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三話 記憶は暖かくて

 ―――私は科学者の両親のもとに生まれた。雪国のとある長閑な町のその外れに。

 両親と10歳離れた姉とでの四人家族だった。

 両親は地球温暖化について研究しており、年々上がる気温に、都心ではなく地方の涼しい場所へ引っ越したらしい。

 科学者であった両親だが、研究室までが遠すぎて大体は家でその観測データをあれこれしてることが多く、幼少の頃から家族とはずっと一緒だった。

 両親の関係は良好、というか仲が良すぎて三人目が出来そうな勢いだった。

 姉はそんな二人に呆れつつも、尊敬し愛していた。妹である私も溺愛していた。それはもう異常なほどに。

 そして私は天才だった。両親も姉も、町の大人が揃って私のことを天才と口にした。

 生後9ヶ月でペラペラと喋るようになり、生後一年と一ヶ月で立って走ることができた。

 それまでならただ身体能力が高いと言えるが、生後一年半にも満たない赤子が九九をマスターして、しまいには中学三年生の数学すら得意げに解く赤子がいたとしたら、それは異常だ。

 両親は医者に診せたが、医者も目を点にして驚きたじろぐだけで、詳しいことはわからなかった。

 が悪いわけではないのだからなんでもいいか、と両親は考え、私のことを愛情深く育ててくれた。

 姉もよく「凄い凄い」と口にしてくれて溺愛してくれた。私はそんな優しい家族が居たおかげで驕り高ぶることもせず、両親や姉のように優しい心を育んでいった。

 二歳の誕生日には絵本を、三歳の誕生日には地球儀を、四歳の誕生日には遊園地に連れていってもらった。

 幸せだった。

 これ以上なく幸せだった。

 幼いながらに人生でこれ以上幸福なことはありはしないと、思った。

 優しい両親と優しい姉。町の人々も優しく、全てが温かく優しい温もりに満ちていた。

 雪国の寒さなんて吹っ飛ぶくらいには―――。


「―――昔々、あるところに小さな女の子が居ました」


 パチパチと燃える焚き木が小さく音を放つ。

 暖炉の前で、姉の懐で読み聞かされる絵本はこれ以上ない極上の時間だった。


「その女の子は雪山を一人で歩いていました」


 紡がれていく姉の声は優しく温かく、眠りへと誘ってくれる。


「寒さで凍えて動けなくなってしまいそうになり、女の子は辺りを見回しました」


 瞼を閉じ情景を思い浮かべる。


「あたりに光はなく真っ暗闇で、女の子は泣きそうになってしまいます」

「……かわいそう」


 その話にぼそっと呟くと、姉はふふっと微笑み音読を再開させる。


「ですがその暗闇の中に小さく光る何かがあったのです」


 感情の乗せ方が上手い姉の音読に、内容をもう知っているはずなのに、小さい頃の葉加瀬はワクワクした。


「その光の方へ女の子は歩いて行きました。ビュウビュウと強くなる吹雪に負けないと、歩き続けました」


 どうなるのかとワクワクドキドキする胸をキュッと握り、姉の声を聞く。


「すると次第に一つのお家が見えてきました。女の子は喜び手を伸ばします、ですが、吹雪はそうはさせないと更に強く吹き荒れました」

「……!」

「女の子は手を伸ばし続け足を止めません。すると、誰かが女の子の手を強く握りました」


 読み方が上手い姉の音読についつい熱くなってしまったことに顔を赤くさせるが、葉加瀬は引き続き姉の言葉を聞く。

 姉はまだ微笑み、さらにその先を読んだ。


「女の子はそのまま握ってくれた誰かに引っ張られ、吹雪から抜け出しました。ほっと安堵する女の子に、引っ張ってくれた人は声を掛けました」


 姉は小さく短く息を吸って、


「『君、どうしたんだい?』」


 全く違う声音で文を読んだ。

 絵本に映るのはデフォルメ調に書かれた男性だった。


「『今日はひどい吹雪の日だと言うのに、とりあえず中にに入りなさい。風邪を引いてしまう』」


 場面と連動する姉の声、パチパチとより一層爆ぜる焚き木。


「……女の子はその家の中に恐る恐る入りますが、そんな女の子の不安は吹き飛びました」


 ペラっと捲られたページには手を掴んでくれた男性と、その男性の妻、娘が描かれていた。


「女の子の苦労を労い、三人は身体を温めるために、女の子を暖炉の前に、そして毛布を、それとホットミルクを渡してくれました」


 まるで今の状況のような絵に、葉加瀬は背後を見やった。

 そこには両親が絵本を読み聞かせている姉と、それを聞いている自分達を愛おしそうに優しい眼差しを向けていた。


「女の子は温かくなりました。身も心も、それから女の子は温かい心を持つ彼らと幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。……どう? 面白かった?」


 絵本が終わり、姉は抱き着いている葉加瀬へ顔を向け尋ねた。

 葉加瀬はコクっと頷き「面白かった」と笑みを浮かべ答えると、姉は葉加瀬の両頬をむにむにと揉んではにかゆだ。


「やったー! ふふ、お姉ちゃん達の絵本は面白かったかー!」


 そう、この絵本は姉が入っている部活で友達と共同制作した絵本だった。

 それが今日完成したため早速読み聞かせされたのだ。

 読み聞かせの前にもらってしまい何度か読んでしまっていたが。


「……葉加瀬ー、私は葉加瀬のこと大好きだからね」


 姿勢を低くし姉は葉加瀬のことを優しく抱き締めた。

 温かい体温が全身で感じられとてもホッとした。

 そんな時だった、


「父さんもだぞー!」


 と父が割り込んできたのだ。

 葉加瀬と姉を同時にギュッと抱きしめてくる父に、姉は「もう〜!」と呆れていた。

 母はその光景に「あらあら」と微笑みを浮かべていた。

 温かい三人。それはまるで絵本のように温かい。

 今日が凍える寒さだと言うのを忘れてしまいそうなほど。

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