4 道がないなら生み出すのみ!
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「見えてきた!!あれが次の国!?結構栄えてそう?おっきい宮殿があるー!」
後部座席から腕置きを倒して前に体ごと出てきたメロンは、キラキラと目を輝かせた。
それもそのはずだ、メロンが宮殿なんて見たのは本の中でだけ。実物を初めてお目に掛かれたメロンは、きゃあきゃあと興奮を隠さない。
「ミノル、車は離れた場所に止めてくれ。あと、もう合格だ。」
「!やった!」
メロンが喜んだのと同タイミングで、ミノルは別の事で喜んでいた。リュウから何処を運転しても大丈夫という許可が出たのだ。
この数日は、敢えて細道を通ったり、バックをしたり、こう言う設定で、という決まりを守ったり、リュウが運転を変わっている間は筆記のテストをしたりしていた。その甲斐あってかミノルの成長速度は著しく、教育に無関心なリュウが、教え甲斐があるなと教育を楽しめた程であった。
「え、なんで遠くに止めるの?」
不思議そうにメロンはリュウに尋ねる。
「取られたくないから。」
リュウの答えは簡潔だった。
「……あそこも治安悪いの?」
「忘却界なんて治安が悪くて当然だ。用心に越した事はない。」
「そっか、そうだよね。色々考えてくれてありがとう。」
メロンはリュウに礼を述べる。そういう先回りした指示は、本来自分が出して然るべきだからだ。メロンは宮殿一つで騒いでバカみたいだったと自戒した。
「2人よりは長く生きているからな。悪知恵の働く奴等の思考が分かってしまうだけだ。」
メロンが反省しているのを感じ取り、リュウは落ち込む必要はないとメロンを慰める。リュウから言わせればむしろそういうことは左腕の仕事だ。存分に頼ってくれていいとリュウは思う。なんせ右腕はまだ絶賛成長途中だ。申し訳ないが今は役に立たないと言っていい。
数日前のことだ。休憩のために車を降りてそこでリュウはミノルに軽く体術の手解きをした、…のだが、飲み込みは早いとは思うのももいかんせん何も知らなさすぎるのだ。
あれもこれも知らないと言われて、リュウは思わず、これまでは何をしてきたのかと聞いてしまった。ミノルは答える。なにもしてこなかったツケが今だと。リュウはしてはいけない質問をした事に気付いた。
リュウは思う、自分が来るまでここはどんなだった?水すら雨に頼らないといけない不毛の場所だったはずだ。僅かな食べ物も暴力で奪われてきたのだろう、ミノルの身体はアザだらけだった。その日暮らしをするミノルが未来を見る様になったのは、メロンと出会った日だと、リュウはミノルから聞いた。つまり直近も直近だ。
子供に酷な質問を投げたリュウは、それでも謝りはしなかった。ミノルが謝罪を求めてないのが明白だったからだ。
ミノルは早く強くなりたいと言った。メロンに次ぐ強さが欲しいと。リュウはミノルを一から鍛えるつもりで訓練し直した。怪我はさせるなよと、メロンはそれだけ口にした。
それでもこれはRTA。長く止まってはいられない。ミノルがまだ喧嘩出来ない内に着いてしまった目的地に、リュウは気合いを入れ直す。その気負いをメロンは咎めた。
「おい、大船に乗ったつもりでいろ。お前の仲間はミノルだけじゃないぞ?いざとなったらミノルもリュウも私が守る。返事は?」
「……ああ!」
本当に頼もしい、リュウはその背中に見惚れる。身長的にはメロンを見下げるばかりだが、心象的にはリュウはメロンを見上げるばかりだ。
「ミノル、お前も返事しろ。そんな子鹿みたいに震えるな。」
「う、うん!」
ミノルは、今回が初めての国外ということで緊張しているようだ。さっきまでは運転の方に気を取られていたせいで余計に今が緊張のピークなのだろう。
だが、メロンの一言にミノルの震えは止まった。どうやら私はミノルの生理的現象すら否せてしまうようだと、メロンはまた自意識過剰気味の思い込みをする。
「行くぞ。」
そう言って先を歩くメロンに追随するように2人は後ろを歩いた。
冗談でなく半日は何もない砂漠を歩いて、国に着いたのは夜になった。近づけば近づくほどにます灯りは、3人を安心させた。
