六話 悪夢を見て
「―――っ」
息の詰まるような感覚にハッと葛葉は目を覚ました。
だが目の前に広がっているのは暗闇、顔はちょっと柔らかいものに押し付けられていた。
ん? とほんの少し顔を動かし、それが何なのか探っていたその時だった。
「んふふ、くすぐったいのじゃあ〜」
という鬼丸の声が聞こえてきて、色々とすぐに察した。
「鬼丸。……鬼丸〜。…………お〜に〜ま〜る〜!」
身体を揺らしながら名前を呼ぶが鬼丸は起きない。少し待って再び呼ぶが起きない。
葛葉はくぐもってしまうが声を大にして鬼丸を呼んだ。すると、
「む、うぅむにゅ……―――はっ、寝おった!」
鬼丸が起きた。
その言葉に寝るつもりはなかったんだと葛葉は思った。なにせ掛け布団もかけられていて、リビングの絨毯の上だったはずがベットの上で、五十鈴の膝枕には劣るが葛葉にちょうど合っている枕に変わっていたからだ。
「お、起きたのかや?」
「うん、とりあえず苦しいから退けて……」
「がはは、苦しいと言えるほどなかろうに」
自分の胸の大きさをキチンと理解している鬼丸に、じゃあこれやめてと思う葛葉だった。
鼻が胸骨に当たっていて痛いのだ。
「どれ、眠気は取れたかの?」
「……うん。バッチし」
「それはよかったのじゃ」
二人は起き上がり、鬼丸が葛葉の顔を見て心配そうに笑った。指で丸を作りドヤっていた葛葉は、その鬼丸の様子に首を傾げた。
「鬼丸?」
名を呼ぶが鬼丸は応えず、ただ葛葉の目尻を親指で拭った。
「……ぇ」
「泣いとったぞ。……何を観た?」
葛葉はここでやっと気がついた、自分が涙を流していたのを。
「え、なに……なんで、これ」
「泣き、呻き、魘されておった」
「……」
「何を、観たのじゃ?」
鬼丸はずっと傍に居たのだ。寝て、魘される自分の傍にずっと、ずっと。
「……分からない、覚えてない……。でも、辛かった。悲しかった。どうしようもないって、仕方がないって思いたくても思えない、そんな気持ちになって……死にたいって思う、そんな夢だった気がする」
「……うぬにそういった過去はあるのかのう?」
「……ない。確かに、辛いことはあったけど、こんなに辛くはなかった……」
次元の違う負の感情の暴威に晒された気がした。
なのにその内容はまるで思い出せなかった。
「ふむ……まぁとりあえずはリラックスじゃて。ほれ! ワシにギュッと抱きつくが良いのじゃ」
「……その必要あります?」
「ワシが嬉しくなる。必要じゃろう?」
両腕を伸ばし包容を求める鬼丸に呆れつつも、葛葉は鬼丸の小さな身体に抱き着くのだった。
ギュッと抱き返してくる鬼丸。葛葉は多少なりとも気持ちが楽になるのだった。
「……ところで今何時?」
「十時くらいじゃの」
「う〜ん……鬼丸お腹空いてる?」
朝食を摂る前に眠ってしまったため葛葉はお腹が空いてたのだ。お腹を摩りながら鬼丸にそう訊きくと、鬼丸は鼻下を人差し指で摩りながら、
「ふっ、お主と共に食う飯はのう、たとえ腹がはち切れそうでも食べれるのじゃよ……。別腹というものじゃ」
「……それではち切れて死なないでね?」
なことを宣った。
「わしは死なんぞ。うぬと幸せな家庭を築くんじゃ!」
そんなことを言う鬼丸に葛葉は「なぁ〜にを言ってるだコイツ……」と思いつつ、ベッドから降りた。
「それじゃあ食べに行こうか! の前に五十鈴に言っとかなきゃ」
机に置いてあった自分の財布を手にしたが、一応五十鈴に声を掛けてから行くかと考えた。
もしかしたら何か作ってくれるかもしれないからだ。
そんなこんな考えつつ、葛葉は部屋を後にする。鬼丸もベッドから降りサササっと葛葉の後を追う。
「鬼丸は何が食べたい?」
「腹が減ったのはおぬじゃろ? わしは合わせるのじゃ〜」
「ん〜そっか、じゃまぁ軽めにしようか?」
「構わん〜」
階段を降りる中途、葛葉は振り返り後ろにいる鬼丸に尋ねた。
聞くまでもなかったね、と思いつつ葛葉は階段を降りリビングの扉を開けた。
「―――葛葉様」
開けるとダイニングテーブルを台拭きで綺麗にしていた五十鈴が葛葉たちに気が付き振り返った。
五十鈴の顔を見た瞬間、葛葉は少しだけ頰を染めた。
あの膝枕のことを思い出したからだ。
「葛葉様?」
固まる葛葉に首を傾げる五十鈴。そんな五十鈴に、テクテクと葛葉の脇を通って鬼丸が、グイグイと五十鈴の服の裾を引っ張り飲み物を所望するのだった。
「少々お待ち下さい」
「気長に待つとするのじゃ」
すぐに飲み物を取りに行く五十鈴に鬼丸は偉そうに言葉を返し、偉そうに椅子に座った。
「……鬼丸〜」
そんな鬼丸に鋭い視線を向けた。
すると鬼丸は姿勢をすぐに直して口笛を吹くのだった。
「葛葉様、よく眠られましたか?」
「う、うん。ちゃんとね」
「そうですか。……どうかしましたか?」
ぎこちない葛葉に五十鈴は首を傾げる。
葛葉は照れているのを隠そうと下を向くが、鬼丸には丸わかりだった。
心配そうに近寄る五十鈴に、葛葉は照れてつつも微笑み、
「あ、ありがとね、五十鈴」
「? はい……?」
唐突に感謝された五十鈴は疑問符を浮かべつつも取り敢えずその感謝を受け取るのだった。
「なぁにを照れておるのじゃ、膝枕など恥ずかしがるものじゃなかろう?」
鬼丸のそんな言葉にムッと頰を膨らませた葛葉はじーっと見やり、
「……そりゃいつもいつもせがんできてはあかちゃんみたい赤ちゃんみたいに寝るんだもんね!」
「よ、よいではないか⁉︎」
葛葉の苦し紛れの暴露に鬼丸は何がいけないんだと言い返すのだった。
そんな二人に五十鈴はやれやれと肩をすくめながらも、少しだけ口角を緩ませるのだった―――。
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