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あの日、あの夜に【後編】

 ジェンガのように葉加瀬の中で何かが瓦解した。

 姉の身体は汚されている上に、身体の節々に切り傷があった。

 中でも最悪なのが足の腱が切られていたことだった。

 呻き泣く姉の姿と、それにさらに興奮しみっともなく猿のように腰を振る男に、幼いながらも殺意が湧いた。

 後ろから息を殺し近寄り、近くにあるドンキを後頭部に振り下ろせば……と。

 そんな考えが先行していた時だった、姉と目が合ってしまったのだ。

 呻き泣いていた姉が驚き目を点にした。

 自分が犯されている姿を見られたことや、血も涙もない暴漢に見つかってしまうのではという考えが巡り、姉は過度な緊張やストレスにより過呼吸を起こした。

「おぉっ? いいねぇ! その顔最高だよっ!」

 姉の辛そうな顔に興奮し男は声を大にして喜んだ。


「ひひ、いや〜こんな町のはずれに住むからこうなんだよバァーカ!」


 男の言葉に葉加瀬の殺意は絶頂を超えた。

 近くあった鈍器を手に近寄ろうとした、その時だった。

 姉が突如叫び、男を押し退けたのだ。

 そして葉加瀬の持っていた鈍器を奪い頭に振り下ろした。ガンッという鈍い音がし男は小さく呻いて気を失った。

 はぁ、はぁと剥かれた服を適当に直して、姉は葉加瀬へ近寄った。

 右足の腱が切られ、十分に歩くことができず膝立ちで葉加瀬へ。そして葉加瀬を抱きしめた。

 葉加瀬の背後に広がる惨状、それを見て葉加瀬の心中を察した。そして自分のこんなみっともない姿を見させてしまったこと、それを悔いた。


「ごめんね……ごめん……ね」

「……」


 汚されたこんな身体で葉加瀬に抱き着きたくはなかったが、姉は葉加瀬の心が完全に壊れないよう、強く優しく抱きしめた。


「っ、葉加瀬は逃げて。……生きてっ」

「い、いやだ‼︎ お姉ちゃんもっ‼︎」


 天才、と言われた少女でも状況を理解することはできなかった。否、したくなかったのだ。


「ごめんね……私は、無理そうなの」


 ズキズキと痛む足を一瞥し微笑んでみせた。

 そして激痛を堪えて、立ち上がりダイニングテーブルの椅子にかけられていた父の上着を手に取った。

 それを葉加瀬に着せた。


「外に出て真っ直ぐ走れば町に着くから、そこで大人の人を頼って、警察でもいいから」

「っ、お姉ちゃん……‼︎」

「ごめんね、ほんとうにごめんね……。でも、最後にさ、お姉ちゃんの我儘を、聞いてくれる……?」


 姉の言葉に首を横に振り、共に逃げることを望むが、


「やだ、やだよ! 我儘ならこれから先ずっと聞くから! だから一緒に!」

「―――言うことを聞いてよ!!」


 必死な姉の叫びにその思いは砕け散った。


「っ、ごめんっ。ごめんねっ、……あぁ! もうっ、私は!」


 叫んだ姉はすぐさま葉加瀬に謝り、自分の行動の過ちに嘆いたその時だった。

 鈍器で頭を強く殴られ気を失ったはずの男が呻き声をあげたのだ。


「……っ、お願い葉加瀬。逃げて……お願い」

「……お姉ちゃんっ」

「行って、早く!」


 後を確認しつつ姉は葉加瀬の背中を押した。

 背中を押し一緒にリビングの扉まで歩いて行った。

 足の激痛は限度をしらず、気を失いそうになるが姉は歩いた。

 扉に着くと、姉は葉加瀬のことをまた抱きしめた。


「葉加瀬……私はあなたこと、ずっと愛してるっ」


 短く力強く姉は言いリビングの扉の取っ手へ手を掛け、バッと扉を開けて葉加瀬を廊下へ突き飛ばした。

 姉の背後に見えた黒い影が、闇の中で銀色に煌めいた包丁を姉へ振り下ろした。

 バタンと閉じた扉のすりガラスに血が付着した。

 次には取っ組み合う物音と姉の叫び声、


「―――葉加瀬‼︎ ―――逃げて‼︎」


 その悲痛で苦しそうで、それでも力強く姉の最後のお願いのために、葉加瀬は走り出した。

 玄関扉を開け、開け放ったまま雪の降る真夜中の道を駆けていった。

 積もった雪に足が取られ、思うように走れなくても、必死に駆けていく。

 姉の犠牲が無駄にならないよう。姉の願いを叶えるために。


「はっ……はっ……っう」


 極寒の真夜中のはずだが、身体は寒さを感じなかった。きっとそれどころではなかったからだ。


「うっ……あぁ‼︎ ―――‼︎‼︎」


 走りながら葉加瀬は叫んだ。

 両親の死、姉の力になれなかった自分の無力さに。

 ―――極寒の真夜中の道を四歳児が走り続けて八分。

 町に着いた葉加瀬。だが町は夜の闇に沈んでいた。


「はぁっ、はぁっ……っ。誰……か、誰かっ!」


 勿論声を上げても誰も出てはこなかった。

 そして一度冷静になって、交番に行くべきかと再び走り出した。

 町の地形はあまり知ってはいなかったが、交番などは両親がもしもの時のために駆け込めるよう教えてくれていたのだ。

 そのもしもがやってくるとは思ってもいなかったが。

 そしてそこからさらに五分して、葉加瀬は交番に辿り着いた。

 交番の明かりに虫のように飛び込んだ。


「⁉︎ え、ど」

「あの! 助けて下さいっ‼︎」


 交番の中では何か書いていた警官が、飛び込んできた四歳児に仰天した。

 だが葉加瀬が助けて下さいと言う言葉を聞くと、顔色を変えて葉加瀬へ寄り添った。


「何かあった?」

「お姉ちゃんが……、お父さんとお母さんも……」

「……わかった。君はここにいてくれるかい? 僕が戻るまで絶対に動かないでね。あ、場所を教えてくれるかな?」


 葉加瀬の上着に付着した血などを見て、ただごとではないと察した。

 葉加瀬は場所を聞かれ正直に言い、警官は走って行ったのだった。

 そした後日、月島一、月島結衣、月島由香里は遺体で発見された。生き残ったのは月島葉加瀬のみで、このことはテレビや新聞で全国に報道された。

 吹雪の夜に起きた一家殺人事件というニュースは日本中を震撼させた。

 ただ一人残された葉加瀬は父方の祖父母に引き取られ、以降を過ごしていった。

 だが心は既に折れ、ズタズタに引き裂かれ、感情が死んでしまった。

 あの日、あの家に、全てが残ったまま。葉加瀬は過ごしてきた。

 ずっとずっと、あの夜のことを忘れられずに―――。

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