砂漠に商店街が出来ている、ここはいつか見た絵本の中の砂漠国家だ。それがこの国についたメロンの所感だった。この国の名は楽園というらしい。見えた国旗は絵文字のニコちゃんマークで、案外いいじゃんというメロンに対し、ミノルとリュウは微妙な顔をした。メロンは改めて自身に美的センスがないことを悟る。
「でも、忘却界に楽園かぁ。結構宣うよね。」
「……まあ、あれが楽園の正体だがな。」
メロンの呟きにリュウが返す。リュウが指した方を見て、ミノルはすぐに目を逸らす。
メロンはリュウが指した方を見る前にミノルが気になって、ミノル?と声をかける。
「どうしたの?大丈夫?」
「うん。大丈夫。メロン、あれ見てよ。」
ミノルにも促され、今度こそメロンは2人が指し示す方を見ると、そこには、おじさんを蹴っている子供達の姿があった。
「?あのおじさん、どうしたんだろう。人数は3人かもだけど、相手は二桁も生きてないような子供でしょ?やり返せばいいのに。」
「出来ないんだよ。あのおじさん、奴隷っぽいから。」
「……奴隷?」
奴隷とはなんだ、メロンは心中で疑問を発す。普通の人と何が違うか分からずにメロンはよく目を凝らして観察する。そうすると首にゴツい輪のようなものが付けられているのが分かった。その輪には鎖が繋がっていて、その先を1人の子供が持っていた。その様子に何処か見覚えを感じたメロンは、犬にリードがついた絵本を思い出す。ペット扱いならまだいい、なんて最低なことをメロンは考えてしまった。メロンがその考えに至った理由は、今の光景が客観的に家畜扱いにしか見えなかったからだ。
「メロンのところには奴隷ってなかったんだ。」
「ミノルのところにはあったの?」
「あー、ない、けど、奴隷ゲームってやつさせられてたから、奴隷がどんなのかは知ってる。」
リュウはミノルの言葉に目を丸くした。
「そんなゲーム、何処で。」
「リュウが来る前の話。子供ん時のもう過去の出来事。」
そう言いながらも、ミノルは顔を青ざめさせて具合が悪そうだ。
「ん、もうこの国との話し合いはなし!さっさと滅ぼして次行くよ!お偉い奴らはきっと宮殿だよね?」
「だろうな。」
ミノルの苦悶に満ちた顔を今すぐにでも平常に戻したいメロンは先を急ぐ。リュウも同意見のようで、メロンの疑問に歩きながら答える。しかし、その道を誰かが塞いだ。
「?……!」
明らかに自分達を邪魔する影にメロンは頭にハテナマークを浮かべつつ顔を上げ、…息を飲んだ。そうだ、今の今まで忘れていた、この国に来た目的はもう一つあったとメロンは思い出す。
青髪の美女がそこにいた。
身長は170程だろうか。メロンは一般的な女性と比べても高いだろうと青髪を見上げながら目算する。そして何よりもその美貌。海の女神と名乗られてもメロンはきっと信じる。それくらいの絶世の美女だった。
髪の青は…金青…いや、紺碧…青藍か?色に興味のないメロンが悩んだ。メロンすら悩みたくなる程の艶々とした髪は腰程まで綺麗に伸びている。そしてその上品な髪色と同色の瞳が真っ直ぐにこちらを射抜いていた。その瞳は同性のメロンをも激しく酔わせる程だ。
これはさぞ男共が黙ってはいなかっであろう、そう思い、メロンは背後の2人をチラ見する。けれど、2人とも目的の人物に会えたくらいの驚きしかしていない。メロンはもしかして美的センスがないのはこいつらの方なんじゃないかと思った。
「花を、買ってください。」
青髪は静かに、そう一言口にした。青髪の手には確かに美しく咲き誇る花が握られている。メロンは思う、青髪の方がよっぽど綺麗なので、その花売れないんじゃないかと。
「あー、お前らお金ある?」
同情心で買ってやりたい気持ちになって、メロンは2人に聞くが、2人とも首を横に振った。
「悪い、私ら無一文だからその花買ってやれない。でもくれ。そのかわり、お願い一つ叶えてやるよ。言ってみろ。」
花を渡せとメロンは催促した。メロンは親切のつもりでそう言ったが、青髪はその答えを聞いて怒った。
「本当は持ってるんでしょう!車なんて持っておいて無一文だなんて嘘よ!もういいわ!!」
「あ、ちょっと待っ。」
