018. 偉大な頭部と、森の先
◇
森の中を、東へ進む。木々の隙間から、次の街が見えてきた。
アインツ公国、東の都市「イース市」やて。アインツ市に比べて、木組みの建物が目立っとる気がする。
で、そんな街のほうから、異人とおぼしき男2人組が歩いてくる。俺のほうを見て、顔が強張ったんが分かる。
「「「『こんにちは~』」」」
それでも挨拶してくれる、ええ人ら……やと思いたい。
ボス猪の生首持って歩いとる、俺がおかしいんやからな……!
◆
どうも、ジンジュです。
ボス猪こと、「レッサー・ファイティングボア」を倒したとこです。
貰えるもんは全部貰た。ボス猪の頭部は、俺の大盾に括りつけてある。
……え? 「その紐はどこから」??
彼の腰から。何でコイツ赤褌なんかしとんねん…… ???
一足先で、はったむさしさんと従魔の小烏が待っとる今、もうここに用はない。
……いや待て、あと1つだけ。
「周りのこの光の壁さ~、名前とかあるん?」
「「不思議な壁」」
「へぇ~……まんまやな?」
ボーゼとえすとっきゅーに訊いたら、たった一言。妙な名前やな。
これって、誰かの感想ですかね?
「よっしゃ、ほな行こか」
「「了解」」
「ぴすぴす!」
来たほうと反対側の、光の壁をすり抜ける。3人と兎3羽の全員が出たとこで、光が消えた。
「……うおぉ !? 【ガード】!」
……てとこで、膝から崩れて転けた。とっさに大盾を手放して、受け身をとる。
両腕、肘から先が地面についた。
「ヒィ~危な、急に力抜けた……?」
「あーせや、反動来るんやったな……」
とりあえず起きて、地べたに座り直す。
〈下剋上〉スキルの、バフの反動らしい。いわゆるデバフ状態。
動けるけど、だるい。風邪ひいた時みたい。でも熱とか咳とかはないから、何か変な感じ。
「カァ」
「お疲れー! ……大丈夫かオメーら?」
「ゑ」
向こうから来たはったさんに言われて、周りを見る。
橙色と牛柄の小兎も、気だるげな顔で地面にへばりついとる。
「ぴすぴす?」
「……ふす」
横から、黒い兎が2羽に話しかけとる。
2羽のほうも反応早いから、まだ動けるけどだるい、て感じみたいやな。
あ~よかった、これで安心して寝れる……わけやない。知ってた。
「……元気しとってか?」
「見りゃ分かるだろ !? 」
ボーゼの一言に、はったさんのツッコミが飛ぶ。
黙っとこ、ツッコむ気力ないし。
「で、後どうするー?」
「腹減ったぜ、飯にしねぇか?」
「「「了解~」」」
「ぴす !? 」
「ふすふす!」
飯の話になった途端、3羽がすっ飛んできた。元気そうで何より……
てなわけで、例の携帯食料(レーズン味)とリンゴ、解体用の短刀を用意して。
使い方は簡単。リンゴを縦半分に切って……お、蜜入っとる! ラッキ~。
片っぽは保存。
もう片っぽは種取ってから、さらに半分こ。
とがのにあげるほうを細長く刻んだら、あとは食べるだけ。
……え、草? その辺の適当に食うやろ、この子(ぶん投げ)
とか言うとるうちに、皆さん準備できたっぽい。
携帯食料とか、にんじんスティックとか千切りキャベツとか。ほな早速……
「「「「いただきまーす!」」」」
美味~い。安定のレーズン味。
「そっちはどない~……て何しとん !? 」
「……ふす?」
とがのを見たら、短刀舐めとった。しかも下から、刃のほうを……
怖っ……
いわゆる“狂人アピール”とは違う。兎やから無表情で、淡々とペロペロしとる。
いや、それもっと怖いやつ……。
声かけたらゆっくり顔上げて、首を傾げる。
「何か? 味ついてて美味しいよ ??? 」
とでも言わんばかりに。
「いや離れて? 怪我するで ?? あと本体こっちやし」
言いながら、リンゴの細切りを差し出す。とがのはすんすん、て匂い嗅いでから食べ出した。
小っちゃくシャリシャリ……て音がする。
素直なええ子でありがたい。けど、この子も肝据わりすぎちゃう?
