ゴッドパン屋さん
町の名産品はなんですか? と旅行者が訊ねると、返ってくるのは決まって銃声だった。
違法薬物と銃器と犯罪が溢れて輸出産業にまでなっているような危険地帯。
荒野でピューマに出くわすよりも、都市部で犯罪に巻き込まれる確率が50倍とも100倍とも言われている自由の町フリーダムシティ。
ギャングたちが互いのシマを奪い合う抗争を繰り返し、それらを取り締まる警察はレベルⅢのボディーアーマーと軍用アサルトライフルで武装していた。ほぼ軍隊だ。
救急は常にフル稼働。とうの昔に崩壊しポストアポカリプス的な医療サービスを市民に提供し続けている。
救急車は三年先まで予約待ちでいっぱいだった。
そんな危険と快楽と欲望を濃縮還元したような町の片隅で、ベーカリー「ゴッドハンド」は慎ましやかに営業を続けている。
オーナー兼店長はまだ若い。二十台そこそこといった青年だ。薄い色素の髪色に温和な雰囲気を漂わせている。
恐らくモテるであろうが、浮いた話の一つもない。
彼の作るパンはまずかった。歯を折るほど固いバゲットばかり焼いていた。
主な用途は食品ではなく武器である。鈍器として購入し犯罪に使われるのだ。
このパンの形をした凶器は狂暴なフリーダムシティの鳩によって証拠隠滅が可能なのである。
撲殺したあと、公園にバゲットを放置。5分以内に獰猛な鳩たちによって、一片残らず消えてしまう。
人間が食べるには味の面からも適していない。強度重視のレシピだった。
そのくせ、無農薬小麦や天然酵母にミネラル塩といった素材を使っているので、値段だけは高級店にも引けをとらない。
当然、売り上げは下降線。
店長は自分がなんでもできると思っていたが、パン作りだけは苦手だと再確認した。
そこで、新人のパン職人を雇ったのがつい先日のことである。
製パン学校を卒業したばかりの小柄な女の子だった。一応、18歳にはなるのだが、よく中学生と間違われている。
「店長なんでパン屋さんなんてやってるんですか?」
「ひどいことを言うじゃないか。この店で雇われなかったらチーフは無職でニートで人生終わっていたんだよ?」
「うー! すぐそういうこと言うんだから。もう知りません!」
「あ、ごめんごめん。おかげで助かってるよ」
「ほんともう、店長ってバゲットしか作れないし、それも鉄の棒みたいにカチカチだし。本当はあたしがバゲットも焼いてあげてもいいんですけど?」
小さなベーカリーだが棚には常に十五種類以上のパンが並んでいる。一番人気はチーフが作るクロワッサン。何十層も折り重なった生地が織りなすバターたっぷりな逸品だ。
焼き上がると午前中にはすべて完売してしまうことも多々あった。
チーフは自慢げに「本日分売り切れです(ごめんね!)」のポップをクロワッサンの棚の値札と取り替えた。
「ほーら、店長のバゲットいっつも残っちゃうし。焼きたてよりラスクの方が売れるんだもの」
「けどさチーフ。僕のバゲットは開店当初から熱烈なファンがいるから」
「んもー。そんなことだからお店がちっちゃいままなんです! 地域密着もいいですけど、夢はでっかく都心の一等地に支店出せるくらいがんばりましょうよ!」
「別にこぢんまりやってる方がいいけどね」
「だいたいパン作り苦手なのに、どうしてパン屋さんなんですって話ですよ」
店主は目を細めた。
「ほら、僕ってだいたいなんでもできるからさ。パン作りだけは上手くいかなくてね。だからこそやりがいがあるんだよ」
「それでお店を開こうなんて、全国のパン屋さんに謝って!」
「もう開いちゃってるし、こうしてチーフも来てくれて経営も軌道に乗ったし、ま、いいじゃない」
雲のようにふわふわと、つかみ所の無い店主にチーフはやきもきしっぱなしだ。
