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名刺  作者: 坂本梧朗
2/7

その2

「槇田くんは来るんやろか」

 同じ二十二期の幹事である槇田のことを思郎は藤島にたずねた。

「今日は急用ができてこれないそうです」                             「そう。彼、当選してよかったね」                                 「危なかったですけどね。最後まで当選するとは思えなかった」

「最下位でとおったんだね。しかし最初であれだけ集めれば大 したもんだよ。やつばり大衆受けしたんだろうなあ。若いし」                                               

 思郎は槇田の、いかにもT大出のエリートらしい貴公子的なマスクを思い浮かべた。あの顔と学歴と若さで、女性の間に一種のブームを起したのではないか、思郎はそう思う。 とにかく女性票を集めたに違いない。そんな話を耳にしていた、主婦なんかがたくさん投票したんだ ろう、と言いかけたが皮肉に聞こえそうで やめた。                                  「彼一代だろ。親が政治家だってわけじゃないし、大したもんだ よ」

「そうですね」

「君は何かしたの。彼は東区だから」

「ええ、区が違うから直接的にはできなかったけど、事務所に顔を出して、ビラを配るのを手伝ったりしましたよ」

 藤島と槇田は幹事としてのつ きあい以前にクラスメートであり、その親しさがあるようだった。五人いる学年幹事の中に知った者が一人もいない思郎は自分の孤独を感じた。

「喜んでいたろう、彼」

「何か腰が抜けたみたいになってました。喜ぶというより、とにかくクタクタに疲れてましたね」

 藤島は抑えた物言 いを続ける。身内の成功を他人 には謙遜して言うような響きがある。

「選挙なん かに出るもんじゃないですね。あれは大変ですよ」

 藤島は一呼吸置い てそう続けた。

「そうっちゃ、 わしら平々凡々でいいよ。世間の底をはいずり廻って生きていくってのが似合ってるよ」

 思郎はわが意を得たりと少し興奮して言った。自分の現在の生き様をこめていた。足が地につかない話はたくさんだ。思郎には自分の過去に舌打ちする思いがあった。学生時代、政治活動に明け暮れ、自分の将来について考えるより社会変革の展望の方にさし迫 った現実味を感じていた。帰郷して自立の課題に直面しても、 (活動自体が就 職の妨げになるという状況もあったが、)結局は家におれば食べていけるという境遇に甘えて、真剣な職業選択を脇に置いたまま学生時代の活動を延長した。家族は活動に反対し、家業に対する影響を口にした。親と何回か衝突し、家を出ることも考えたが、食べていく道が決らぬため実行できなかった。生活基盤である家業と対立するのであれば活動の方が萎縮していかざるを得ず、それにつれて信念も薄らぎ、社会の未来を言う前に自分一身の今後について思郎の動揺は深まってい った。見合いをし、 親が結婚の条件として活動から身を引くことを出してくるに及んで思郎の学生時代からの政治活動は終息した。そして文学者、哲学者、革命家等のあれこれの夢の代りに、好きでない家業を背負っていくほかなくなった自分を見出したのだ。今は観念の天上からたたき落されて地面をはいずり廻っている実感が思郎にはある。しかしそれも以前の愚かしいドン キホーテよりはましだと思うのだ。

「政治家ちゅうのはあの人間の渦の中を泳ぎまわるのが楽しいんやろね 」

 思郎は気分を変えて明るい調子で言った。

「そうなんですかね」

 藤島は首を捻った。                                         


 槇田は高校時代、生徒会長をしていた。現在は理事長として中学生二、三百人を集める進学センターを経営している。 やり手だ、と思郎は思う。思郎が幹事会で 槇田に初めて会った時、彼はすでに市会議員立候補者として活動していた。渡された二色刷りの名刺には顔写真とキャッチフレーズが刷りこまれてあった。その名刺を手にして、以後槇田は同窓会総会でも、幹事会でも、人の中を泳ぎまわった。猪山が口添え役になって槇田と一緒に動いていた。思郎に幹事になれと言ったあの電車の中でも、猪山は槇田のことを、あいつは代議士になるつもりだ、あいつならなれると楽しそうに話していた。そして槇田は 昨春、おそらくはその代議士への第一歩として市会議員に当選した。槇 田は同期の中では一番頭角を表している人物に違いなかった。思郎はそんな槇田に同期としての期待を持つ一方で対抗意識のようなものを抱いていた。思郎の卒業したK大と 槇田のT大とが何かについて比較される関係にあることがその意識の底にあったことは否めない。


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