メロンの呼び止めにも応じずに青髪は走り去ってしまった。青髪にもういいと言われてしまい、メロンはショックで固まってしまう。
青髪の言葉を聞き、リュウは眉を顰める。
「車を持ってるってなんで知ってた?どう見てもこの国から肉眼では見えないところに置いてきた。忘却界にも双眼鏡とかあるのか?」
「双眼鏡って何?」
ミノルは初めて聞く言葉を鸚鵡返しした。リュウが説明を入れる。
「肉眼で見えない遠くを見るためのレンズのことだ。ミノルは見たことあるか?」
「ないね。リュウは?リュウの方が忘却界に詳しいでしょ?」
「……仲間と調べた限りだと無かったが。」
リュウは首を捻る。そんなリュウにミノルも自分なりに考えを出す。
「忘却界以外の人が持ってきた可能性は?リュウみたいな。」
「落とされる人間は裸一貫だ。それはない。」
「落とされる以外の人はここに来ないの?」
「ここは下界以上の地獄だって上界の専らの噂だ。近づく輩は誰もいない。来るのだって、門を通る以外の選択肢はない。」
行き詰まってしまった。悩む2人にやっと立ち直ったメロンも話に合流する。
「一から作れないの?」
「いや、結構技術が必要なはずだ。仮に組立書があったとしたって、そう易々と制作は、」
「材料があるかないかを聞いている。」
「……材料自体は、忘却界でもなんとかなりそうだ。」
「なら、確定だろう。この国の誰かが、その双眼鏡とやらを作ったんだ。それはいいけど、奴隷なんて文化制度まで持ち込みやがって、許せない!」
メロンは青髪に振られた分も含めてこの国で鬱憤を発散するつもりらしい。普段に比べて少し尖った口調のメロンにそれを察したミノルとリュウだが、それを咎めようとはしなかった。
「よし!行くぞ!」
そう言ってメロンは時間が惜しいと走り出した。街中を全速力で駆ける。ミノルとリュウもそれに続いた。そんな3人に町人達は視線を集めるが、3人は無視して宮殿に向かう。
…物陰に隠れて、その様子を見ていた青髪が、逆サイドに走り出したことは知らないままの3人だった。
「!!ミノル、ちょっと足速くなった?」
メロンはミノルがちゃんとついて来れられてるか気になって後ろを気にしながら走る。けれど、案外ミノルは離されずについてくる。
「ん、いまは、まだ気力で、どうにか。」
「ああ、話しかけて悪い。あとちょっとだ、頑張れよ!」
赤の国で宣言した、"並んで一緒に"は叶わなかったが、車移動で鍛錬も何もなかったのだから仕方ない。メロンは次の国ではミノルが宣言を達成してくれそうだと想像してニコニコした。
「入口は門兵が2人いるな。」
メロンのかわりに前を見ているのはリュウだ。見えてきた情報を逸早くメロンに伝える。
「よし、正面突破だ。リュウ左な、私は右で。ミノルはちょっと休んでろ、すぐ終わらせる。」
メロンは簡単に指示を出すと、ただの一度も止まる事なく、右の門兵を気絶させて門を蹴破る。
「っ、おいおいマジで同じ人間か?」
リュウはそう言いつつ、メロンとは数秒差で左の門兵を気絶させ、メロンを追う。
「…は、はぁ、はぁ、っいや、リュウも十分人間じゃねーよ。」
ミノルは息を切らしながら、ツッコミを入れることしか出来ない。まだまだ右腕は遠い。だがしかし、ミノルの目には闘志が湧き上がっていた。
「俺も、絶対、右腕に、なる!!」
「さて、粗方倒し終わったんだけど、国王っぽいのいないね。」
「……ああ。」
リュウは、宮殿の天上に届くかの如く積み上がった敗残兵の山を前に竦み上がった、怖い怖いと。メロンの言う粗方の内、リュウが倒したのはほんの2割程度である。この山の8割はメロンの功績だ。それでメロンが消耗しているならまだリュウは自分に自信が持てるが、メロンは息一つ切らしていない。
俺より何倍も強い奴マジでいたわ、とリュウは心中で昔の自分に言った。
対してメロンが思ったのは、宮殿内の趣味の悪さについてだ。先程からどこに行っても見せびらかす様に金金金金、でいい加減目がチカチカして具合が悪くなりそうだと思ったメロンだが、リュウのいる手前なんとか気力で持ち直す。
「もしかしたら逃げたのかもな。」
