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二話 それぞれの朝、冷めない味

 律の着替えを置いて洗面所の扉を開けて出ると、少々不満気な五十鈴が立っていた。

 うっ? とほんの少し驚き固まる身体だったが、どうにか既の所で耐え、不満気な五十鈴に恐る恐る声を掛けるのだった。


「い、五十鈴……? ど、どうしたの、そんな顔して……」

「……葛葉様」


 謎の圧に言葉尻が弱くなって行く葛葉。

 そんな葛葉へ一歩脚を踏み出し近づく五十鈴。

 ピクッと肩を跳ねさせ葛葉は冷や汗を流しドギマギと、目の前にある五十鈴の顔に、目を泳がせた。

 がガシッと頬を両手で押さえられ、ジーッと見つめられ逃げられない視線に、今度は目を泳がせた。


「やはり……」

「ん、ん〜?」


 何かを確信したような五十鈴の顔に震えた声で唸ると、


「寝て、ませんね?」

「うぅん、う、うぅ……」


 葛葉は五十鈴に夜更かしを見抜かれてしまい、忍びないといった顔で小さく呻いた。

 すると五十鈴は短く「はぁ」と呟き、葛葉の手を取りスタスタとリビングに連れて行く。

 なされるがまま葛葉は連れてかれ、そしてリビングの暖炉とソファの間、絨毯の敷かれた所に正座で座る五十鈴。

 葛葉が戸惑っていると五十鈴は自身の膝を叩いて寝転がるように促してきた。


「え、えと……」


 困り顔を浮かべる葛葉に五十鈴は痺れを切らしたように、キッと鋭い目を向けた。

 シュバっと葛葉はすぐさま五十鈴の膝枕の上に頭を乗せ、ゴロンと絨毯の上に横になった。

 柔らかい感触、鼻腔をくすぐるほのかな優しく甘い香りに、頭に置かれた手のひらから伝わる体温。

 葛葉は目を点にして「ぁ」と呟き五十鈴の顔を見た。


「……すこし、チクチクしますね」


 気恥ずかしそうに微笑む五十鈴。

 連動するようにモジモジと枕、五十鈴の太腿が動いた。


「五十鈴、これ」

「葛葉様。夜更かしはいけません、せっかくお美しいお顔なんですから」

「……ぁ、うん。分かった」


 葛葉は五十鈴の言葉に、「でも」だとか「だって」とは言わなかった。

 葛葉はただただ五十鈴の言葉を受け止めるのみ。

 理由があれど、自分の身体を心配してくれる者の気遣いをどうして無下に出来ようか。


(あぁ……これ、無理だ)


 瞼が自然と重くなってくる。

 全身の力も徐々に抜けていき、何かする気力すら湧かない。

 目の前では五十鈴が優しい微笑みを浮かべていた。

 全てが心地よく、葛葉は自然と夢の中へと誘われてしまうのだった。


(徹夜明けの朝に、これは……強、過ぎる……)


 そうして葛葉は瞼をゆっくりと閉じ寝息を立て深い眠りへと就くのだった。


「ゆっくり、おやすみなさいませ」


 寝息を立てる葛葉にそう言い、五十鈴は暫くの間ずっとこうしてるのだった―――。




 ―――ぱちっと瞼が開き、未だ常夜灯が光を放つ天井に葉加瀬はため息をついた。

 ビクビクしそうな嫌な寒気を感じながら、掛け布団を首元から顎まで引き上げた。

 取れない寒気は、どんなに葉加瀬が暖を取ろうと意味がなかった。


「……これも心の病気か」


 葉加瀬は意を決して掛け布団を払い、ベッドから降りて窓へと向かった。そしてシャーッとカーテンを開けて、日光を浴びた。

 すると嫌な寒気は緩和された。

 ほっと息を吐き、葉加瀬は魔法の行使をやめ明かりを元に戻し消した。

 そして洗面所に向かう途中、凝り固まった身体を解すため背伸びをした。

 するとバキバキゴキゴキと尋常ではない音が鳴り響いた、そして葉加瀬は次に首、その次に腰と、凝りをほぐすが何処もかしこも尋常ではない音が鳴るのだった。


「……スパとかないかな」


 願望を口にしつつ洗面所に入り葉加瀬はヘアバンドを装着して、蛇口を捻り水がぬるま湯になるのを待つのだった―――。

 ―――ふかふかのタオルに埋めていた顔を離し、ヘアバンドを取り、葉加瀬はスタスタと一目散に異世界にはありえない全自動コーヒーメーカーへ。

 ポチッとボタンを押すと、ジョロロロと湯気を立たせてコーヒーがカップに注がれていった。


「今日も……一日、頑張らないと」


 緋月の分の仕事も済ませなければこのギルドの経営が終わってしまう。

 副ギルド長の仕事も重要だが、ギルド長の仕事はもっと重要なのだ。

 出来上がったコーヒーカップを取り、湯気の立つ出来立てのコーヒーを一口啜った。

 口の中にコーヒーの香りと苦味が広がり、それだけでも目は冴えていった。


「ん、いつからだったかな……コーヒーをこんなによく飲むようになったの」


 前々から飲んではいたが、異世界に来てからさらに増えた。ひとえに緋月のせいでもあるが。

 小さい頃は苦手だった。それは当然誰しもがそうなのだろうが。


「……あぁそうだったっけ」


 瞑目し自身の過去を思い出すと、すぐに答えは出た。

 純白に凍てついた記憶の中で、暖かい色を放つ一つの記憶。

 その人は昔から大人ぶることが多かった。

 苦いのが苦手のくせに無理にコーヒーを飲み、眉間にシワを寄せながら小難しい本を読み、新聞をよく見てはクロスワードをして全部間違っていた。

 10歳離れていた姉。


「……だからか」


 大人になった今、葉加瀬はいっぱいコーヒーを飲んでいる。

 コーヒーを飲めている。

 そのことに感謝をしなかったことは一度もない。感謝をしたくはないのもあるが、でもやはり感謝はしている。

 天真爛漫で色んなことに興味があって、優しく朗らかな姉。


「ふっ、似てる人が……隣に居るんだよ」


 多少闇は抱えているが、似たような性格の人物が身近にいる。

 コーヒーを呷りコトッとカップを置いた。

 そして立ち上がり着替えに向かった。今日も仕事がある。

 コーヒーカップの淵には葉加瀬の飲み跡が残っている。

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