六話 オーバーキル
朝食を食べ終えた鬼丸はもう一度眠りにつき、昼過ぎに目を覚ます。そのあとは昼食を取ってから街に出るのが日課だ。
民家や施設の屋根の上を飛び渡って、街を上から見下ろしいい気持ちになるのだ。
「わぁ! おねーちゃんありがとう‼︎」
時折建物の下からそんな嬉しそうな声が聞こえてくることがある。毎度毎度その声のした方を覗き見れば、決まって、
「どいたまして〜、次は離さないようにね〜」
葛葉が人助けをしているの場面だった。
手を振りながら風船の紐を片手に持つ男の子は、目を輝かせながら精一杯に手を大きく振っていた。
「……まったく」
そんな葛葉の行動に鬼丸は呆れると共に誇らしい気持ちにもなった。
街から聞こえてくるのは「ありがとう」の声が多く、その大半が葛葉に向けられた物だった。
偽善者とも言えるが、葛葉の場合はそうではない。【英雄】という大それた名に相応しいことをしないといけない焦燥感からやっているのだ。
自己満といえばそうなのだが、それでも、葛葉は人助けを行う。
決して【英雄】が戦場にだけ現れる存在だと思われないよう。
「む?」
だが【英雄】にも限度はある。手の届くことにしか対処出来ないのは仕方がないことなのだ。
だからそのサポートは伴侶である鬼丸の責務。
「行くかのう……」
この街も決して治安がいいとは言えない。メインストリートから外れた路地などでは犯罪は起きている。
憲兵が見回りをするがどうしても見落としはあってしまうのだ。
犯罪をゼロにするのは不可能に近い。
「―――オラァ‼︎ この女がどうなってもいいのかぁ⁉︎」
「やめろ‼︎」
「その女性を離せ!」
鬼丸の耳が拾った声は、指名手配犯が追い詰められ苦肉の策として人質を使っての逃走をしようとしてる現場から聞こえたらしい。
憲兵の二人が剣を抜き男に向けにじり寄るが、ナイフを持った男が人質の女性の首に刃を突き立て牽制する。
ツーっと女性の首から血が流れ、口を押さえられている女性は恐怖で瞳孔が開きっぱなしだった。
「死なせたくなかったらそこを退けぇ‼︎」
男の要求に憲兵が顔を見合った。
鬼丸はその現場から目を離し、足音のする方へ顔を向けると、
「応援かの……じゃが間に合いそうにないようじゃな」
数人の憲兵が急いで駆け付けてきているが、だいぶ距離があり、このままではまんまと逃げられてしまう。
「くっ、わ、分かった。道を開ける、そして我々は手出しはしない、だから女性を離せ!」
「ひ、ひひ。ああいいだろう」
憲兵が男の要求を呑み、道を開けると男はドス黒い笑みを浮かべてそこを通り抜けて行こうとした。
(はっ、バカな野郎どもだ! せっかくの人質をそう易々と逃すかよ!)
男はゆっくりと憲兵達の横を通り抜けようとして、
「―――そうはさせんよ」
ドガンッと目の前がいきなり爆発し顔面に強烈な殴打が繰り出された。そして、
「受け止めるのじゃぞ!」
人質が引き剥がされると同時に、顎に再び強烈な殴打が炸裂し男の身体が五メートルほどは浮かんで、ドンッと腹部を蹴られ、胃の中の物を全てぶちまけながら壁にめり込むのだった。
「……ったく、葛葉が頑張って人助けをしとるのじゃ。それを邪魔するでない!」
気絶した男を足蹴しつつ文句を垂れると、鬼丸は憲兵達の方へ振り向いた。
「女は大丈夫かのう?」
「え、あ、はい。……あの、あなたは」
「ん? わしはただの冒険者じゃ。それじゃあのう!」
ちょっとした出血だけなのを確認した鬼丸は憲兵達の問い掛けに時代劇や西部劇のような返しをして、建物の屋上まで一気に飛ぶのだった。
そんな鬼丸に憲兵は敬礼し、
「ご、ご協力感謝します‼︎」
とそう言うのだった。
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