「えー、こんな楽園を置いて?逃げられた先でまた同じ事されるのが1番面倒なんだけどなぁ。RTA的に。」
メロンはそう言って、玉座っぽい椅子を素手で壊す。趣味の悪い金塊でゴテゴテした玉座にメロンはつい手が出てしまう。リュウはまだメロンが暴れ足りていないことを知って、戦慄した。
「…あ、逃げてはなかったんだね。って、王冠も趣味悪い。」
ふいにそうメロンが言った。リュウが不思議がってメロンの視線の先を見ると、そこには王冠を被ったガタイの良い男が、黒の長棒を持って立っていた。
俺としたことが足音を聞き逃すなんて、とリュウは更に自信を喪失する。
「何故わかった?」
「?普通に分かったけど?」
「ふん。まあいい。」
そうすると王冠男はこちらに走ってきて、長棒がちょうど当たるレンジで止まる。それでリュウは自分が王冠男に気付けなかった原因が分かった、足音がしない。男の工夫ではなく、靴に仕掛けがあるらしい。リュウはそれを一瞬で理解したが、足音の出ない靴なんて今日日聞いたことがないので、違うかもしれない、なら何で、とリュウは困惑する。
そんなリュウの困惑なんて敵には関係ない。王冠男はメロンとリュウを一振りで倒すつもりで長棒を振った。勢いよく風を切るその棒を難なくパシリとメロンは片手で掴む。
「わ、ベトベトだ。」
長棒には透明の液体が塗られていたらしい。メロンはその感触に驚いたが、棒から手を離すことはない。
「??…毒が効かねーのか?」
「っ!毒だと!メロン君その棒すぐ離せ!」
リュウはメロンを心配して反射で近寄ろうとして、その動きをメロンに止められる。
「私が棒持ってる内にそいつ片付けて。」
「……了解。」
メロンの指示は、この場を終わらせる最速解だった。リュウはメロンの命令通り、王冠男と対峙する。
「ッチ!」
王冠男はリュウが迫って来るのを見て舌打ちをしつつ、長棒をメロンから取り返そうと力を込める。しかし長棒はびくともしない。
王冠男は思わず迫るリュウでなく、長棒の先を持つメロンを凝視した。どう見ても成人も未だの女児だ。服から見える骨と皮だけといった表現の合う腕にはとても自身と渡り合う力など備わっているようには見えない。王冠男は何かの間違いだとより一層力を振り絞って長棒の奪取を試みる。だが本当にピクリとも動かない。王冠男は眉を顰めて、迫るリュウに焦りながら長棒に全精力を傾けるが、果たして棒は不動のままだった。王冠男はごくりと喉を鳴らす。そんなまさかと思う心は、もう目の前まで迫るリュウに観念せざるを得なくなった。三度の挑戦でも力比べで劣った、こんな女児に。微動だにしない己の獲物で王冠男はそれを痛感する。
「ッチ。」
王冠男は舌打ちした。結局、メロンが長棒を離そうとしないのでそちらを手放すしか王冠男には選択肢がなかった。長棒から手を離し、王冠男はヌンチャクを取り出す。それにも透明の液体が塗られているのを確認したリュウは、一旦距離を取る。
「リュウ、勝てるか?」
「大丈夫だ。」
「なら、あとは任せた。」
メロンは長棒を持ったまま、その部屋を去った。
「ミノル〜〜!!」
部屋を出てメロンは、これでもかというくらいの大声でミノルを呼ぶ。
「そんな大声出さなくても居るって。」
ミノルは、すぐにメロンの前に現れた。
「お!回復が早い!それに、側にいたんだね。」
メロンはてっきりまだミノルは外にいるものだと思って声を出したのだ。
「うん。右腕だから、側にいる。」
メロンはミノルの応えに口笛を吹いた。
「で、用は?」
「あ、そうそう。これの毒消し見つけてきて?」
まるでおつかいのようはテンションでメロンはサラリとそう言った。だが毒と聞いてミノルは顔色を変える。ミノルは自分の方が死にそうな顔をしてメロンを憂う。
「!毒!!メロン、今からでも手を離した方が。」
「や、いい。私が考えるに今回1番厄介な敵さんはこの棒だから。私がちゃんと持ってる。」
まだ俺では分からない次元のことを言われている気がする、意思を変える気のないメロンの表情を見てそう思ったミノルは理解を諦めて、メロンに別の提案をする。
「なら今すぐ壊しなよ。」
「いい武器じゃん?なんか壊すの勿体無くて。」
