九話 手を伸ばしても遠のく、その背
葛葉はドレイクに目配せし、ドレイクは葛葉の思惑を察した。
再生しつつサラマンダーは、再生を阻害して来る問題の排除のため、再び触手を伸ばし始めた。
無数の触手が数の暴力となって迫り来るが、ドレイクと葛葉は全て切り伏せる。
大剣を振り回し触手を絡め取っては断ち切り、持ち前の俊敏で目にも止まらぬ速さで切り裂く葛葉。
二人の時間稼ぎは長いこと続いた。
その時だった、
「―――葛葉さん‼︎」
律が声を上げた。
バッと律へ振り向くと、準備が整った顔の律がそこには居た。
「よしっ‼︎」
勝ちに行く。葛葉はナイフを握り締め律のサポートに徹した。
「不撓不屈の精神、百折不撓の意志っ、堅忍不抜の心っ、七転八起の魂。精神一到せし唯一無二の那由多の斬刀、受けてみせよ!」
刀を構え律は再生しつつあるサラマンダーへ向け口上を放った。
「『星屑繋綫斬―――ッ‼︎』」
そして放たれる技。
サラマンダーの身体が見る見るうちに斬り裂かれて行った。肉や骨のみならず、血の一滴さえも切り裂いていく刀。
それはもはや達人の域を越し、人の至らぬ極致とも思えた。
「は、早ぇ‼︎」
葛葉やドレイクには見えない斬撃がサラマンダーを細切れにしていく。
「……」
息を呑む葛葉。
まさかこれほどまでに力を付けていたとは想像していなかったからだ。
Lv.2の範疇を逸脱した凄技。
肉体が付いていけているのがまず驚きだった。
「……律」
ただ私より強くなりたいという一心で、ここまで強くなれる少女を前にして、葛葉もただのんびりするだけではいけないと、今更ながら自覚した。
瞬きをするごとに小さく斬られていくサラマンダー。
もはや斬られすぎて血の霧と化していた。
「―――っ!」
ふと律の手が止まった。
サラマンダーの肉体はもう殆どありはしない。ここからの蘇生は不可能だと葛葉達も思っていた。
凄技を披露した律が地面に膝をついた。
葛葉は急いで駆け付ける。苦しそうな律の顔を見て、居ても立っても居られず。
「うっ、づっ……!」
「律!」
律に寄り添い、律の腕を見た時、葛葉は声を失った。
小刻みに物凄い速さで痙攣する両腕。律の意思とは別に動き続ける。
皮膚の下、筋肉が蠢いているのがわかり、その筆舌し難い痛みを、苦鳴も悲鳴も上げず耐える律に、葛葉は目を丸くした。
「律っ、ごめん!」
痛みを堪える律を抱きしめ葛葉は謝った。
自分の無理な願いに応えてくれた律。ただ仲間の言葉を信じるだけでは、本当に守りたいものを傷つけてしまうことに、考えが行き届いていなかった。
「い、いえ、葛葉さんが謝ることじゃありません……。私が、私が決めたことですっ」
大粒の汗を滝のように流し、朦朧とする意識をどうにか保ち、律は答えた。
葛葉はその返しに何も言わず、ただ強く抱きしめた。
その時だった、
「―――マジかよ⁉︎」
ドレイクの声に二人は顔を上げた。
ドレイクの視線の先、血の霧が漂うそこで蠢く肉塊。
あれはまだ蘇生するのだった。
「うそっ……」
「つっ、未熟っ!」
あれを成しても死することがないあのサラマンダー。
葛葉の胸に抱かれる律は、もう感覚がない腕を動かそうと力を込める。
瞬間、脳に伝達される激痛に、目の奥がチカチカと明滅した。
「律! 駄目! これ以上は駄目だよ!!」
激痛を伴いつつも腕を動かそうとする律に、葛葉は必死に呼び止めた。
これ以上腕を酷使してしまえば、この腕は二度と使えなくなってしまう。
魔法やエリクサーでも治すことは不可能になってしまう。
「っ、筋肉が破断してる……限界をとっくに……」
優しく触れ葛葉は傷の度合いに下唇を噛み締めた。
「律、これを飲んで休んでて」
「そんなっ、葛葉さん! まだやれます、私はまだ!」
葛葉にお姫様抱っこされ木陰に連れて行かれる律。
また自分は蚊帳の外に置かれるのかと律は必死にまだできると訴えた。
だが葛葉は聞く耳を持たない。今の葛葉の考えは一つ、たった一つ。もうこれ以上、律に無茶をさせないこと。
律がこれほど頑張ったのだから、自分も頑張るべきと。
「……律は私と並んで戦いたいんでしょ? それなのに、こんなところで全部使っちゃうのは勿体無いよ!」
諭すように葛葉は律に言葉を掛けた。
律の思いも目標も葛葉は知ってる。それに至るために彼女がどれほど苦悩と苦労の中に身を投じているのかも。
それゆえに、まだ一歩しか踏み出していないこんな所で、壊すことも越えることもできない壁に阻まれるのは悲しいだろう。
「今の律は、私の悪いところしか見てない……」
自分の怪我を軽視しただ我武者羅に戦うのは馬鹿のすることだ。
「律には律の戦い方があるの、それを見出して、そこから始まるの」
一歩から二歩へ、そこからは楽々と進んでいけるはず。
律の顎をグイッと上げエリクサーを流し込み、優しい微笑を湛えつつ、葛葉は背を向けてしまう。
「だから、今は私の良いところを探して、それを見続けて。私、無傷でアイツを倒したげる!」
ニコッと肩越しに見えた葛葉の横顔は、いつものような笑顔とは一線を画する美しさを誇った。
―――風が吹く。勝利を運ぶ風だ。
靡く紺色の長髪は陽光に照らされ、美しく踊る。
手を伸ばせば届くはずの彼女は、目の錯覚なのかいつも遠くに居る。
届けば良いと何度も願うも、空を切る手に何度も怒りを感じた。
どんなに鍛錬をすれば届くだろうか。皆憧れた【英雄】に。
どんなに強く願えば叶えれるのだろうか。
あの背中に手を伸ばすのはこれで何度目だろうか。
「……頑張ってくださいっ、葛葉さん」
一筋の涙を流し律は、葛葉の背中を見届けるのだった。
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