八話 いつもってのは
「もう、随分と昔のことじゃ。……」
話す気はなく、ただただ思い出し耽る鬼丸。
葛葉はそんな鬼丸を見てふーんと口にした。
思えば葛葉の周りは過去が不鮮明な人物が多過ぎるのだ。葉加瀬や緋月、鬼丸は最も謎だ。
詮索は良くないかもしれないが、気になるのは致し方ない事だ。ただ無理に詰め寄って聞くのではなく、時が来たとき、ゆっくりと聞かせて欲しいのだ。
「……鬼丸」
「?」
「いつか、私に話してね。鬼丸の昔のこと」
「……そうじゃな、わしが話すときはうぬも話すのじゃぞ? 公平にの」
ビシッと人差し指を立ててはそう言い、約束じゃと小指を出してくる鬼丸。葛葉は小指と鬼丸を交互に見てから、鬼丸の小指に小指を絡めるのだった。
「わかった、約束する」
「忘れるでないぞ!」
二人は目を合わせて指切り拳万と言い、約束をするのだった―――。
―――腹を満たした二人はぶらぶらと適当に歩いていた。
「今日は何しようかな〜」
「……うぬは作りかけの物を完成させるのじゃろ?」
「うーん、それもあるんだけどね。後少しなんだよね……」
あと半日ほどあれば終わってしまうだろう量なため、やることはかなり少ない。
それに家に帰ってずっとやると言うのも集中力が続かなかったりとするだろう。
「息抜きが欲しいんだよねー」
そんなことを呟きながら歩いていると、何やら周りが騒がしくなってきたのだ。
「……店にいる時から慌ただしいとは思っとったがのう、何かあったようじゃなぁ」
「ね、冒険者が……」
メインストリートの一般人の間を縫うように冒険者達が歩いていったり、駆けて行ったりしていた。
なにやらきな臭いのを感じ、葛葉が立ち止まって振り返ったその時だった。
「―――っ!」
ビリビリっと後頭部にやってきた電撃のような感覚。
葛葉は咄嗟に後ろに振り返って周りに目を向けた。
特に怪しいものはなく、葛葉の気のせいとも思われるが……。
「いや、これ……」
ただそう確信出来ないのが―――。
「―――おーい‼︎ 英雄の嬢ちゃん‼︎」
と葛葉を呼ぶ屈強な声が聞こえてきたのだ。
声の方に顔を向ければフォーマンセルの冒険者一行の姿があった。そしてその一番先頭にいるのは重装備を纏った筋骨隆々の大柄な男性冒険者だった。
それは良く葛葉が親切にしてもらっている優しい先輩冒険者だ。
「ブルックさん! ……あの、どうかしたんですか? これ?」
「ん? あぁ、実はなあのサラマンダーの事で追加情報が入ったらしい。その内容が内容らしくてなぁ、みんな招集されてるわけだ」
慌ただしい周りの冒険者の様子に疑問を浮かべていた葛葉に、丁寧に応えてくれたブルックに葛葉は感謝し、ギルドの方向へ振り返った。
「まぁったく、せっかくの嬢ちゃんの私服をよく見れる機会だってのによぉ」
「セクハラで訴えますよ〜」
茶化すブルックに葛葉も冗談半分で返して、ギルドへと向かい始める。
よくよく見れば路地裏や建物の屋根の上にも冒険者が居て、それら皆一様に、ギルドへと駆けていた。
「これって全冒険者なんですか?」
「あぁ! そうらしいぞ!」
数多くの冒険者の姿に葛葉は何が起きているのか不安を覚えた。
「五十鈴達も呼ばれてるのかな?」
「間違いないじゃろう、が律が問題じゃな」
「え?」
鬼丸の言葉に葛葉は息を詰まらせた。
もしや自分が寝てる間に律に何かあったのかと。
「心配せんでも、何かあったわけではない。ただクエストに行っておる故、召集の対象に入ってるかどうか、わしが気になっただけじゃ」
「あ、なんだよかった……」
何かあったのかと思った葛葉だったが、鬼丸の言葉にほっと一安心し、胸を撫で下ろすように息を吐いた。
とそんなこんなしていると、あっという間にギルドへと到着した。
「うわっ、こんなに⁉︎」
ギルドの扉を開けると、いつもなら人が少ない時間帯なのにも関わらず、ギルドの中は冒険者でひしめき合っていた。
「だいたい勢揃いしてるな」
「鬱陶しいのう……」
冒険者というむさ苦しい彼ら彼女らの集団が密集するこの状態に、鬼丸は辟易し肩を落とした。
「わしはともかくうぬはこんなかに入ってはならぬぞ!!」
と思えばすぐさま背筋をピンッとさせ指を指し言ってくる鬼丸に、葛葉は少々仰け反りながら問い返した。
