十五話 あの日々が見たくて
目が覚めた矢先、葛葉は言葉を失った。
目の前で見知らぬ家族が和気藹々と、家族団欒をしていたからだ。
唐突な出来事に脳の処理が追いついていなかった時、ギュッと左手が強く握られた。
バッと見ると、そこには幼い少女が居た。
真っ直ぐと葛葉と同じものを見ていた。
「……君は、誰?」
「お姉ちゃんこそ誰?」
声を掛けると、歳の割には偉く達観したような顔の少女が、同じ質問をしてきた。
葛葉は微笑んで答えた。
「私は……鬼代葛葉、君は?」
「……お姉ちゃんに、知らない人には何も言うなって」
親切に答え再び聞いたが、当たり前な理由で断れてしまった。
「……あれが、君のお姉ちゃん?」
「ん。すごいお姉ちゃん」
「ふっ、それ名前?」
「うん、仮称」
葛葉の問い掛けに答えてはくれる少女。葛葉は微笑みながら受け答えするのだった。
「……ここはあなたのお家?」
「うん。でも、触れない……」
少女が葛葉の手を離し、近くにあった物に触れる。がそれは実態を成していないからか、掴むことはできなかった。
葛葉も同じように近くの物に触れた。
水のような、泡のような、表現するのが難しい感覚に眉を寄せる。
「でも、暖かい……」
「だね」
目が覚める直前まで、葛葉は凍えるような寒さを感じていた。が、それは今、この場にはない。
逆に誰かに抱きしめられているかのように優しく温かい。
「見て」
「っ」
すると景色が変わった。
和気藹々と家族団欒の奥の壁が解けるように崩れていき、道のように奥へ奥へと続く回廊ができた。
「行こ」
「……うん。手、離さないでね」
二人は歩き始めた。
回廊の先へ。
―――回廊をしばらく歩くと、目の前に扉がやってきた。
それまでの間、さまざまな光景が過ぎ去っていくのが、四方八方の壁に見えた。
扉の前に立ち、葛葉は少女と顔を見合わせ、ドラノブを捻った。
『わぁ! 見て見て! 立った! 立ったよっ、お母さん!!』
広がったのは心地の良いそよ風が吹き、カーテンが揺れ、シーツを被った幼子が立っている、そんな光景だった。
小学六年生くらいの少女がはしゃぎながら、そばで見守っていた母親に抱きついた。
テクテクと、まだ不慣れな歩行に怯えつつも、幼子は母と姉の下へ向かっていく。
『たぁ〜、うー』
手を伸ばし母の懐へと倒れ込む。
ドヤッと頬を膨らませる幼子に、少女が笑みを浮かべながらその頬をつっついていた。
「ここも、温かいね」
「……うん」
その光景を見ていた葛葉と少女はポツリと声を漏らした。
「っ、また……」
「行こ」
そして再び現れた回廊。
葛葉は少し警戒しつつ、次も扉があるのかと考えながら歩み始めた。
少女は後ろを振り返り、目が合う幼子のことをじっと見つめていた。
そして、再び扉の前に葛葉と少女は立っていた。
「開けるよ」
ドアノブをひねり、ガチャっと開けると。
『―――わぁー‼︎ ちょっと〜! ダメでしょー!』
『食べるのー!』
食卓を囲う、先ほどの三人と父親。
成長した幼子が、成長した少女のお皿をひっくり返した、そんな光景だった。
『お姉ちゃんのですー! 自分のがあるでしょー!』
『やー!』
汚れたセーラー服に「あちゃー」と肩を落とし、微笑みながらやってきた母親が幼子のことを抱っこした。
『お母さーん、これ落ちるぅ?』
『さぁ? でも落ちなかったらクリーニングに出すから。平気平気』
制服に着いてしまったソースの汚れに、落ちるかどうかを尋ねて帰ってきた、そんな適当な答えに、少女はゲンナリと肩を落とした。
『さぁ? って……ねぇお父さん! ちゃんと叱ってよー、お母さん、甘いんだもん』
『はっはっは、良いじゃないか。可愛い妹の悪戯なんだから』
黙々と朝食を取っていた父親に助け船を求めるが、父親もちゃんと叱ってくれず、呆れたように少女はため息を吐いた。
そして少女が制服を着替えにリビングを出ると、葛葉達の見ている光景が変わった。
少女が自室で制服を脱ぎ、ピンクの下着を晒したまま、クローゼット中から制服を取り出す、そんな光景に。
『まったく、家の両親は親バカなんだから』
またため息を吐き、苦笑しつつ独り言を呟きつつ、制服を着ようとした時だった、
『おねいちゃん』
『ん? どうしたの? てか、一人で来たの? 凄いね』
ほんの少し開いていた扉を開き、着替え途中の少女に声を掛ける幼子。
驚きつつ、少女は幼子の下へ向かいしゃがんで、頭に手を置いた。
『お姉ちゃんは許すけど、他の人は許さないんだよ、あれ。だから次からは、め!』
『うい』
『分かってんのかね〜』
幼子の自信満々ドヤ顔ピースに姉は不安を覚えつつも、まいっかと許すのだった。
『……でも、これでお姉ちゃんと居られる?』
不意に放たれた幼子の言葉に、姉とそれを見ていた葛葉も絶句した。
『……分かった、お姉ちゃんちょっと学校に休みの電話してくるっ!!』
