」
「いいよ!ウミは私と女子会いや?」
「いや、いいけど、、話が合うかどうか。」
「確かに機械のことは分かんないなぁ。ってことで、俗っぽい話しようよ。」
「ぞ、俗っぽい?」
「ズバリ!中界の故郷に彼氏がいるんでしょ?」
「え、いないけど。」
「え!?なんで!?」
「いや、こっちこそ。何でそう思ったの?」
「だって7年で統一してって言って、その同じ年で結婚するって言ってたことは、もう相手は居るのかなと。楽園離れる時に彼氏の話は出なかったから、てっきり故郷かと。」
「成程ね。でも、32歳でも大丈夫とも言ったはずよ。」
「…その歳の内に結婚相手探すの…?」
「何か問題が?」
「い、いえまったく!私の所為だもんね!」
「メーちゃんは?結婚したい?」
「いや、私は生涯1人だよ。」
「その年でもうそんなこと決めて、もったいないよ。」
「う、うーん。でも総統なんて目指してしまったからには、仕方ないというか。」
「なんで?メーちゃんらしくない。ここは欲張ろう!どっちも手に入れようよ!お金…はいいか。メーちゃんは総統になるんだもん。それを隣で支えられるイケメンがいいよね!」
「…ちょっと待って、その分厚い白いの何?」
「あ、メーちゃんお見合い写真知らないか。」
「いや、何でそんなもの持ってるの!?」
「あの子が情報屋だっていうから、いい男片っ端からあげてって言っておいた。あの子、仕事早いね。」
「ウミこそおしごとはやいね……?」
「で、メーちゃんのタイプは?あ、メーちゃんと同い年くらいの子の写真もあの子から貰ってこようか。」
「いい、いい、いい!」
「そう?じゃあ、とりあえず写真は山程あるからタイプだけでも。」
「くっそ!今日も車中泊か!」
「あっまて、待って逃げるな!メーちゃん!」
なんだか女子部屋騒がしいな。 by男性一同
ーーーーーーー
一晩空けて、メロン達は1番広いダブルの部屋に全員で集まっていた。盗聴器があるかを確認する少年を見ながら、盗聴器とは何かとメロンはウミに問う。その間、ミノルとリュウとコスモは盛大に散らかった部屋、主に見合い写真を片付けてあげていた。
「いや、大量のお見合い写真持ってる時点でどうかと思うけど、よく一晩でこんなに散らかせたな?とりあえず見合い写真散らかす人間は結婚候補に入んねーぞ?」
「悪かったわね!あとで自分で片付けるつもりだったのよ!あと!もうどれだけ相手探しに時間かけれるか分からないから!一分一秒が勝負なの!分かる?」
コスモの正論に、ウミは強気でぶつかっていく。
「女の旬ってか?そんな歳喰ってるようにみえねーけど。」
「今25才。でも7つも歳喰ったら32才よ。」
「…もしかしてお前ら7年でこの星統一する気か?」
「そうだけど。」
最後のコスモの質問にはメロンが答えた。そういえば具体的に何年とはコスモに言ってなかったと思い出す。
「頭イカれてるだろ。」
「諦めろコスモ。そういえばお前は何歳だ?」
「俺は26。リュウは?」
「今が30だ。良かったなコスモ。33才でこの星の頂辺メロン君と一緒に見れるぞ。」
「いやいやいやいや。左腕のあんたがその考えか?おい、ミノル…はメーロン馬鹿だからいいわ。ああ、まともな奴がいねー!」
相談前に選択肢から除外されたミノルは、それを気にすることなく、お見合い写真を何処に纏めればいいかウミに聞いている。ウミはいい奴いなかったからゴミ箱でとまあまあ最低な返事をした。
「え?いい奴いなかった?」
少年は情報屋としてのプライドがあるのだろうか、ウミに少し喰ってかかる。
「どいつも中界にいた時一度会った奴らよ。芸術を理解出来ないなら理解出来ないでいいのに、理解したフリして言い寄って来て自分の為に作品が欲しいとか言い出して。確かに一定距離保ってるなら紳士かも知れないけど、結婚相手にあいつらはないわ。」
「へぇ。了解。生の声は助かるな。」
そう言ってなにやらパソコンに情報を残す少年は文字入力をしながらそういえばとメロンの目を見た。メロンを見ながらでも文字入力をやめない少年にメロンは器用だなと驚く。
