1 道は描いた。さあ、進もう!!!
ーーーーーー
何もない砂漠に広がる雲一つない晴天を見上げて、今日15歳を迎えた少女は満足そうに頷いた。
「旅立ちには持って来いの天気だ。流石に雨だと締まらない。」
それを近くで聞いた少女と同年くらいの少年は眉を下げて言う。
「ねえ、本当に行っちゃうの?」
「うん。」
何の間もなく、少女は答えた。肩にかかる位まで伸ばされたサラサラの髪が僅かな風でふわりと揺れる。元は黒髪だったのに、陽に焼けてその髪は明るい茶に変わった。でも、瞳も透き通った茶色なので、今の方が似合っている、、とは死んでも口にしてやるもんかと少年は思っていた。
そんな少年の思いは終ぞ知らず、少女は一度後ろを向き、何十メートルか先に流れる死川をチラ見してから、少年の目を見据えて、宣言した。
「じゃあ、ちょっくら"総統"になってくる。」
それは少年にとっては予想通りの宣言だった。その筈だった。だが、あまりにも迷いなく放たれた言葉の一字一字が、少年の目の前を揺らす。それに少女は応えなかった。
「じゃあね。」
少年の離別を惜しむ心は無視で、少女は言う。前に向き直り、後ろ髪引かれるなんてことは一切なく、もう歩き出した。
「〜〜!!!!!」
少年は何も言わずに振り返って村のある方に走り出した。自分じゃ止まってくれなかった。なら、大人達なら止められるのではないかと、少年はその希望に縋りにかかる。
「ねえ!村長!村長お願い!メロン本気だった!ねえ引き留めて!」
大人達の中でも目当てにしていた人物をすぐに見つけ出せた少年は必死になって袖を掴んだ。だが、村長はその手を振り解く。
「いい口減しだ。元々問題児であった。いなくなってせいせいする。」
「……!」
少年はその言葉に愕然とした。村長が嘘でもそんなことを言うなんて思わなかったからだ。
「なんで?どうしてそんなこと!?」
「お前は行くなよ。あいつとは違って素直で良く働く。あいつのことは忘れろ。」
「……っ!」
酷い憤りを感じた少年は、それでもこの村からは出られなかった。お願いだから早く帰ってきて。そう願うことしか出来なかった。
少女ーーメロンは前へと進む。歩みを止めることはない。メロンは心の中で幾度も宣言する。
総統に、私は成る。
ーーーーーー
この星にはいつくもの国が犇めき合い、生まれ、消え、生まれを繰り返している。有限の土地を力で支配する悲劇の歴史は途切れることなく今日まで続く。果てはない。無数の絶望がそこらに平然と有るのはもはや当然。複数の国が乱立する限り打ち止めなんてあり得ない。
ーーーーーー
砂漠を休む事なく丸一日歩いたメロンだが、どうやら次の町どころか廃村さえ見当たらない。徒歩移動の限界を感じて力走に切り替えてまた一日。それでも先は見えてこない。まあ雨は頻繁に降るから水の心配はないし、食べ物の我慢には自信があるので困りはしないが、とメロンは独り言をそこまで言ってから、口吃る。
仲間が欲しい。
心中で叫ぶ。それが、目下メロンの1番の悩みであり、最優先事項である。
流石にメロンとて1人で総統になろうとは思っていない。自分と共に来てくれる仲間が欲しい。だが、まず人に出会えないのでは意味がない。
と、そんな時、遠くの方ではははと高笑いが聞こえた。お、人だとも思ったが、その笑いが余りにも下卑たものだったので、聞かなかったことにしようとメロンは思う。
そうしてそっちの方には近寄らずに今の方向のまま真っ直ぐ行くと、地面に丸い物が見えた。
…砂漠に頭だけ出てる…。
メロンのその描写は適切だった。首から下は埋められていて、自力で出る事が困難であることは容易に分かる。更に近づくとえんえんと泣く少年の顔が見えた。髪はオレンジに近い茶色でツンツンとしており、今は泣き顔でぐしゃぐしゃだが、顔立ちも整っているように思う。
「おい。ちょっと痛いぞ。我慢しろ。」
手の届く範囲に来て、メロンは一声掛ける。それで漸く号泣する少年は、人がいることを知ったらしい。