幼子の可愛すぎるあの行動の理由に、トチ狂う姉と首を縦に振る葛葉。
その時、また回廊が出現した。
葛葉はえぇっと意外に早い、その登場に眉を寄せるのだった。
「行こ」
「う、うん……」
不服そうに葛葉は少女と共に回廊の先へと歩いていくのだった。
扉の前に立ち躊躇なくドアノブを捻り扉を開けた。
『お姉ちゃんっ、はい!』
扉の先では先ほどと同じように、リビングにて何やらクリスマスパーティをする家族とその友人らが居た。
そんな中、幼子―――少女が丁寧にクリスマス仕様で包装されたプレゼントボックスを姉に手渡した。
『ありがとっ‼︎ 一生大切にするよ!』
「んー!」とプレゼントを受け取った姉は、大変嬉しそうに少女の頰に自身の頬を当て、すりすりと頬擦りするのだった。
『い、痛いよお姉ちゃん……!』
『大好きだぞー‼︎』
少女の訴えも虚しく姉はスリスリと頬擦りを続行、少女は「あはは」と笑うのだった。
プレゼントボックスを開けると、その中には偉く上手い絵が入っていた。
父、母、姉、自分。と書かれた題名、その下の欄になぜこの絵を描いたのか? という理由を書く欄もあった。
そこには「世界一温かい場所にいる素敵な人たち」とひらがなで書かれていた。
『わぁ〜! 偉い! 偉い偉い! もう国宝だぁ、これっ!』
目を輝かせてそう言う過剰な姉に、少女は気恥ずかしそうに頬をぽりぽりと人差し指で掻いていた。
姉はそれを胸に抱いて、大事に大事にするのだった。
そんな微笑ましい光景に、葛葉は微笑んでいた。
なんて温かい人なんだろうと。
その時だった、再び、回廊が現れたのだ。
「じゃあ、行こっか……」
葛葉が歩き出そうとすると、グイッと左手が引っ張られた。
「え?」と少女の方を見れば、少女は首を横に振って足を止めていた。
「やだっ、行かない」
「え?」
少女の言葉に首を傾げる葛葉。
少女はてこでも動かないという姿勢をとった。
葛葉は心配しつつ、しゃがみ込んで少女と目線を合わせた。
「どうして?」
「……消えちゃう」
返ってきた言葉は意味不明で、
「何が消えちゃうの?」
「ここが、来ないで」
要領を得ない言葉に葛葉は更に困惑した。
無理強いしたくない葛葉に、この少女を連れてあの回廊にはいけない。
どうするかと思案し、すぐに答えは出た。いや、出ていた。
「……じゃあ、さ。お姉ちゃんが一人で行ってもいいかな?」
「……」
「絶対に戻ってくるから、絶対に」
葛葉がそう言うと少女は静かに消え入りそうな声で、
「いいよ」
了承してくれるのだった。
その顔はあまりよく見えない。
俯いているからか、暗いからか。
ただどこか悲しそうだった―――。
―――葛葉は不安そうに歩いていく。
後ろにいる少女を一人残して行ってしまうからだ。
回廊の中に入る直前、葛葉は振り返った。
少女は動いていない。
ただずっと俯いて立っているだけだった。
「っ」
顔を前に向けると目の前に扉があった。
先ほどまでの回廊と違い、数歩歩いた先に、扉があったのだ。
「……?」
疑問を感じつつもドアノブに手を掛けた。
あとは捻って扉を開けるだけ、だが葛葉は再び振り返って、
「君は! 誰⁉︎」
声を大にして聞いた。
その声に少女はやっと俯かせていた顔を上げた。
嬉しそうな顔を浮かべつつも目の端から涙を流す少女。
葛葉は見た、少女の口が動くのを。
その瞬間、ガチャっと扉が一人でに開き、葛葉を吸い込み始めたのだ。
不意のことで葛葉は耐えることもできずに扉の中に吸い込まれるのだった。
その先は暗く何も見えなかった。
ただ落ちているという感覚だけは感じていた。
瞬間、バッと視界がひらけた。
目に飛び込んできたのは自分が街を一望できるほどの場所にいるという光景だった。
落ちている感覚を感じながら。
「っ、これ⁉︎ まずいんじゃ⁉︎」
自分が今、標高何キロメートルから落ちているか分からないなか、葛葉はどうするか焦っていたそんな時だった。
視界が再び変わった。
「っ、たぁ⁉︎」
受け身も取れずうつ伏せの状態で葛葉は落ちた。
肺の中から空気が抜け苦しいのを堪え、葛葉は顔を上げた。その瞬間、目に飛び込んできたのは、
『それじゃあおやすみ』
見覚えのあるあの光景だった。
『……うん』
葛葉が驚き困惑するが、ハッとした。
ベッドの上で寝転がる少女。先ほどまでの少女と全く同じだったのだ。
否、今までの少女も同じだった。
なぜか違うと葛葉は思っていたのだ。
「……ここだけしか、見れないのかな」
葛葉はこの後何が起きるか知っている、でも、それまでは知らない。
それを知りたいのだ。
ダメ元で、葛葉は部屋の扉に触れてみた。
「ッ⁉︎」
すると、今度はきちんと掴めたのだ。実体があったのだ。
葛葉は意を決して、あの日、あの時、あの瞬間、何があったのかを見に征くのだった。
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