お昼のピークタイムを過ぎた頃――
チーフが「在庫チェックしてきますね」と、店の奥の倉庫へ。
店長が一人で店番をすることになった。
目出し帽に拳銃を持った男が三人、来店した。
「いらっしゃいませ~」
「おいコラ金出せやコラ殺すぞ」
最初に飛び込んできた男が銃口を店主の眉間にぴったりつける。
「パンをお求めでしたらトレーをおとりください。トングもあわせてご利用ください。なお、当店ではなんと……トングのカチカチを無制限で楽しんでいただけます」
「イカレてんのかテメェ! ブチ転がすぞ!」
後から入って来た二人がうむをいわさず、パンの棚をひっくり返し大暴れする。
床に落ちたパンを踏みにじり吠える。
「こうなりたくねぇよなぁ? あぁん?」
「やめてくださいお客様」
「やめろっつってやめたらよぉ……警察はいらねぇんだよ!」
店側でのゴタゴタに気づいてチーフが戻ると、店内は異様な光景だ。
商品が床にちらばり、店長が額に銃口をつきつけられ、他二人の強盗が店をしっちゃかめっちゃかにしている。
通報しようとスマホを取りに戻ろうとしたチーフだが、銃声が鳴り響き彼女の耳元をかすめる。
壁に弾痕が出来上がった。
「ひいっ!」
「なんだこの店はガキを働かせてんのか!?」
店長は「うちのチーフは若いけど良い職人だよ」と、ニッコリ。
「テメェ立場わかってんのか? オレが引き金引いたら脳みそぶちまけんだぞコラァ」
「…………チーフは隠れてて」
少女は悲鳴を上げた。
「もう遅いですってええええ! それに店長を放っておけないっていうかああああ!」
もう一発、銃声が鳴り響いた。
二つ目の弾痕が壁に刻まれる。チーフの少女は「ひいいっ!」と尻餅をつくと、そのまま後ろにひっくり返って後頭部を打って気絶した。
その間に、一人黙々とレジの金をバッグにつめる三人目の強盗。
店長に銃をつきつけたリーダー格が言う。
「金庫開けろや」
「あーあ。チーフ気絶しちゃったね」
「なにさっきから暢気にしてんだテメェコラァ」
「君らさ、お客さんじゃないよね?」
「あったりめぇだろうが見りゃわかんだろ強盗だっつーの!」
「レジのお金はあげるから五秒以内に出て行ってくれないかな。そしたら通報もしないけど」
強盗リーダーが唾を飛ばした。
「自分の状況わかってねぇのかテメェ! こっちはテメェのイカれた頭をハジいて金とっていけばいいんだしな」
強盗B(仮称)がリーダーに訊く。
「ならガキはどうしますアニキ?」
「こういうのが好きな奴がいんだろ。攫って売り飛ばすか……つーわけでテメェは死んどけ」
強盗リーダーは引き金を引いた。
が、しかし――
銃は火を噴くどころかハンマーが落ちなかった。
「な、なんだこりゃあ!」
店長が微笑む。
「チーフに手を出そうとかしなければ、撃たれてあげてもよかったのに。残念だよ」
店長は突きつけられた拳銃を握ってぐいっとそらす。強盗リーダーは動けない。
金をかき集めていた無口な強盗Cが銃を抜いて店長を撃つ。
が、今度は強盗の手中で拳銃が暴発した。
「うぐあッ!?」
強盗Bも店長に発砲する。二発撃ったあとの三発目だが――
「なんだこりゃジャムってんじゃんか!」
排莢不良を起こして拳銃は動作しなかった。
たじろぐ強盗たちに店長は足下に転がったバゲットを手に取る。
「じゃあ、お仕置きね」
軽く振るった棒状のフランスパンが強盗リーダーの首を有らぬ方向に曲げた。強盗Bがナイフを抜いて店長を刺す。
ドスッっと、間違い無く腹に刃が刺さったのだが。
「あー、ごめんね。僕、基本的に不老不死だから」
「な、な、なんだよ!」
「君は燃やすことにするね」
店長の左手が強盗Bの眉間を掴んだ瞬間、男の全身が一瞬で炎に包まれた。