「統一って?何の話?」
「そうだ。何でもするって言ったんだ。お前も私の仲間になれ!歓迎するぞ!」
「いや、だから何の仲間?」
「なんでもするって言・っ・た・よ・な?」
「言った、言ったけど!ああ、分かった男に二言は無しだ!仲間になる!」
「ん。で、ああ、統一ね。私はメロン、未来の総統だ。この星にある国全てを一つの国に纏めて、そこの総統になるんだ!7年ってのはその期間の話。」
「…え、スケールデカくない?」
少年は思った以上の話だったのか、暫しフリーズしていた。ただし、そのフリーズを待つ余裕のないメロンにすぐに起こされた。
「で、それより戦争の詳細だ。一分一秒でも早く戦争終わらせたいんだろ?」
「!!うん!じゃあ少し長くなるけど、一から順番に話させてくれ。」
ーーーーーー
元々下界には多くの国があった。星の数とまでは言わないが、小さな国同士争いを避け、なんとかその日暮らしで生活していた。それが変わったのは3年前、自国民が殺されたとしてある国が戦争を仕掛けた日からだ。仕掛けられた国はそんなことはしていないと否定し、両国とも自分の主張を覆さなかった。
「それから、他の国でもそういう言い争いが増えた。今思えば上界人が絡んでたことは明白だったのに、当時の僕にはそれは理解出来なかった。」
「当時って、いくつだよ。」
「9才。」
「普通に無理だよ。」
間にメロンは口を挟み少年の自虐を庇うがそれは良くなかったらしく死んだ目で首を振られた。少年の説明は続く。
それから小さな国同士はより多くの武力を求めて同盟を組み始め、それはいつしか攻めたと主張する同盟と攻めてないと主張する同盟に二分した。そうして始まったのが今起こっている通称、下界統一戦争。この戦争で勝った同盟には下界の歴史を好きに弄れる権利が与えられるらしい。
「え、相手に事実を認めさせるとかじゃなくて?歴史を好きにって……。」
「ね?如何にも上界人の考えそうなことでしょう?」
「それを皆知ってるから戦ってるの?」
「いや、知ってるのは一部の同盟国の長だけ。末端の兵士達はなんで戦ってるのかすら分かってない人もいるよ。中には開かずの門の呪いから戦争が始まったって思ってる人もいた位だし。」
メロンはおいおいと息を呑む。闇だらけにも程がある。黙ったメロンの代わりに、リュウが少年を質問攻めする。
「確認させてくれ。歴史を弄れるって理由で戦争が始まったのか?」
「いや、それは違う。本当に自国民の殺人が理由だ。その話が入ったのは、戦争が継続困難になりそうになった一年前くらい。」
「継続困難?」
「人の疲弊もあるし、戦車の劣化もある。挙げればキリなんてない。物資不足で戦車どころか普通の銃も暴発の危険のある破損放置で使い回し。普通に戦争どころじゃ無い筈なんだよ。だけどそんな時、今回の勝者には歴史改変の権利を与えようって上界人が言ってきたって訳。」
「戦争を煽ったのか……。ちなみに証拠を提示できるか?」
「うん。コピーだけど。」
そうして少年の見せた資料には確かにその文言のある書類が薔薇の判子と共に存在していた。他にも色々と資料があるので見てみれば、戦争の火種になった国民殺しの指示書もあった。
「「「薔薇…。」」」
リュウ、ウミ、コスモはその判子に反応する。メロンはそれを見て理由を聞こうとするが、その前にミノルの言葉が頭を駆け抜けた。
「……待って。この、理由、なに?『退屈だから戦争が見たい』…って、なに?」
は?なんだそれ?
メロンはミノルが持つ資料を覗き込む。そこには道徳倫理の欠けた言葉の羅列があった。
退屈だから戦争が見たい
人が醜く争ってるのウケる
人がする命の遣り取りっておもしろい
地雷で自分の土地めちゃめちゃにしてるの笑える、元から貧相なのにかわいそ。
人が飢えてるの見ながら食べるデザートが1番好き
わざと不良武器卸してやった。引き金引いて絶叫ワロス。
人が大砲で木っ端微塵になるのマジ芸術
またあの爆破!ってやつやりたい
悲鳴が堪んなく快楽!いいね!