「っつ、え、あの、なにを。」
するとメロンは少年の戸惑いを無視して頭を鷲掴みにすると、勢いよく上に引っ張った。一瞬の出来事で、少年は制止をかける間もなく身体のすべてが外に出される。
「地面、固め直されてなくてよかったよ、出し易かった。」
少年が目を白黒とさせている間にメロンは話の算段を練る。色々と状況説明が欲しいところだが、話したくない事もあるだろうと相手の事情は聞かない事にする。それにメロンは時間が惜しかった。なんせメロンは圧倒的な情報不足の状態で旅に出た、だから1番近い国ですらどこにあるのか分からない。まずはこの少年から国の情報を得ないとならない。だが、少年は一向に喋り出す様子はない。もしかして乱暴にし過ぎただろうか。いつも加減が分からないメロンは不安になる。
「おい、大丈夫ー「お名前は!」 は?」
突然の質問に少し呆けてしまった。少年はメロンの一言に姿勢を正す。
「あ、し、失礼しました。お、僕は、ミノルと申します。た、たた助けて頂き、まして、ありがと、うございます。あの、お名前お伺いしたいです!」
キラキラと目を輝かせた少年は、言葉に詰まりながらも、なんとか思いをメロンに伝える。メロンはその温度差に押されつつも、怒ってはいないであろう相手の態度に安堵した。
「私はメロン。未来の総統だ。」
「…ソウトウ?」
「死んだ言葉で、国のトップを指す。私はこの星の全ての国を纏めて一つの国にするんだ!」
「なら、僕を右腕にして下さい!!!!」
言われた言葉の意味を理解して貰えたのだろうか。それを疑う位の反射速度でミノルはメロンに頭を下げて頼んだ。
「して下さいじゃない。成るんだ。それがお前の道ならば、右腕になると言え!!!!」
「はい!僕は総統メロンさんに右腕と言ってもらえる存在に絶対成ります!!!!」
メロンは自分で言わせておいてなんだが、よく言い切ったなと感心した。絶対とまで言ってみせた。ミノルはそれ程までにこの一瞬にして自分に惚れ込んだらしい。
と、メロンは少し自意識過剰気味な思い込みをしながら口笛を吹き、そういえばと思い直す。
「ミノルお前、親は?友達は?私と行くと長旅になる。別れの時間くらいならやれるが、説得から始まるなら、待ってやれないぞ。」
「大丈夫です。昨日までの自分は今死にました。別れを告げる相手は居ません。」
思い切りのいい宣言に、メロンは後ろ暗いものを感じた。聞けば答えてくれそうではあるが、メロンは敢えて聞かないことにした。
「なら、まず一つ。仲間同士での敬語は禁止だ!覚えとけ!」
「はい、っ、うん!わかった!」
素直に従うミノルによしよしとメロンは頷く。
「で、早速だが、ここから1番近い国はどこだ?」
「あーー、なら赤の国が1番近い。」
「赤の国?物騒なのか?」
「や、赤の国って呼ばれてるのは赤髪の奴がトップを務めてるからで、あーーでも物騒、なのか?」
「おい、逡巡が長い。知ってる事全て出せ。」
すると、ミノルは指示通り止めどなく言葉を並べ始めた。
赤の国。力で有限の資源を奪い合う不毛な個人間での争いは数年前突如として止んだ。赤髪が力で持ってこの一帯を掌握したからだ。
そこから数年は前よりマシな生活が出来たらしい。食料が配給されて、飢えの心配が無くなり、貯水も叶ったとミノルは説明する。
その、数年前が今の私の故郷と知れればミノルはどういう反応をするだろうか。何となく分かってしまうこれまでのミノルの生活水準にメロンは押し黙って説明を聞くことを優先した。
「だけど、ここ一ヶ月くらいは様子がおかしい。配給も止められてるし、前に俺を虐めてた奴らも、赤髪が来てからは大人しいもんだったのに、今さっき持ち物を全部強奪されて、それでも足りないからって嫌がらせされた。」
「ごめん、嫌な事思い出させた。」
メロンはミノルの表情が徐々に歪んでいくのを捉えて謝った。こうなることを見越して過去には触れないでいたのに結局言わせてしまった。メロンは自身の気遣いの無さを恨む。