「……え、どうして?」
「こんな集団の中に入ったらうぬのような絶世の美女、ネギ背負ったカモと同然じゃろうが!」
とそんな訳分からん事を言う鬼丸に、葛葉は「何言ってんの」と呆れ、そんか事を考えるような奴らがいる訳ないと、冒険者の集団に顔を向けた。
『ぷいっ』
「おい」
すると一斉に男性冒険者が顔を逸らしたのだ。
その綺麗に揃って同じ行動に面食らいながらも葛葉は低い声で圧を向けて置いた。
葛葉には心強いSPが付いているため、怖くはない。
「ほら、ふざけてないで行くよ!」
「やじゃやじゃ! むさ苦しいのは嫌いじゃぁ!! まだ女の冒険者のところが良いのじゃ!」
「そんな綺麗に区分けされてる訳ないでしょ⁉︎」
駄々を捏ねる鬼丸に躾をする葛葉。そのいつも通りなやり取りに他の冒険者はどんな言われ方をしても傍観するようになってしまった。
二人のやり取りが響くギルドの中、突如キーンという音がした。
『あー、マイクテストマイクテスト。葛っちゃんの今日のパンツは黒のちょっと大人っぽいパンツ〜』
「は⁉︎」
それは緋月の声だった。
そしてマイクテストでトンデモない事を暴露された葛葉は悲鳴に近い声を上げた。
隣にいた鬼丸がペラっとスカートの裾を捲り確認し、頷くと周りから「おぉ……‼︎」という声が。
「帰っていいかなっ?」
泣きそうな顔で葛葉が言い、退出しようとして、
『ま、とりあえずこれは置いて置いて。……えー、急に集まってもらったのは伝えておかないといけないことがあるからだ』
いつものふにゃっとした態度が消え失せ、緋月は毅然とした態度、ギルド長らしい態度で話し始めた。
『まず、外の掲示板に貼っていた【ゼノ・サラマンダー】の討伐依頼。確認出来ていた個体は一体だったが、昨日。新たな情報が入ってきた―――』
その続きの言葉は誰がどう聞いても嬉しい報告ではなく、絶望してしまうような報告だった。
『―――五体。新たな情報によれば五体のサラマンダーがここに向かってきているとのことだ』
一斉にざわつくギルド内。
それは当然だった。一体でもクソ厄介な魔獣だと言うのに、それが一気に四体増えたのだから。
『これは、ボクのいつもの悪ふざけじゃない。事実だ』
そんな言葉が出ることにツッコミを入れたくなるが、それはグッと飲み込んで、今は周りと同じように驚愕する他なかった。
『我々ギルドは、モンスターに蹂躙されるのを指を咥えて眺めるような無様はしない。服ギルド長、月島葉加瀬をこの討伐依頼に参加させ、サラマンダーを早急に駆除する』
だったその名だけで「おぉ!」ギルドの中か沸いた。
そして緋月は咳払いをして続けた。
『……ここにいる、この街のすべての冒険者には強制的にこの依頼に参加してもらう。もちろん報酬は支払われる、どうか戦って欲しい。私たちの街を守って欲しい、ただそれだけだ! サラマンダーの集団を明日明朝に迎え撃つ。準備を怠るな、心してかかれ!』
その緋月の言葉に冒険者達は雄叫びをあげた。
葛葉もたまに表に出てくるかっこいい緋月に対し、微笑みを浮かべるのだった。
冒険者達が準備を始めるために各々がギルドを飛び出して行った後、葛葉は足跡の壇上から降りてくる緋月に近寄った。
「ふぇ〜ぇ」
疲れたのかふらふらと力が抜けていく緋月。
そんな緋月に葛葉は耳元で、
「―――緋月さん、この依頼が終わったら、少しいいですか? "二人っきりで"」
「―――エッ⁉︎」
その言葉に緋月は過剰反応したが葛葉はすぐ間に振り返って後にする。その時だった、いつの間にかここにきていたのか葉加瀬がいたのだ。
そんな葉加瀬にびっくりしつつも挨拶しようとして、
「っ⁉︎」
息が詰まるようなそんな感覚を覚えた。
まるであの時と同じような。
『―――』
そしてどこからか聞こえてくる微かな声。
それが何を口にしているのかは分かないが。
「は、葉加瀬……さん?」
上っ面だけの巧妙な微笑みを浮かべている葉加瀬に、葛葉は訪ねて良いものかと思いつつ尻込みながら口にした。
「ん? どうかしたの?」
いつもと変わらない葉加瀬。だが、葛葉には違って見えたのだった―――。
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