戦争、さいこー♡
ビリッ!!
メロンは思わず、紙を拳で殴ってしまった。用紙は真っ二つになり、ミノルがあっ、と声を出す。
「、ごめん、ミノル。つい。あの、少年、これ。」
「予備あるから大丈夫。次から気をつけて。」
「……分かった、ごめん。」
メロンは震える拳をなんとか収めて謝った。余りにも醜悪で自分勝手な内容に怒髪天どころではない。こんなことで戦争が始まったのかとメロンは気が狂いそうになる。
「えっと、メロン。俺、サンドバッグにくらいならなるよ。」
メロンの内心を察して、ミノルは自分が怒りの捌け口になることを提案する。メロンはミノルにそんなことを言わせた事を恥じた。
「ミノル、ありがとう。もう大丈夫。」
もう大丈夫だ。でも忘れない。この拳は上界人に取っておこうとメロンは改めて決意した。
「べつに、メロンにならいいのに。」
そんな可愛い事をいうミノルに、メロンは漸と口笛を吹く位の余裕が出来た。
「えっと、兵士達の認識をもう一度教えてくれ。」
リュウは少年を信用することにしたらしい。先程までと違って疑念なく少年を見るリュウをメロンは確認した。コスモとウミも同じだ。メロンはほっと安心する。
「大体の人は教科書を信用してる。だから殺された方は殺されたと思って戦争参加してるし、殺してないって方はそれを貫くために戦争に参加してる。でも戦争が長期化すると、他の思考も混じってくる。目の前で仲間が撃たれたから戦っている人もいるし、悪夢だ、夢だ、早く起きたいっていってる狂人もいるし、最近は占い信じて災いとか呪いとか言ってる人もいる。まあ、どの層からも戦争止めようとはなってないけど。まあ、長が戦争やる気だから、仕方ないよね。」
「全く仕方なくない。止めるぞ、この戦争。事情話してくれてありがとう。しょうね、もうそろそろ名前聞いておこうか。」
「あ、うん。自己紹介遅れてごめん。僕はシロ。皆みたいに戦闘は無理だろうけれど、情報なら誰にも負けないから何でも聞いて!よろしくね、メロンさん!」
シロは、全てを聞いてもなお戦争を止めると言い切ったメロンに感激する。仕組まれた戦争だと気付いたのは10歳の時、そこからここまでの情報を得るのには危ない橋を何度も渡ったが、その折角集めた証拠も子供だの何だの言われ相手にされず無駄になっていた。苦節2年、ようやく出逢えた希望の光にシロは縋る。
「おい、これからは仲間になるんだ。さん付けは無しだ!」
メロンは声高らかにそんなことを言う。シロはメロンからの初めての命令にどう呼ぼうかと悩んだ。メロン、と呼び捨てにするのもなと思って、シロは試しにこう呼んでみる。
「メロンお姉ちゃん…?」
「はい!!!けってーい!」
メロンは先程まで鬱な話を聞かされていたのが嘘のようなテンションのブチ上がり方をした。お姉ちゃんなんて呼ばれた事なかったとメロンは盛大に口笛を吹いて舞い上がる、一方、ウミは嫌な予感にシロを呼ぶ。
「ねえシロ、私のことはなんて呼ぶつもり?」
「え、ウミおばさ」
「シロ、ちょっとこっち来なさい。」
その後、シロは片頬を赤くしながらウミお姉ちゃんと言っていたが、メロンはクリーンヒットで刺さったお姉ちゃんの言葉が未だに抜けておらず、ウミとシロの一悶着を知らないでこの場を終えるのであった。
「で、シロ、長とやらにこの事実は伝えたのか?」
女性陣の呼び名が決まったところでリュウが話を進める。
「いや、それが、長に面会が出来なくて。」
「忙しいとかでなく、会ってもらえないんだな。」
「うん。上界の情報嗅ぎ回ってた僕は、情報がどう伝わった知らないけれど長達の敵になったらしい。」
「戦争を止める為に頑張ったんだろうに、報われないな。」
「ね!リュウ兄もそう思うよね?」
