二十四話 思いの魔法
―――目の前の光景を見ることしか出来なかった。
葉加瀬は翳していた手を下ろしてしまった。
(変わってない)
あの時のまま、やはり姉に手を引かれたのは貞のいい妄想だった。そう納得し掛けた時だった。
「葉加瀬さんっ」
何度目ともなる葛葉が葉加瀬を呼ぶ声。
葉加瀬は顔を上げてその声のする方を見た。
「何回だって下向いてもいいですよ、その度に、私は―――」
『紅焔鎧』の焔が揺らめき暖かな温もりを届けてくる。
その背中に真っ直ぐと視線を送り、葉加瀬は、肩越しに向けられる葛葉の横顔を見た。
重なる。
「一緒に頑張ろう……って言うんです!!」
何もあの背中は、あの時の背中と重なるのか。
「諦めることだけは絶対に、私も葉加瀬さんにも! 他の誰にもさせません!!」
言葉も声も顔も、その覚悟の表れも。
全てが重なるのはどうしてなのだろうか。
「辛いことがあっても笑うんです! 過去のことは心に留めて、未来を明るくするよう努力するんです!」
一言一句、あの背中も語っていた。
転けた時、泣いた時、悲しい時、辛い時。子供ながらにしてあの背中に何度も助けられてきた。
そして同じことを口にしていた。
それを呪詛のように葉加瀬の脳は覚えていた。
呪いであるが故に、葉加瀬の分厚い心の氷は乱され、熱い熱によって溶かされる。
「さぁ行きましょう。私と一緒に」『さぁ行こ! お姉ちゃんと一緒に‼︎』
ブワッと葉加瀬の目端から涙がこぼれ落ちる。
(あと……あと何度、いや……何回だって言われても、きっと足りない)
一筋だった涙は今や滂沱へと変わり、葉加瀬の胸中を無浅慮に無遠慮に剥き出しにするのだった。
止まらぬ涙を葉加瀬は白衣の袖で乱暴に拭い、やっと覚悟を決めた。
葉加瀬はもう泣かない。泣いていたら、姉が安心して居られないからだ。
覚悟を決め、意思を鋼鉄にし、足で地面を杭打ちのように踏み締めた。
「雪月夜を越え、今この瞬間を雪消の時としよう。この思い万年雪の如く消えぬことを、彼方の貴方へ誓う」
魔法陣が展開される。
膨大な魔力が込められていく。
「契約は誓約へ、飛雪千里の日々、雪魄氷姿のあなた。雪泥鴻爪の夜に失ったかけがえのない人たちよ」
葉加瀬の周囲が急激に寒くなっていくのを、その場にいた全員が感知していた。
「氷雪の霊峰、純白の罪」
詠唱が完成していく。
サラマンダーはそれを阻止しようと全触手を葉加瀬へ。が、それは葛葉が絶対に許さない。
悉くを切り落とし、詠唱に夢中の葉加瀬を守った。
「嗚呼、私はもう大丈夫―――『無月一変煌星ッ‼︎』」
詠唱の最後の一節が紡がれ完成した。
瞬間、葉加瀬が展開した魔法陣の上に無数の光の球が出現、次に光の球はサラマンダーに向かって一斉に飛んだ。
次々と飛んでいく様はまさに弾幕で、サラマンダーにとっては、光の球一発一発が致命傷となった。
光の球が当たった箇所が凍結し始めたのだ。
その凍結はすぐにサラマンダーの全身に伝播していった。
「ありがとうございます、葉加瀬さん‼︎」
凍っていくサラマンダーに葛葉は飛び掛かった。
これ以上の被害を出させないために、終わりにするために。
葛葉が凍ったサラマンダーの身体を割ると、凍っていた身体の肉片が徐々に氷へと変わってしまった。
このまま凍結させて行けばサラマンダーは氷となる。
だがサラマンダーは抵抗する手段を持っている。
「葛葉ちゃん! サラマンダーの尻尾を狙って!」
どうするかと思案して居た葛葉に、葉加瀬が声を上げ助言をかけてくれた。
「尻尾……ですか⁉︎」
意図が理解できなかった葛葉が聞き返すと、葉加瀬は、
「ゼノ・サラマンダーの尻尾には魔力を調節するための魔出孔と言うものがある! そこを狙って‼︎」
分かりやすく簡潔に説明して、そこがいかに重要なのかを伝えてくれた葉加瀬。
葛葉は早速、まだ凍結の侵食がない尻尾へと回り込み、尻尾の付け根辺りに見つけた魔出孔を全て切り裂いた。
言われた通りにその箇所を潰した。
あとは全身を削っていくのみだった。
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