そう言ったメロンは、自分を傷付けた武器なのに、愛おしそうにその武器を見つめた。
「〜〜!メロンの馬鹿!持ち手の方持てばいいだろ!あと!すぐ持ってくるから待ってて!」
「あ、そうか。持ち手の方持てばいいのか。ミノル、ありがとー!」
駆け出そうとすると後ろから明るい声が感謝を伝えてきた。メロンの声だ、張りのあるソプラノの女の子の声だ。その声を聞くたびにミノルは元気と勇気を貰える。
ミノルは本当は叩き落としてでもメロンとその武器を切り離したかった。メロンを傷付けた武器なんてどんな処分方法を取っても足りない。メロンもメロンだ、毒と言われて平然と持っている方が本来おかしい。ミノルにとって大切なのはメロンの御身であるが、メロンはそれを理解していない。
「クッソが!」
上手くいかない。今はまだ。そう、今はメロンの命令に従って毒消しを探してこよう。でも次にメロンにかかる火の粉を消すのは俺の役目だと、ミノルは心中で啖呵を切った。
一方、ミノルを見送ったメロンは手に持つ武器を味わう様にゆっくりと眺めていた。
よく出来ていると、メロンは微笑む。軽量でも威力が出るように計算された武器、液体の付着を極限まで分かりにくくさせる色使い、同じ黒だが、持ち手は違う素材で出来ていて持ち易く、切り込みが入っていたのでもしやと思えば、長棒はコンパクトなサイズに仕舞い込むことができた。
「あ、こんなところに仕込み刀!これは気付けないわ。」
メロンは存分に武器を楽しむ。触れば触る程解る繊細な工夫はメロンの心をときめかせた。
実はメロンは、武器系統に少し詳しい。総統を目指すと決めた時、初めは武器で戦うことを志したためだ。だが、自分に合う武器はそう簡単に見つからず、また武器を上手く使い熟して戦う自分自身がイメージ出来なかった為、その案はお蔵入りとなった。なので武器については知識のみに留まるメロンである。
だが、その実践経験のないメロンすら分かった。この武器は使い勝手が良い。王冠男が最後までこの武器を手放そうとしなかった理由が分かる。それにどうやら武器専門という訳でもないようだ。メロンは王冠男の履いていた靴を思い出して笑う。音の出ない靴なんてメロンは初めて見た。この武器を作ったことも含めて天才と言わざるおえない。
「探し出して仲間にしよう。」
メロンは頭中の決定事項を声に発して反芻する。
「「誰を??」」
「!おう、これ作った奴!」
いきなり声が重なって聞こえてきた。リュウとミノルだ。メロンが答えながら2人を見れば、リュウは王冠男を倒した証拠かヌンチャクを持っており、ミノルは小瓶を持っていた。
「リュウ、お疲れ様。ミノル、ありがとう。これは飲む薬?塗り薬?」
「飲む薬。先に自分で試してるから間違いない。」
「…次から自分で試す真似はするな。分かったか?」
「へーい。」
ミノルから小瓶を受け取ったメロンは、ミノルの取っていた危険行動に釘をさしてから薬を飲む。ミノルは反省しているのかどうなのかが分からない返答をした。
「メロン君、毒は大丈夫か?」
「ああ、外傷内症特になし。」
「すごいな、俺液体に少し指つけただけで痙攣始まったのに。」
「おい、ミノルマジで次からすんなよ。処方方法書なりは絶対近くにあるから探せ。」
「はいはい。」
また分かったか分かっていないのか分からない返答をされてメロンは剥れる。リュウは小さくミノルに、メロン君の命令だぞ、と言い、ミノルは次こそちゃんと、うん、とメロンに返答した。
メロンは、よし、とそれに応える。
「武器職人を仲間にするんだな。そいつはどんなやつとかは、、まだ分かってないなら探すところからか。」
リュウは先のメロンの発言内容に話を戻した。台詞途中でメロンが首を横に振るのを見たリュウは、早速人探しの方法を模索する。
「資料室でも探すか。武器の作り手くらい書いてあるだろう。」
「資料室なら見たよ。階段登って突き当たり。」
リュウがそういうと、ミノルは資料室の案内に動き出す。
「2人ともよろしくな!」
「って、メロンは来ないの?」
仲間にしたいと言い出した本人がまさかついて来ないとは思わず、ミノルは怪訝な顔をする。メロンは悪いそっちは任せると言ってから自分のこれからの予定を話す。