やめて、俺がビビりみたいやん。
いや、ビビりやけどさ……
「えすとさ~ん、これの【洗浄】お願い」
「はいよー、【洗浄】っとー」
「あざ~っす」
「洗浄カメラマンのボーゼで……」
「「喧しわ」」
彼のボケは置いといて、短刀をしまう。
ほな、飯の続きや~。リンゴを一口かじってみる。
“しゃくっ”……ええ音やな。
あ~……酸味強いやつか~。でも蜜入っとるし、甘味は充分?
甘すぎず酸っぱすぎず、ちょうどええんちゃう? お子ちゃん以外には。
で、風が吹いて、木の葉がわさわさ~……て揺れる音が聞こえる。
……まさかの黙食!
いや、しゃ~ない。
普段「ぴすぴす!」て元気なレティシアちゃんが、一心不乱に千切りキャベツ食うとる。
ダイスくんの前のにんじんスティックも、とがののリンゴもガンガン減っとる。
クロウくんはイワシの頭をつついとる。
……ん !?
「ゴブリンにイワシの頭て、効かんもんなんすか……?」
「クア?」
「何だそれ? 初耳だぜ」
「……あ、節分の玄関飾りにして鬼除け、てやつやっけ?」
「それそれ~、ウチやったことないけど」
「ウチもない。あれ臭いし」
生々しい意見やなボーゼ……どっかで見た?
「……それこそ“なんとかも信心から”ってやつじゃねえか?」
「「「それはそう」」」
話振っといてあれやけど、何の話しとんやろ……?
まあ、たまにはええか……こういうんも。
◇
「「「「ごちそうさまでしたー!」」」」
“挨拶は大事”……古事記にもそう書いてあるねんて。知らんけど。
俺の知っとる『古事記』と違うらしいし。誰ぞを腰まで埋めたら、目ん玉飛び出て逝んでもた……みたいなんとは。
何やこの、カスみたいな話…… !?
「……で、結局その生首は何だよ?」
「「「忘せとった……」」」
古代中国では、敵の首が魔除けとして使われたらしい。それ持って歩いとるとこが、「道」て漢字の始まり、やねんて。
……ん !?
中学の卒アル……いや何でもないです。
んで、こちらは偉大なる“森のヌシ”、通称ボス猪の頭部でおます。毛皮で作った上着でも魔除けになるんやて。
ほな生首やったらどうなる?
「てことで~、検証しよかと……」
「意味わかんねえよ ??? 」
「サーセン、コイツこういうヤツなんで。慣れてもろてー……」
「慣れちまっていいのか、これ……?」
アカンやろ、とは思います。自分で言うんもアレやけど。
……2人ほど手遅れ? それ俺に言われても困るやつ。
勝手に馴染んだやつが悪い。
んで、その2人が言う。
「こっち行ったら、ちょうど森の端っこで街道に出れたよな?」
「せやったなー。都合のええ獣道……」
さよか。なら街道に出る手前で、ボス猪の首塚を作らせて貰おか。
「てことで、ど~でしょう……?」
「「了解」」
「よし、ほな行くk……の前にジンジュ、あれ取っとけ」
「あれ、て何……?」
ボーゼの指示通りに……
《〈敏捷強化〉を取得しました。残りSP:5》
《従者「とがの」が〈筋力強化〉を取得しました。残りSP:3》
「……お待たせしました。ほな行くコ」
「「「はーい」」」
で、歩きだして早々、ボーゼが言う。
「あ、せや。この辺で左手をご覧ください」
「何? 急に~」
「ジンジュ、その左手やない」
ツッコミありがとう。
道の左側やんな、なんか薄ら光っとる所あるし。
「ここの横通ったら、出てくるヤツな」
言うた通りに彼が進むと、そこが黄色い光を放つ。
光はすぐに、後光を背負った兎の形を取って、消えた。
残された、1羽の白い兎。その頭上には、“▽ラビット(♂) Lv.15”の文字が見える。
……ここ、出現地点てやつか。
そんな白兎の前に、もう1羽。
「……ふんす?」
「ぴゃあ !? 」
仁王立ちするとがの。それを見た白兎は逃げた。茂みの揺れる音が遠ざかる。
……ん !?