「…シロ、俺のことはおじさんでいいぞ?この歳で兄さんは少しイタイ奴に勘違いされそうだ。」
「あ、シロ、先に言っとくが俺は兄呼びしろよ!ウミと一つしか歳変わんねーから!」
ワイワイとまた呼び名で盛り上がり、シロはそれに付き合った。リュウおじさん、コスモ兄、とそれぞれ呼んで、2人ともが首を縦に振る。
「でも、困ったね。それで敵認定なら、忘却門を破壊した俺達も同じく敵だろうから、アポ取りなんて出来ないよね、どうするメロン?」
ミノルが口笛を吹き続けるメロンに呼びかける。メロンはそれでやっと口笛をやめた。そして言ってのける。
「ん?簡単な話じゃん。全員力で捩じ伏せちゃえば良いんだよ。」
「メロンは、またそんなことを淡々と!」
「でも、そうでしょう?纏りがあるかどうかは兎も角として、一時停戦を入れてでも長達は私達を捕えにきた。下界vs私達。それで全て肩が付く。2ペアずつで回ろう。幾つもの国を一つ一つ納得させるよりよっぽど効率いいや。」
「それは、…そうか。」
「待って、メロン姉、それにミノル兄、幾らなんでも下界の全てを敵に回すなんて。」
メロンとミノルの話の成り行きを黙って見守っていたシロは、2人の最終結論に思わず待ったをかける。
「あ、大丈夫だよシロ。一生残るような傷は負わせないから。殴って拘束するだけ、ね?」
「ますます無理だよ!?」
シロが心配したのはメロン達の命だ。幾らメロン達が強いからって下界の人間全てが相手は無謀過ぎると思ったから待ったをかけたのだ。それなのにメロンときたらどうやら下界の人間の心配をしたと勘違いしたらしい。どこまで向こう見ずな強気なんだとシロは心配になる。
「シロ、大丈夫。メロンと俺達に任せとけば大丈夫だから。それより、必要なのは拘束具だね。縄でもいいけど、跡が残るし、ワンチャン抜け出せるかも知らないことを考慮して手錠がいいな。頼っていいんだよね、シロ?」
「も、もちろん。え、でも、」
「あとは収容所だな。俺達は人数が少ないから見張りが居なくてもいい中からは開けられない収容所みたいなところはないか探してくれ、シロ。」
「コスモ兄、了解、だけどね?」
「3手に別れるのね。なら、もう2台車を作るわ。シロ、適当な車と部品お願い。」
「え、うん、ウミ姉、分かった、けど。」
「余す所なく下界の全てを回るならこの3ルートだと思うが。情報屋として何か意見はあるか、シロ。」
「…綺麗に下界の全てを見尽くせると思うけど、リュウおじさんまで止めないの!?」
メロンの“下界vs私達"の発言を当然の様に受け入れる皆を見て、向こう見ずの大人が多いことに驚愕するシロだった。
「さて、ミノルとリュウと私は別れるぞ。シロ、私と一緒でいいな?」
「え、うん……もうペア決め始まった?」
展開の早さにシロは若干置いていかれそうになる。自分の出会ってきた大人達は保身以外の判断は鈍間だったように思う。自分以上の即断即決具合にシロは舌を巻いた。
「ミノルはコスモと、リュウはウミと、異存は?」
「「「ない。」」」
「強いて言うならメロンと一緒が良かったけど、俺の強さが認められたってことで、我慢する。」
「うん。ミノルは強くなった。ここで更なる成果を発揮してくれ。ウチの唯一無二の回復係を頼んだぞ。」
「うん!よろしくコスモ!」
「こっちの方がよろしくだよ、ミノル。足引っ張らねーようにするわ。」
「リュウ、戦闘は全て任せるけどオッケー?」
「大丈夫だ。その代わり運転は多く変わってもらおうか。」
「あ、しまった。運転忘れてた。」
「?僕運転出来るよ?」
「……よろしくお願いします。」
こうして3手に分かれた下界統一戦争を止める、もとい征服する作戦が始まったのであった。