五話 小さくて大きい背中
完全では無いけど絆は修復してると願いたいです。
とまぁ、そんなやり取りがあり、あの後五十鈴は玄武の日記を読んだのである。内容を知り、玄武が族長になった日から今日に至るまでの苦悩や信念、族長という位に立った事で、様々な事を犠牲にして今までやってきたのだ。
少数を犠牲にして、大多数を救う。こんなのはただの言葉に過ぎない、大多数を救っても結局は少数を救えなかったのだから。
玄武はそれを重々承知して、それでも世界の、里の皆を守るために、今まで贄を捧げていたのだ。
「どうして、お父さんとお母さんに言わなかったの……?」
玄武の頭を胸に抱き、涙を流して問い掛ける。この苦悩の日々を、和と澪に言えば理解はしてくれだろう。
玄武がこうなってしまったのは、理解者が居なかったからだ。
「そうしたかった。……だがな、儂はアイツの親として越えてはならない一線を越えてしまったんだ……。まぁ、大体予想は付く。例え、次代の巫女候補だとしても、自分の孫を贄にするなどと正気の沙汰ではない」
日記には、五十鈴が次代の巫女候補だったということを知り、玄武は「どうして」と何回も何回も何回も殴り書きをしていた。
既に正気の沙汰では無かったのだ。正気のままで居れば何も救えないと、失った経験のある玄武がそう結論を出したのだ。
――本当にこの世界には何処にも【英雄』など存在しないのだ。
辛い時、救ってくれる者は居ない。自分で誰かに言わない限り、誰も気付かないのだ。
「五十鈴。本当にすまなかったな……」
「……もう良いよ」
苦渋の末の決断だ。彼の日記を読み、長年の苦悩を知った今の五十鈴だから、彼の謝罪を受け入れられる。きっと日記を読まなかったなら、玄武の謝罪など一蹴し聞く耳を持たずに縁を切っていただろう。でも、今は違う。
「お母さんにもちゃんと謝って……」
「あぁ……澪にも悪い事をしたな」
その声は後悔と無念が孕んでいた。五十鈴には、葛葉の様に誰かを救う言葉を、勇気を与えてくれる言葉を、誰かに言う事が出来ない。あんなことが出来るのは、あの少女が特別で誰よりも人を大切にしているからだろう。聖人までは行かないが、人の死を悲しみ、涙を流す。
これだけだったら普通の人間だろう。だが、あの少女は他人の死をも悼み、涙を流すことのできる感性を持っているのだ。
そんな事、五十鈴には出来ない。
「……ん、もう行くのか?」
「うん。強くなりたいから……」
「……そうか」
玄武の頭に回していた腕を解き、五十鈴はくるりと踵を返す。遠ざかる背中は、もう玄武の知っている幼い五十鈴では無い。
無様でも滑稽でも誰かに笑われても、自分の孫はあの少女と共に成り上がるのだろう。誰をもを助けれる、そんな存在に。
「――誇らしいかい?」
「……嗚呼、見ない内に大きくなったな」
五十鈴と入れ違いでやってきた、緋月に問い掛けられ窓の外を眺めながら、そう応えた。
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少し少ないですが、楽しんで読んでくれると幸いです!