九話 プロポーズ!?
ふと目の前を見ると、話に熱中というか集中してしまい、葛葉はもっこもこの泡だらけなった鬼丸の頭に「ありゃ」と小さく驚くのだった。
「ほう、じゃあ無事見送れたのじゃな?」
「うん、無事に」
葛葉に頭を洗ってもらっていた鬼丸が振り返って尋ねてくるのを、葛葉は頷いて答えた。
そして鬼丸に目を瞑るように言い、シャワーを頭の上からバシャーと掛け、ブルブルと鬼丸が頭を目一杯振るっため、飛んでくる水に「わっ」っと葛葉は驚くのだった。
「も〜、動物じゃないんだから……!」
そんな鬼丸に葛葉の頭の中では、犬が水を飛ばす光景が連想された。
顔に掛かった水を手で拭い、葛葉は「はぁ」とため息を吐いて自分の髪を洗い始めた。
「ふぃ〜極楽じゃぁ〜」
葛葉の隣で鬼丸は浴槽に浸かり気持ち良さそうな声を出し、パシャパシャと水面を蹴って遊んでいた。
あれからしばらくして葛葉と鬼丸は夜食を食べ終わると、すぐに五十鈴に風呂に入ってと言われたため、二人一緒に入っていた。
この屋敷ではお風呂は入るなら全員で入るようにしている。そっちの方が時間的にも、節水にもなるからだ。
だがたまにこうやって二人だっり一人でだったり入ったりすることもあるのだ。
(そういえば普段は五十鈴が鬼丸の世話してるんだっけ)
瞼を閉じて頭を洗いっていた葛葉はふと思った。
何をするにおいても五十鈴が鬼丸の面倒をよく見ている。よくよく考えると、色々と本当に押し付けてしまっているのだ。
何度も思うが五十鈴にはちゃんと労いの言葉を掛けようと心に誓い、アワアワになった頭をシャワーで洗い流し、ペタペタと浴槽へと向かった。
ゆっくりと爪先から徐々に徐々に浴槽の中に入っていく。
「ん〜極楽〜」
そして鬼丸と同じような反応をして「ふぅ」と息を吐くのだった。
「のうのう〜」
「ん〜? どしたの?」
スイーっと葛葉の下へやってきた鬼丸に、湯を堪能していた葛葉は小首を傾げた。
ストンと葛葉が伸ばしている足の上に座り、鬼丸は葛葉と向かい合った。
「うぬからワシには何かないのかの〜?」
「え? あ〜……あぁ五十鈴のね。んー、じゃあ鬼丸は何が欲しいの?」
「婚約書じゃな」
鬼丸が頬を膨らませてそう言ってきたため、葛葉は確かに五十鈴にだけと言うのもなぁと思い、聞いてみた結果、大体予想の付く返しをされてしまった。
ジトーっと死んだ魚のような目で鬼丸を見て、そっと腕を湯から出して、そーっと鬼丸の頬を抓み引っ張った。
急に引っ張られた鬼丸は目をまん丸にし驚き、引っ張る葛葉の手を掴んで離そうとするが、火事場の馬鹿力か、鬼丸の力をもってしても振り解くことはできなかった。
「バカなこと言わないのー!」
「いひゃい、いひゃい⁉︎」
ビヨーンと伸びる柔らかい鬼丸の頬を葛葉は、ギュウッとさらに強く抓るのだった。
そして数秒して、
「うぅ、痛いのじゃぁ〜……」
赤くなった頬を抑える鬼丸が恨めしそうな顔で葛葉を見るのだった。
「まったく、私の世界でも同性婚なんて認められてないんだよ? この世界のことはあんまりよくわかんないのに出来るわけないでしょー」
「いいや、ここは愛の力でどうにかするんじゃ!」
「流石の愛の力でも無理があると思うよ?」
葛葉と鬼丸がそんな痴話喧嘩のような言い合いを始め、二人の視線が交じり合いバチバチと火花を散らしていた。
それに仮に結婚できたとしても、葛葉はする気はない。鬼丸同様もう一人居るからだ、面倒臭いのが。
「嫌じゃ嫌じゃ、結婚したいのじゃっ!」
「あ、また! も〜!」
しまいには駄々をこね始めた鬼丸に葛葉は腕を組んで考え始めた。鬼丸の定期的に訪れるイヤイヤ期、今回のイヤイヤ期をどうするのかと。
考えて考えて考えて、葛葉の頭の上の豆電球に光が宿った。
「……鬼丸」
駄々を捏ねる鬼丸に声を掛けて葛葉は真剣な表情で顔を見た。
ゴクっとそんな葛葉に対して鬼丸は固唾を呑んで、葛葉の次の言葉を待った。
「私達の愛って、そんな程度なの……?」
葛葉のその言葉を聞いた瞬間に、鬼丸の顔が強張った。
「結婚ていう飾りがないと証明出来ない……そんな程度の低い愛だったの……?」
葛葉の中々の演技力とワードセンスにより、鬼丸の思考が完全停止してしまった。そして頭の中で処理が始められる。
葛葉の口にする言葉の数々を。
「ち、違うのじゃ、葛葉よ! ……そ、そうじゃ! 確かにウヌの言う通りじゃのう‼︎」
葛葉の言葉にまんまんと丸め込まれてしまうのだった。
そんな鬼丸の姿を見て葛葉は小さくガッツポーズをして喜ぶのだった。
―――台所では食器を洗う五十鈴が、風呂場から聞こえてくる二人の会話に微笑みを浮かべていた。
それはお手伝いをしてくれている律も同じだった。
カチャカチャもなる食器の音、葛葉と鬼丸の会話、そんな状態でふと五十鈴は気が付いた。
(これ、葛葉様……全員にプロポーズしていません?)
葛葉の言葉を聞くに、結婚なんかしなくても愛し合っている、と解釈できてしまう。
そしてそれは鬼丸だけでなく、五十鈴や律にも強力な一手となるが、今気が付いているのは五十鈴だけだった。
律はのほほんと、鼻歌を歌いながら食器を片付け、テーブルを台布巾で拭いていたのだった―――。
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