二足歩行……は無理か。強引に後ろ足で立って、自分を大きく見せとったらしい。
そんな同族が強者の匂い、プンプンさせながら目の前に立っとる……そら逃げるわ、俺も。
「脅しの手際が良すぎる。何だよコイツ?」
「……反社会的ウサギ?」
「知らねえよ、俺に聞くなよ……」
ボーゼとはったさんの漫才はともかく、問題はそこ。
どこで何覚えたんや、この子は……?
たしか俺からは、“挑発に【鑑定】使え”と、“刃物なめんな”しか教えてないんやけど……
◇
そっから3分ほど歩いたあたりで、後ろからガサガサ、て音がした。
思わず振り返る。通ったばかりの分かれ道、その脇の茂みが揺れとる。
ほんで、すぐに灰色の狼が2頭、顔を出した。
「ヤバい、送り狼や」
ボーゼが小声で、でも鋭く言う。
縄張りに入ってきたやつの、後をつけてくる狼や。転けて隙を晒したり、敵意を見せたりすると襲ってくるらしい。
つまり……
「止まると死ぬんじゃー!」
「回遊魚かよ……」
「マグロ、ご期待ください」
「言うとぉ場合か~?」
ひそひそ話に緊張感の足らん、いっつもの俺らやった。
けど今んとこ、それが正解な気もする。ホンマに2頭だけか怪しいし。
俺らにペース合わせて、後をつけてくる2頭。どうも混乱しとるみたい。
生首と3羽の兎、合わせて4方向から漂うボス猪の匂いに。
……そら意味分からんわな。俺らも訳分からん。
まあとにかく、無事通れるんやったらそれでええ。わざわざ戦う義理はない。
「ほなこのまま、等速直線運動で……」
「ボーゼさんボーゼさん、早速曲がり角でっせ~?」
「Oh……shit!」
この島育ち、何でかネイティブの発音なんよ……ちょっと羨ましいぞ~。
ちょっとだけ、な。
◇
10分ぐらい狼を連れ回しとったら、急に2頭の足音が止んだ。
振り返ったら、2頭は足を止めとった。黙って俺らを見送っとる。
「縄張り抜けたみてぇだぜ」
「やっとか、お疲れ」
「お疲れーッス」
とか言うとるうちに、木々の隙間から、次の街が見えてきた。
アインツ公国、東の都市「イース市」やて。アインツ市に比べて、木組みの建物が目立っとる気がする。
で、そんな街のほうから、異人とおぼしき男2人組が歩いてくる。街道、近いみたい。
俺のほうを見て、顔が強張ったんが分かる。
「「「『こんにちは~』」」」
それでも挨拶してくれる、ええ人ら……やと思いたい。
ボス猪の生首なんぞ持って歩いとる、俺がおかしいんやからな……!
「……ボス猪の生首さ~、そろそろ埋めへん?」
「早ない? 街道までもうちょいあるで?」
「バカお前ら、人通り増える前にやらなきゃ意味ねえだろ」
「あー、せやった……」
てなわけで紐ほどいて、大盾から首を下ろした。ほな急に、ボス猪の赤褌を嗅ぎだしたボーゼ。
「臭ぁ……」
「「……ぶふっ」」
「狼獣人の変顔とか要らんわ!」
やめろや、鼻水出たやんけ !!
……さておき、狼獣人のフレーメン反応でした。
誰が得すんの……?
◇
ボス猪の首を埋めて、手ぇ合わせた。
えすとから、シャベルと間違うて西洋太鼓のばち渡されたん以外は、問題なく終わった。
……いや間違え過ぎやろ、可哀想に。
ほな、て森を出たら、街へ続く平原や。
周り見たら、牛、豚、鶏、牛・牛・牛、豚、鶏・鶏……
「ここ、牧場かなんかか~?」
お読みいただき、ありがとうございます m(_ _)m
次回更新は12/20(金)頃の予定です。
書き出した頃に想定してた、倍以上書いてて「まだそこか……」となっております。
全部反社会的ウサギが悪い(八つ当たり)
【追記】
・サブタイトルを変更しました
(2024/12/31)
・一部加筆/修正しました
(2025/07/25)