十七話 惨劇の始まり①
「―――っ‼︎」
葛葉が驚き固まっているのとは反対に、背中から血を流しながらも娘を守るろうとする父親と、姉と母親の視線はある一点に集まっていた。
「おいおい、ダメじゃないかぁ、戸締まりはちゃんとしとかないとぉ!」
三人の視線が集まる場所には大柄な男が立っていた。
邪悪な笑みを浮かべ、血の滴る包丁を逆手に持ち替え半歩前進してくる。
「―――ぁ、っ、ごめっ、ごめんなさいっ、お父さんっ!」
声を苦しそうに詰まらせながら姉は血を流す父親へ謝罪した。
最初はピンと来なかった父親と母親だったが、侵入者の言葉と、唐突に謝罪してきた娘の言葉に、二人は察した。
「いや……俺たちがちゃんと確認しなかったのが悪いんだ……」
先ほど外の様子を確認した姉が、鍵を閉め忘れたのだろう。
そうしてこっそりと侵入し、このような凶行に走ったのだ。
「何が目的だ!」
「……えぇ? 目的ぃ? 特にねぇな、つい最近有り金が無くなっちまってな、後はもう野垂れ死ぬだけだったがよ、ちょうど鍵を掛け忘れてる家があったからなぁ」
男の話の最中に父親は姉を母親の下へ移動させた。
姉は母親の背後に隠れ、男に対し父親、母親、姉という構図になった。
いざとなれば姉だけでも逃がせるように。
「一家惨殺すりゃあ、無期懲役になるだろうよ」
「……なるわけねぇだろ!!」
男の呑気な言葉に苛立ち、父親は姿勢を低くし男へとタックルした。そして叫んだ、
「逃げろ‼︎」
母親と姉へ向かって叫んだ。が二人はすぐに動かなかった、いやその後も動かなかった。
なぜなら、この家から出るには父親と男がいるリビングの扉から玄関に向かうか、キッチンから外に通じる裏口からしかないからだ。
だが問題はそれではなかった。男は気付いていないが、二階には幼い葉加瀬が眠っている。
置いて逃げることはできない。
故に、二人の足は動こうとしなかった。
「っ、だぁ‼︎」
「おおっと、たくっ。男が抱きつくんじゃあねぇよ!!」
ザシュ、包丁が父親の背中を貫く。
ザシュザシュザシュザシュザシュ。何度も何度も。
刺さっては抜かれ、その度に鮮血が宙を舞う。
父親は痛みに呻き、血を吐きながらも、全身全霊で男を押し倒そうとするが体格差的にそれは叶わない。
その間にも包丁で何度も背中を貫かれていた。
もう既に刺すところなんて無いほどに。
床が血で染まった。
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