「私はこの国を一つの地域にしたいって、そうだな…前任者でも見つけて話つけてくるよ。同時並行でいこう!」
「またっ、そういうことを簡単に。」
ミノルは軽く息をつく。だが前と同じでその道を否定したりはしなかった。リュウの方は、メロンの今後の動きを聞き、寧ろそっちについた方がいいかと思案する。
そんな時、廊下の向こう側から声が聞こえてきた。
「お話伺いました。」
3人が一斉に声のする方へ向くと、出てきたのは随分とヨボヨボとしたおじいさんだ。
「えっと、貴方がここの前任者?」
「はい。…不思議ですかな?」
「……。座って話し合いませんか。」
メロンは図星を突かれて、少しの間沈黙した。不思議だと思った。忘却界は力がものを言う世界のはずなのに、こんなおじいさんに力が有るはずもない。それに、忘却界でその歳まで生きれるなんてメロンからしたら有り得ない話だった。
「では、こちらで。」
「リュウ、ミノル、行ってくる。そっちはよろしくね。」
リュウとミノルはメロンの言葉を命令と捉えて頷き、2人で資料室へと行く。
メロンは2人が見えなくなるまでその様子を見送ってから、おじいさんに向き直った。その後、おじいさんに、待たせてすみません行きましょうと一声かけてから、おじいさんの手を取って自分の肩に乗せ杖代わりになる。おじいさんはそれに微笑んだ。
「ほう。優しいお嬢さんだ。忘却界でもこんな気配りのできる子が育つとは驚きだ。それとも、もとは中界の人間なのかな?」
「いいえ。生まれからここの人間です。雨すら奪い合って生きてきました。」
「その生まれでその配慮のできる優しいお嬢さん。望みをもう一度言っておくれ。」
「ここを一つの地域として治めたい。」
「……では、要求を呑む代わりに、この国の昔話を聞いて言ってくださいな。」
「はい。お願いします。」
場所を変え、座って向かい合う。煌びやかな宮殿内にしては質素な一室に通されたが、コテコテした純金にトホトホ嫌気がさしていたメロンは、ここが唯一に趣味のいい部屋だと思って深呼吸する。おじいさんはそんなメロンに微笑みつつ、懐かしむようにニコニコと昔話を始めた。
「私共は元は中界の出で、訳あってこの忘却界に来た。初めて見た時は驚愕したものだ。水すら満足に飲めないのだから。それを変えようとここまで発展させるのには5年はかかった。」
「町は拝見致しました。絵本で見た商店街のようで、飢えに困るようなことはなさそうでした。」
「ああ、見てくれたか。だが、ならば嫌なものも見たのではないか。」
「嫌と仰るなら何故、奴隷制度など。」
「5年前、忘却界にまた1人落ちてきて、其奴がここを力で治めてしまったのだ。私は見た通りで力など無い。知恵でここを治めてきたので、力を前に平伏すしかなかったのだ。奴隷制度が始まったのはその時からで、その制度をよく思わず逆らった人間から奴隷の身分になっていって、、今では受け入れることしかできずに苦い思いをしておった。」
「そうでしたか。」
メロンは眼前のおじいさんの苦労を想った。大切に作り上げてきた国を力で乗っ取られてさぞややるせなかったであろう。
「ですが、其奴も貴方様が倒してくださった。ありがたや、ありがたや。」
そう言われて、おじいさんが勘違いをしていることにメロンは気づいた。リュウの功績を勝手に貰うわけにはいかないと訂正を入れる。
「えっと、倒したのはうちの左腕でリュウっていうんだけれど。」
「では、その方にも、もう1人の方にもあとでお礼を。勿論、貴方様にも。あの、宝物庫の鍵を取ってくるので。「あ、いや、礼は必要ない。あーっと、これで奴隷制度は無くなるという認識でよろしいですか?」
事実を言っただけなのに、物凄いお礼をされそうになって、メロンは慌てて話を転換した。第一宝なんてメロンには猫に小判だ。
「はい。子供達は兎も角、大人は見回りがあるので仕方なく奴隷制度を受け入れているようにみせていただけ。知らせを出せば直ぐに元の対等平等の町に戻りますわい。」
「その知らせに、ここは一つの地域になることも入れて下さいますか?」
「はい。貴方様の治める地域の一つになれること、みんなも嬉しく思うでしょう。」