「謝らないでくださーーあやまんなよ。メロンの所為じゃねーし。」
メロンに対してミノルは気遣って笑顔を見せた。本当の笑顔でないことは初対面で既に履修済みのメロンは更に悔やんだが、ミノルがそう言うので謝るのは止めにした。
「でも、突然何でそうなったか気になってたんだ。知れるなら丁度いいや。本拠地位なら分かるから、案内する。」
「おう。」
「で、あの、、総統を前に右腕宣言しといてなんだが、俺、強くなくて。」
「これから鍛えればいい。」
「も、勿論これからの鍛錬は約束するよ!でも今回は使い物にならないと思う。」
「任せろ。万が一戦闘になった場合は隠れて見守っとけ。」
「うん!」
話が纏まったメロン達はこの国の本拠地に行く。道中でこの星に今ある国数を聞くメロンだが、ミノルも分からないらしい。歳を聞けば15と返ってきた。同い年では出る情報もないだろうとメロンは別の質問を投げるその前に本拠地に着いた。
「メロン。ここが赤髪の城。」
案内されたのは城、と言うには煌びやかでないが、砂漠の真ん中に建っているなら十分な広さの豪邸だった。見張りが門の前に2人いる。
「よし、行ってくる。待ってろよ。」
何も初めから喧嘩をしに行く訳ではない。メロンはその心情の元、正面から堂々と門番にこんにちはと挨拶をする。
「なんだ?嬢ちゃん、身売りか?」
のっけから最低の問いをニヤつかれながら言われて、メロンの眉はピクリと上がるが、これくらいで手を出すメロンではない。
「アポイントメントも無しにごめんなさい。近頃配給がないので、困ってしまって。」
「そうかそうか。配給欲しいなら身体で稼がないとな。」
その後、おいこんな貧相なガキで興奮出来んのかよ、だの、俺ロリコンだからこれくらいがタイプだわお前も味見するか、だの、メロンの都合なんてお構い無しの下品な会話が飛び交う。宥和政策はここまでだと、メロンは見切りをつけた。
「……今の失言全部見逃してやるから赤髪に会わせろ。じゃねーと怪我するぞ。」
メロンはわざと険しい表情を作って脅す。が、門番は2人して笑った。
2人が笑うと同時にメロンは飛び上がると2人の頭を持ちその額同士をぶつける。2人は呆気なく沈んだ。おかしい、喧嘩をしに来た訳ではなかった筈なんだけどとメロンは手を出してしまった後に自身の堪え性の無さを自虐した。
「ミノル、出てこい。」
「メロン、お疲れ様。」
隠れていたミノルを声を上げて呼び、言い訳をするその前にミノルから労いの言葉を受けた。この暴力性と堪え性のなさはどうやらミノルの許容範囲らしい。ならいいやとメロンは1秒前の自虐をなかったことにして開き直る。
「話の通じない奴等だった。悪い、喧嘩になるかもしれん。」
この言葉にもミノルは笑顔で頷く。
「いや、全然いい。メロンについて行く。ってかメロンと話せる幸福を自ら投げ出すなんて馬鹿な奴等だな。」
このミノルの言葉でこちらも笑ってしまった。
「別に話すだけなら誰でもするよ?そこまでの価値ないよ?」
「いや、あるよ。」
門番を倒したというのに、緊張の解ける会話だなとメロンは思う。そのままミノルとの会話を楽しんで先の不快な会話と相殺したいが、そうも言っていられない。メロンはミノルに合図してから、バン、と城内へのドアを開けた。躊躇なんて文字はそこにない。
「誰だ!?」
予定外に開けられた扉に室内の一同の視線は一気にメロン達に集中した。メロン達はその視線は無視で室内を見渡す。広々とした室内には中央に赤のカーペットが引かれており、そのカーペットはこの部屋で一番豪華な椅子に続いていた。だがその1番豪華な椅子には黒髪の奴が座っている。メロンはくるりと部屋を見回すが、赤の髪は見えなかった。
「ミノル、赤髪ってもしかして比喩表現?本当は黒髪?」
「いや、俺の知ってる赤髪がここにいない。」
「別室?」
「いや、あれが玉座だと思う。。いつの間にか支配者が変わってたのか。」
