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一話 短い夜

 鳥の囀りが窓の外から聞こえてきていた。

 ドライバーを持っていた手を止め、窓を見てふぁーっとドッとくる眠気に欠伸をした。


「もう朝?」


 夜は短かった。

 背伸びをしてゆっくりと立ち上がる。

 床には作りかけの銃がある。

 作りかけだというのに既に葛葉の腰ら辺まであった。


「かなり進んだかな」


 作りかけの銃を見て予想よりも早く終わりそうな作業に息を吐く、またグググと背伸びをして葛葉は部屋を後にした。

 欠伸をしながら廊下を歩き、階段を一段飛ばしで降りていく。

 ストッと一階に降り立った葛葉は眠気を多少なりとも取るため洗面所へ直行した。

 ―――タオルで顔の水を拭い取り、大きく深く息を吐いて、パンッと自分の両頬を叩いた。

 瞬きを数回、徐々に目が覚めていくのがわかった。

 徹夜後の顔が晴々としていく。

 強張っている表情筋を手でほぐし、口角を人差し指でグイーッと伸ばす。

 よしっと呟いて葛葉はリビングへと向かった。

 リビングの扉を開けると、ふわっと夜明け直後の涼しい風が吹いていった。

 風が来た方を見ればリビングの大きい窓が空いていたからだった。


「……あり? 開いてら」


 しっかり者の五十鈴が閉め忘れることなんて珍しいと思いつつ窓に近づいて行くと、次第にヒュッという風を切る音が聞こえてきた。

 疑問符を浮かべながら窓の外を見ると、いつもの戦闘服を着て家宝の刀を振るう鍛錬中の律が居た。

 汗をダラダラと流し息遣いも荒く、刀を握る手はカタカタと刀から音が出るほどに震えていた。


「……」


 その姿を見た葛葉は声を掛けようと自然に踏み出していた脚を後ろへ下げた。

 律は今、自分と五十鈴に追い付こうと必死になっているのだ。

 声をかけるのは無粋だろう。

 何より律の必死な顔を見てしまえば、声を掛けようという思いも消え失せる。


「ん」


 葛葉はふと汗を拭くタオルやカラカラの喉を潤す飲み物がないことに気付き、それらを取りに向かうのだった。


 夜明けから三十分。

 ようやく律の鍛錬は終わった。


「……ふぅ、まだまだですっ」


 抜刀していた刀を鞘に納め、律はスタスタとリビングへ身体を半転させて一歩踏み出した時だった。

 優しい微笑みを浮かべコーヒーを啜る葛葉が居たのだ。


「わひっ⁉︎」


 普段の葛葉からまだ起きては来ない時間。

 そんな時間に居るはずのない葛葉が居たことで、律は素っ頓狂な声をあげて尻餅をつくのだった。


「く、葛葉さん⁉︎」

「そんな驚きますー?」


 尻餅を付いた律の下に駆け寄った葛葉は、驚きまくる律に苦笑しながらも手を差し伸べた。

 律は申し訳なさそうにその手を取って、グイッと葛葉に立つのを手伝ってもらった。


「あ、すすみませんっ! 汗が!」


 刀を握っていた手は力んでいた為か手汗でべっちょりだった。そのことに遅れて気がつき、律が慌てて謝罪するが葛葉は気にせず、


「はい、タオル。この後お風呂入るんでしょ?」


 首を傾げながら律に訊いた。

 律は頷きつつ葛葉からタオルを受け取って汗を拭い取る。


「じゃあさっぱりしてきて、着替えとかは私が持って行くからさ!」

「いえ、悪いですよ……!」


 葛葉の言葉に申し訳なさそうに律は首を横に振った。

 が葛葉は律の頭に手を置いてポンポンと優しく叩きながら、


「いいの、私がやりたいだけだから。律は気にしないで、なんなら迷惑だーって思ってもいいんだからさ」

「そ、そんなこと!」


 葛葉の言葉に律は一瞬たりとも間を開けずに反論した。


「私のお節介に付き合ってよ」

「うぅ、お節介だなんて……」

「頑張ってる律にお節介を焼きたいだけだからさ」


 葛葉の吐く言葉に律は不満気な顔をしながらも、渋々と葛葉のお願いを聞くのだった。

 葛葉は満足そうな顔で「それでよろしい」とニコッと笑い、着替えがどこにあるのかを訊いてから中に入って行くのだった。


「もうっ、葛葉さんは……」


 葛葉の後ろ姿を見つつ律は、髪の上から感じた葛葉の優しい手と体温に、頰を赤く染めた。


「ずるい人ですっ」


 胸をギュッと両手で押さえてつつ律はそう呟くのだった。

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