トントン拍子に進む話をメロンは少し不気味がったが、おじいさんの言う事に間違いはなかった。街全体に王冠男玉砕の知らせが入るとみんながみんな宮殿に来て、メロンにお礼を述べる。嬉し泣きをしながら握手を求める者、音楽で場を盛り上げる者、もうそれは国をあげた宴のようで、メロンはこんなに歓迎して貰わなくてもと戸惑った位だった、それくらい上手くいった。
メロンは気づいていない。この宮殿の兵を全て倒し、王冠男を捩じ伏せたということの凄さを。ここにいる皆の長年の悩みの種をあっさり除去した、その凄さを。
「いや〜、宮殿の方にかけてくここらで見ない顔を見た時、まさかまさかと思ったけど、よく!よくやってくれた!あの時皆で応援してたんだよ!やっとこれで奴隷とおさらばだ!」
わいわいと盛り上がる町人達にメロンは微笑む。よし、この地域もこれでオッケーだとメロンは次のことを考えて、そういえばミノルとリュウはと思って町人達を見渡す、がいない。
「ねえ、ミノルとリュウ、、茶と赤の髪の奴ら知らない?」
「ああ、それなら青髪追いかけて行ったよ。」
「ええ?」
近くにいた町人に聞くと予想外の返しが来た。私は武器職人を探して欲しいと言ったのに。
「あ、もしかして青髪が武器職人?え、でも確か画家って。」
「娘の話かな?」
「……え、おじいさん、今なんて、娘?え、でもなんでなら王冠男に武器を?ん?」
「はい。貴方様には全て話しますかな。」
そうしておじいさんは簡潔に経緯を説明した。
絵を描きたくない。機械弄りがしたい。そう言った娘を尊重し、家族でこの忘却界に落とされたこと。娘には機械作りの才能もあったこと。自衛する為武器も作り出したこと。その武器が、ある男ーー王冠男に見つかった事。王冠男がその武器でこの国を支配したこと。
「娘は、自分のせいで私達も忘却界に落とされたこと、また自分の生んだ武器のせいで、この国が支配されたことを憂いて、、死んだ妻は花を育てるのが好きだったのですが、こそこそとあの男に見つからないようにその花を売って、そのお金で何やら強い武器を作っていたようです。私の所為だから責任とるとだけ言って、ここを出て行ってからはそれっきり会えていません。」
青髪はどうやら思ったよりも悲惨な人生を歩んでいたらしい。強制で絵を描かされ、描きたくないと拒んで家族でここに落とされ、やっとまともに生活が出来、念願の夢を叶え出したら、その叶えた夢を使って国を壊され、、メロンは誓う。もう青髪をそんな目には合わせない。その夢ごと、私が貰う。
「なあ、お前の娘、連れて行っていいか?」
「貴方様が、娘を?どこへ?」
「ああ。私が総統になるための仲間だ。連れて行っていいか?」
「ソウトウ、、随分古い言葉を使う。それは、長い道のりになるでしょう。」
「ああ。」
「私は、あと10年もすれば死にます。」
「了解。それまでに必ず帰す。」
「…不思議と貴方様に言われるとそういう気がします。はい。私の愛する娘を貴方様に託しましょう。お願いします。」
おじいさんが穏やかな顔でメロンに願う。メロンはそんなおじいさんを見て、目元や口、耳なんてそっくりだ、と青髪との血の繋がりを確かに見た。それと、とメロンはおじいさんの言葉を反芻する。10年ね、と。ミノルとリュウには伝え直そう。
そうして父親の了承を得たメロンは、町人に3人の行き先について詳細を聞く。
「もう、次の国でしょう。」
「って、、はぁあああ!!!!???」
久々にキレそうになったメロンであった。
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また一つ、地域ができた。その地域の人は言う。ないなら生み出せばいいと、そうしてここは出来たのだと、不可能などないと、みんな口をそろえて言った。
ならば今はない道も、生み出してしまえばいい。砂しかなかったところから町が生まれたように。どれだけ長い道だろうが、生み出してしまえ。
ほら、地域の誕生に鐘が鳴る。
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