「ぎゃあああああああああああああああ!」
真っ黒く焦げた人型のなにかを店長は投げ捨てる。
残る強盗Cに訊く。
「本当のリーダーは君でしょ? 無口くん」
「ち、ちがう」
「自分自身を下っ端に見せかけて君が彼らを裏で操ってるんだよね」
「…………」
店長は心の声に耳を傾ける。パンを作る以外はなんでもできる店長にとって、それくらいはたやすいのだ。
強盗Cの心の中は「なんでバレたんだ」という言葉で塗りつぶされていた。
「じゃあ、ちょっと遠くにいこうか」
「な、なにしやが……」
強盗Cが言い終えるより早く、店長はパチンと指を鳴らした。
二人は瞬間移動した。
大西洋のどこともいえぬど真ん中。水平線が広がり陸地もなにも見えない海の上に、店長はスッと浮かんで立っている。
男は足を宙にバタつかせた。
「ひいいいい! なんだ!? 何がおこってる!?」
「安心して。この海ってさ、サメがいないんだ。サメの餌にするなんてことはしないよ」
「や、やめろ! おい! どこなんだここは!?」
「死の海だよ。プランクトンがいないから小魚もいない。それを食べる大きな魚もいないんだ。海の養分が少なすぎて生命がいないんだって」
もう一度パチンと指を鳴らすと、強盗Cは海に落ちた。服が塩水を吸ってあっという間に溺れる。
「た! たすけ! たすけげぼぼごぼぼぼぼ」
「あーあ、沈んじゃった。帰ろっと」
三度、指を鳴らすと店長はベーカリー「ゴッドハンド」に戻ってきた。
首を折られた死体と焼死体と、気絶したチーフの少女がいる。
「うーん、チーフはこれで七度目か。あんまり記憶をいじりたくないんだけどね」
店長は彼女のおでこにそっと手を当てると記憶を改ざんし、後頭部の怪我も一瞬で治した。
それから店の監視カメラの映像も書き換える。
入って来た強盗は二人組という筋書きだ。
チーフがやけくそで投げたカチカチバゲットがうまくヒットして、二人の強盗をノックアウトしたという、荒唐無稽な証拠映像をでっち上げた。
それから店長は殺した二人を蘇生する。首を折った強盗Aと燃やした強盗Bは生き返った。
ちょうど、近隣住民の通報で警察がやってくる。
目を覚ました強盗AとBは、警官隊に取り囲まれてレーザーサイトに狙われている状況に混乱したまま、あえなく逮捕となった。
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「店長、バゲットのレシピを変える話ですけど」
「君がお店を守ったカチカチバゲットだよ? 変えちゃうのかい?」
「んもー。本当は変えたかったのに、あんなことあったらもう変えられないじゃないですか」
事件後、監視カメラの映像で強盗たちは起訴有罪判決までがスムーズに進んだ。
もちろんチーフの正当防衛も認められた。この町では日常茶飯事だ。
ただ、バゲットが強盗をやっつけたというニュースが広がって、その日初めて人気のクロワッサンよりも早くカチカチバゲットが売り切れたのでした。
「そうだチーフ。この際だからクロワッサンもカチカチにしない? 投擲武器にぴったりだと思うんだけど」
「ぜっっっっったいにしないですからね! もう! 店長はレジだけ打ってください!」
「はいはい」
ここはパンを作ること以外なんでもできる、神様がレジを打つ店。
ベーカリー「ゴッドハンド」は今日も危険な町で、営業を続けている。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。物語の世界に足を踏み入れていただけたことを大変嬉しく思います。
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原雷火 拝