七話 憂う心
街を一望できる最も高い建物の天辺で、鬼丸は街を眺めていた。
ズズズと飲みものを飲み干し、ふわぁ〜と大きな欠伸をしその空になった容器をポイっと投げ捨てた。
「ちょっと何してんのさ」
「む? なんじゃウヌか」
が鬼丸の投げた容器を見事キャッチした緋月が梯子を登ってその天辺までやってきた。
「なんじゃってなんじゃ。全く、ポイ捨ては禁止!」
「まともなことを言うでないぞ変態」
「変態ってのは否定しないけどポイ捨てはダメだよ」
やかましいと言う顔をして鬼丸は胡座を描いて隣の空いているスペースを叩き緋月を招いた。
緋月は思うところは沢山あるものの、はぁとため息をついてその隣に座るのだった。
「今日治安維持に協力したみたいだね」
「あー、あれのう。……葛葉のためじゃよ、わしが誰が為にするわけなかろう?」
緋月の出した話題に忘れていたと言う反応で鬼丸は頷きながら、ツンデレを発動させていた。
「あの子も、頑張ってるみたいだね」
「そうじゃのう」
緋月や鬼丸の目に掛かれば米粒であろう葛葉の姿でも、はっきりと視認することが可能で、今見えているのは、律と五十鈴と葛葉が買い物をしている光景だった。
「あの子の頑張りは報われるのかの……?」
「ぇ?」
鬼丸のそんな呟きに緋月は小さく声を上げ、鬼丸の顔を見た。夕陽に照らされる鬼丸の横顔はなんの感情もなかった。
ただ眼下に広がる街をジーッと見つめていた。
「報われる報われない……そんなの葛っちゃんは気にしてないと思うよ、ボクは。あの子はあれが素なんだよ」
「……ウヌにはそう見えるか」
「そう見える。あの子の【英雄】象はあの子なんだ。素のままが【英雄】なんだよ、演じる必要なんてない。あの子に聞いてみるといいさ」
そんな緋月は自分の感じていること、思ったことを話し再び鬼丸の横顔を窺うと、ほんの少し口角が上がっていた。
「なになに? 悩んでたのぉ?」
「うざい」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら鬼丸へにじりよって揶揄うが、鬼丸が緋月を押し除けようとグイグイと押し返すものの、緋月は近寄っていくのだった。
「ねぇねぇー!」と鬼丸に拒否られながらも緋月は、鬼丸の身体に蛇のように手を絡め、鬼丸の脚にも自身の脚を絡めた。
「ほらほら、うんって言いなよぉ〜!」
「だぁ‼︎ うっざいのじゃあ‼︎」
「ぐへへ」と涎を垂らしながら鬼丸の身体を這い上がる緋月に声を荒げグイグイと押し返すものの、緋月はがっしりと鬼丸の身体を掴んでいて離れることはなかった。
「えへへ〜葛っちゃんの匂い〜」
「キッショ‼︎ わし越しに葛葉の匂いを嗅ぐでないっ‼︎」
グリグリと鬼丸の真っ平な胸に顔を当て「すぅ〜〜〜〜〜〜〜」と思いっきり吸い、ぽわぽわという擬音の思想な顔で葛葉の匂いを堪能するのだった。
「葛っちゃんと鬼丸の匂いがブレンドされててとてもいいね……」
「離れんか!」
バンッと今まで以上に強く押された緋月はそのまま高台から落っこちて行ってしまうのだった。
「あ―――――ッ⁉︎」と緋月の断末魔が遠ざかっていき、最後にドッという鈍い音が鳴った。
「死にはせんじゃろう」
慌ただしくなるしたの音を聞きながら鬼丸は、少し強い風に当たりつつ街を細い目をして見るのだった―――。
―――律と五十鈴が野菜を選ぶのを眺めつつ葛葉はふと、空を見上げた。
月が夕日の空に光を放っていて、そのさらに向こうの空が闇を引き連れていた。
その闇の中で光を放つ遍く星々を、Lv.4の視力で見つめていた。
ピクッと自然と指が動く、そして風が通っていく。風で靡き揺れる髪を手で止め、葛葉はある方向を見ていた。
(一さん、大丈夫かな)
見送ったあの強くて頼りになる少女が旅立った方角だった。
寝ていた鬼丸以外はちゃんと見送ったのだ。
「葛葉さーん、今日はシチューですよ!」
「へー、どんなのー?」
五十鈴と共に野菜を見定めていた律が葛葉の方へ振り返り手を振りながらそう声をかけてきたのだ。
律に顔を向け葛葉は微笑みを浮かべながら五十鈴達の下へ歩き出した。
「今夜はビーフシチューにします」
「おぉ、いいね。じゃあお肉も買いに行こっか〜」
「ですね!」
五十鈴の答えに葛葉がそう口にすると、律が葛葉の隣へやってきては身体を寄せて一緒に歩きだした。
その後を五十鈴はやれやれと言った顔で付いてくる。
葛葉はそんな二人と共に微笑みを浮かべるが、眉を八の字に寄せ空を見上げて、ここには居ない一人のことを憂うのだった。
そしてそれと時を同じくして、鬼丸は葛葉と同じように空を見上げていた。
夜空が夕焼け空を侵食していく様を眺めながら、鬼丸はただひたすらにこの先の今後の展望を考えていた。
容易ではないこの世界のことだから、きっと苦難が待っている。
「戦場にのみ【英雄】は必要なのか」
平和のための礎として戦場で【英雄】となるのか、
「然れども、戦場じゃなくても【英雄】は必要なのか」
平和の基盤のため日常でも【英雄】は必要なのか。
「じゃが、それじゃあのう……【英雄】とやらは、可哀想じゃろうが」
―――世界は【英雄】を欲している。
だが世界は【英雄】に過酷を与える。否、【英雄】のみではない。世界は【英雄】の系譜にすら過酷を与える。
だから―――。
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