「おい、お前達、見張りはどうした。」
視界の情報に一度考察時間を設ける2人。それを待つこと無く玉座の奴が声を出す。
「倒した!けど、聞いてくれて!あいつら私を襲うとかなんとか言ってたから正当防衛だ!」
「女を襲って何が悪い?どうやら世界を知らないらしい。」
「……世界が狭いのはお前の方だよ。ミノル。下がってろよ。」
一瞬で相手の精査が済んだメロンは玉座に向かって一直線だ。だが、それをガタイの良い数人が取り囲む。それぞれが口汚く何かを言っているようだが、メロンはそんなことに最早興味などなかった。
「いやいや、何こいつ?いきなり入ってきてボスとケンカする気か?」
「子供は暴力に屈して泣き喚いてればいいんだよ!」
「ボスに行く前に俺たちで相手してやるよ。そのちっぱい見せてみろよ!」
転瞬後、騒音が止んだ。さっきまで暴言を吐いていた連中が皆一様に床に転がっている。
どよどよと周りが困惑の声を上げた。こんなことは今までになかったからだろう。この部屋の全員が、メロンに釘付けになっている。
「さて、立てよ。」
メロンは周りのことなど気にも止めずに黒髪に起立を促す。だが、黒髪は立ち上がらなかった。
「はっ、あいつらは後で仕置きだな。こんな見るからに力のないガキにやられやがって。」
黒髪はメロンを見るとそう言いながら、、いきなり消えた。
「?」
疑問符を浮かべるミノルに向かってメロンは駆ける。
「え?メロン?」
「あいつ、椅子ごと下に抜け穴作ってたらしい!逃げられた!」
その言葉にミノルも状況を理解する。先程まであった玉座が床ごと無くなっている。いざの時の隠し通路のようだ。
「え、メロンなんでこっち来たの!?」
「右腕が疑問ほざいてんな!一緒にあいつ探すぞ!!」
メロンの言葉にミノルは胸を熱くした。初対面の時にも感じた神々しさに心も体も持って行かれる感覚になる。いや、既にミノルは全てを掻っ攫われていた。だが、それとは別に今のミノルは自身が足手纏いになることを分かっている。
「うん!多分瓦礫区域の方だ!俺まだ走んのも遅いから、メロンここから北に20分ーー」
「それで分かるかぁっ!!担ぐぞ!」
「うわっ!」
軽々と予備動作もなく担がれミノルは驚いた。身長差も体重差もそうないのに、この力はどこからくるのだろうとミノルは思い、考える。
初めの逢瀬で十分に神聖視していたつもりだった、どうしようもない状況から何もない砂しかないところから出してくれた、俺の宣言を笑わずに受け止めてくれた。ミノルは思う、心も体も強い人だと。実際に自分の倍の身長の大人もあんな簡単に倒したし、メロンって一体。
「なあ、メロン、お前って一体なんなんだ…っあ」
思った疑問が声に出てミノルは焦った。今更な質問過ぎる。メロンの機嫌を損ねたのではないかと冷汗をかいたミノルに、
「言っただろう!未来の総統だ!!!!!」
メロンはあまりにも誠実な言葉を返した。
ミノルは思った、そうだ。そうだった。この人は総統様だ。この星の全てを束ねる、偉大なる国のトップになる方だ。
「私が一緒にって言ったら一緒に来い!!お前右腕宣言忘れたのか!?」
虐められていた頃嫌だった叱咤が、メロンの言葉で激励の思い出に塗り替えられていく。ミノルは思う、これ以上幸福な上書きが存在するのだろうか。
いや、きっとない。きっと、この人こそが、俺の"道標"
「それとも何かぁ!?初めに何も言わなかったくせに今更総統なんて無理とか人の道揶揄するきかぁ!!?」
ミノルが何も言わないせいで見当違いをしたらしいメロンが爆走を緩めず疑問を投げる。
ミノルはその疑問を強く否定した。
「そんな訳ない!あんたはこの星の総統だ!!くっそ、今はこんなだけど!!絶対もう次からは並んで一緒に走ってやる!!!!」
メロンはミノルの新たなる宣言に気をよくした。口笛を吹こうとして、流石に人一人担いで全力疾走してる状態ではしんどかったので諦める。もう瓦礫区域が見えていた。
ーーーーーー