八話 と思っていたのか!
狭い穴の先に広がっていたのは、沢山のモコモコとそれに囲まれる白衣の蕩けた顔を浮かべる女性、葉加瀬が戯れる光景だった。
「あーはいはい、なーんだいつものね」
「……知ってたんですか⁉︎」
まさかの緋月の反応に葛葉は静かに驚き静かに声を上げた。
が「あー違う違う」と緋月は弁解した。
「んや? ここは知らなかったけど、いつもお日様みたいな匂いしてたし、それに服とかに毛がついてたから」
その弁解に葛葉は渋々ながらも部屋の中に目を向けるのだった。
「葉加瀬さんって動物好きなんですか?」
「好きだねー、なんなら昔は魔獣もペットにしようとしてたくらいだよ」
「へぇ〜」
葛葉は葉加瀬のことをよく知らない。
出会ってまだ半年すら経っていないのだから、知ってること自体が少なくて当然だ。
葛葉がそんなことを考えていると、
「……やめやめ!」
「え?」
緋月が唐突にそう口にしたのだった。
キョトンと首を傾げる葛葉と鬼丸。そんな二人に緋月は申し訳なさそうに、
「なんか罪悪感がね……」
「そう言うにはすでに手遅れじゃろ」
今更過ぎる緋月の言葉に鬼丸が何言ってんだこいつと言う顔で正論を口にし、葛葉はその言葉に激しく同意した。ぶんぶんと顔を縦に振って。
「どの口が言ってんですか」
「んー」
鬼丸と葛葉の言葉に緋月は両耳を塞ぎ、声で掻き消し聞かなかったことにするのだった。
俯けていた仏頂面を上げて緋月は手を叩き二人に向かって口を開く。
「ささ、帰って帰ってー。ボクはこの葛っちゃんが開けちゃった穴を治さないとだからさ!」
「ちょ! なんで私が悪いみたいな言い方なんですかっ⁉︎ はっ倒しますよ⁉︎」
葛葉の身体を半回転させ背中を押してくる緋月の吐く寝言に葛葉は怒りをあらわにした。
がLv.9の膂力には敵うはずがなく、そのまま押されていってしまった。
反抗しそうな鬼丸は葛葉越しに押されているが、葛葉に抱き着きそのお腹に顔を埋めて幸せそうにしていた。
「そぉーれ、行った行った! ボクみたいなのと一緒だと評判下がっちゃうよー?」
「自覚がある分、より腹立つんですよ! 絶対許しませんからね⁉︎」
大層ご立腹な葛葉の言葉を右から左に受け流しながら緋月は手を振り見送った。
ズカズカと葛葉は不満を吐きながらも鬼丸と手を繋いでメインストリートを歩いて行くのだった。
「行った行った……っと、さてと。ボクも帰ろっかな」
もうそろそろ陽が下がり始める時刻。緋月は「葉加瀬にバレる前にとんずらこくか」と一度振り返ってから、目の前の扉から出ようとした時だった。
「―――気付かれていないとでも思ってたの?」
ガシッと頭蓋が割れそうな力で頭を鷲掴みされてしまった。
そして背後から放たれた声。緋月は色々と察するとぶわっと身体から嫌な汗が吹き出した。
「い、いつから〜……ですかね……?」
「葛葉ちゃん達を誘ったところから」
「あの時居なかったよね⁉︎」
と思い掛けない葉加瀬の返答に緋月は仰天した。確かに居なかったはずだが、どうしてか朝の会話の時から居たと言う。
「確かにすごいね、このワッペン」
「―――ッ⁉︎ ど、どうして、それをッ……」
葉加瀬が持っているわけが無いワッペンを、葉加瀬がポケットから取り出したのだ。
緋月はギチギチとさらに増す手の力に顔を青白くさせながらも葉加瀬は尋ねた。
すると葉加瀬は微笑みを浮かべて、
「緋月が忘れていった物の中から一つくすねたの。大体仕組みは理解していたからね、ワッペンを付けたまま緋月に届けたんだ」
「……あは、あはは」
自分の詰めの甘さに乾いた笑いしか出せなかった。
「別に尾け回すのは問題ないけど、緋月の理由は不純でしょ?」
「っ‼︎」
より一層強くなった手の力に足をバタバタと暴れさせ、葉加瀬の手を引き剥がそうとするが、なぜかびくともしない葉加瀬の手。
「そ、そんなこと! ……は、ない、ですがぁ⁉︎」
「その反応しちゃったら言い逃れできなくならない?」
緋月の反応に困惑しつつも冷静にツッコミをするが、吹けていない口笛でシラを切ろうとする緋月をみて、デュクシとつい手が出てしまった。
メリッと捩れながら減り込む葉加瀬の指先。喰らった本人は、
「……し、死ぬ‼︎」
過呼吸になりながらタップしてくるのだった。
「とりあえず折檻はこの後。今は迷惑かけたここの宿の人に謝るよ」
「謝るのは全然いいけど、折檻はやだーっ‼︎」
頭の手が離され、今度は魔法の力で持ち上げられた。
まるで親猫が子猫を首の後ろの皮膚を咥えて安全に移動する際の、子猫のように大人しく運ばれて行く緋月はシクシクと泣きながら葉加瀬に連れていかれるのだった。
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