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十二話 死に際

「……―――『美しき業火(ヘルフレイヤ)』」 


 だが一番即座に動いたのは葉加瀬だった。

 葉加瀬の手から放たれた黒炎の火球、それはサラマンダーに向かっていくが、魔力に反応したサラマンダーの纏う炎によって、相殺されてしまった。


「『沈みゆく帝国(インペリアル・シンク)』」


 次に繰り出したのは水魔法。だがその威力は絶大。

 大海かと思うほどの量の水がサラマンダーを押し潰す。が、シュゥゥゥという音を立てて水は蒸発していった。


「『災禍の風(ウィンド・ウィルマ)』」


 次に風魔法。風というにはあまりに強過ぎる風が吹き荒んだ。

 風に晒されるだけで腕が、身体がズタズタに引き裂かれそうになる。

 白衣も髪も乱れさせつつ、葉加瀬はサラマンダーを強く睨み、更に威力を上げた。

 木々が斬り飛び、サラマンダーの体躯に無数の傷ができる。同じ箇所に何度も刻まれる風の刃、だったが、それよりもサラマンダーの再生力の方が上回っていた。


「駄目か」


 今まで使っていたのは上位魔法。それですらダメージは入らない。

 対炎に最も強く出れるのは氷結魔法のみ。

 一瞬であの体躯を芯から氷像にすることができるのが氷結魔法なのだ。


「……っ」


 使いたくても使えない、葉加瀬の脳裏に蘇る雪の情景。それはあまりに残酷で、あまりに葉加瀬を蝕んでいる。

 出来ることを出来なかった、今もそうかもしれない。

 いや、あの時よりも酷い、出来ることが出来ないのだから。

 ゆっくりとサラマンダーは葉加瀬の前にトカゲ面を置いて、パチクリと瞬きをした。

 死の恐怖というものを感じた気がしたのだ。

 葉加瀬には絶対防御が常に発動している、が、目の前の恐怖は防御できるわけじゃない。

 ふと脳裏に浮かぶ―――姉の顔。

 何を言っていたか、もう思い出すことさえ出来ないが、葉加瀬には分かる。

 きっと、こう言っていた。


「う―――ッ‼︎」


 ほんの一瞬の絶対防御が緩んだ隙に、偶然にもサラマンダーの尻尾が入り込み、葉加瀬の脇腹へ減り込み、肋骨を砕き内臓を破裂させながら葉加瀬を吹っ飛ばした。

 吹き飛ぶ身体は、頭から木にぶつかりそうになったものの、既で絶対防御が再発動し、一命を取り留めた。


「……あぁ」


 久々の大怪我に青空を仰ぎながら息を吐いた。


 ―――きっと。


 ブワッと口から血が溢れ出し、ダラダラと口元や白衣が赤に染まった。


「まずい……」


 手足が痺れ動くことが出来ず、葉加瀬はまたサラマンダーを前に行動することが出来なくなってしまう。


 ―――こう言っていた。


 動け動けと脱力する腕に念じるも、腕は応えてくれない。

 痛くて、痛くて何も考えられなかった。

 そんな真っ白になって、空白になっていく葉加瀬の頭の中に蘇る情景。

 かつての情景。


『絶対、守ってあげる! (わったし)に任せなさい! 絶対に助けるからね!』


 それは近所の犬に吠えられ、姉に泣きついた日のことだ。

 怖くて泣いていた葉加瀬を、姉は優しく背中を摩り、落ち着かせてくれた。

 懐かしい思い出が蘇った。


「―――副長‼︎」


 叫び声に意識がはっきりとすると、目の前でパリンッ‼︎ と絶対防御が割れるのを目にした。

 そしてその先に居るのはサラマンダーだ。

 口を大きく開け、ゆっくりと顔を近付かせる。

 今度こそ終わりを悟った、その時だった。


「―――させるかぁ!!」


 ガァン‼︎ という音共に聞こえて来たのは鬼丸の声だった。金棒を振り上げた姿勢で木に背中を預ける葉加瀬を見やり、ニヒッと笑い、空中に浮いたままに蹴りを炸裂させた。

 サラマンダーの体躯がズザァーッとだいぶ遠くまで飛ばされた。


「全く、何をしとるのかのう? 心ここに在らずなようじゃが、しっかりせえ、ここは戦場じゃぞ!!」


 と誰よりも戦場を楽しむ鬼は地面を目一杯に蹴り、サラマンダーの死角へ一瞬で潜り込み、その体躯の六割を潰した。

 圧倒的な力量差にタジタジになるサラマンダー。

 そんなサラマンダーを鬼丸は更に追い詰めるのだった。


「わ、矮小なるこの身を、偉大なる御身の(かいな)を以て癒したもう『癒神の抱擁ディア・フォルシュゲネズ―――ッ‼︎』」


 そんな傍では葉加瀬のそばに近寄ってきては、治癒魔法を使い怪我を治し始めるシスターに、葉加瀬が目を点にしていた。


「ま、間に合ってよかったですっ」


 オドオドとしたシスターは葉加瀬に微笑み、治癒の魔法の出力を上げるのだった。


「……ありがとう、助けられるなんてね」


 Lv.8だというのに、こんな体たらくに葉加瀬は我ながらと、恥ずかしく思うのだった。

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