四話 表には裏がある
玄武は本当はいい奴!
数時間前に遡り……。
「どったのー?」
葛葉が突然やって来た五十鈴に声を掛ける。
五十鈴が重苦しい表情で葛葉の下に歩み寄り、葛葉は五十鈴の纏う雰囲気にはてなを浮かべる。五十鈴の手には、古臭い手帳みたいな物が握られており、葛葉はその手帳と五十鈴の雰囲気が関連しているのかと思考する。
「葛葉様……」
「様はいいって」
葛葉を呼ぶ度に、様を付ける五十鈴にいちいち言うのを葛葉は諦め、まぁ様付けも良い気分だ。と、そう思う事にした。
「で、どうしたの?」
「これが……落ちてたんです」
「ほほーう。見た感じ手帳だけどね〜」
五十鈴が差し出してきた、手帳らしき物を受け取り、葛葉はペラペラと数ページ捲る。
そして気付く、これは手帳ではなく、
「日記だよ、これ」
綴られている文章を読めばすぐ分かる。綺麗な文字で一文字一文字丁寧に書かれていた。
どうやら、今から十何年前に最初の一ページ目が書かれて、暫く続いたが直ぐに年と月日が変わってしまった。
「おー? さては三日坊主か?」
久しぶりに思い出し書いたのだろう、そう軽い気持ちでページを捲った。が、日記に書かれている文章は全く軽くは無い。
この日記の所有者の長年の、気が狂いそうな苦悩が殴り書きされていた。最初の頃の丁寧な文字の片鱗は無く、怒りか悲しみに突き動かされるように、殴り書きされていた。
「……」
「……? 葛葉様……?」
見入るように読み始めた葛葉に、五十鈴は戸惑いながらも声を掛けるが、葛葉は掛けられた事に気付かない。
物凄い速さで読んでは捲り、読んでは捲り、と日記を読んでいく。人様の日記を勝手に読むと言う、そんな罪悪感が薄れる程、この日記の内容は重い。
読んでるだけで、こっちが辛くなってき、悲しくなってしまう。
「……五十鈴。これは君の祖父のじゃないかな」
「――っ!? あの人のですか……」
五十鈴の祖父とは玄武のことだ。
玄武のことを言った途端に、五十鈴の顔が険しくなる。葛葉は、あっ地雷踏んだワ、と悟りを開いた顔をし、引き攣り笑いを浮かべる。
「まぁまぁ、そんな忌避しないであげて」
「……無理ですよ。あんな人」
日記で玄武が五十鈴に対して、何をしたのかを知った葛葉は、五十鈴の言い分も一理あると思う。人生という取り返しが付かない、大切な時間を奪い、家族との絆を絶たれ、部屋に幽閉されたのだから。
これで文句を言わない奴は、何かの父と呼ばれているだろう。
「私は擁護するよ、君の祖父の事を」
「――っ。な、何故っ!?」
「……こんな事をしなくちゃならないなら、正気では居られないよ。一層、道徳も仁義も何もかも捨てて、狂気に染まった方が楽だよ」
雰囲気をガラッと変え、葛葉は日記で玄武が――何を思って何をしようとして、何を犠牲にしてきたか。それを知ったから葛葉は、玄武の擁護をしようとする理由があるのだ。
玄武の日々は、さぞ地獄だったろう。
「でも彼は……最後の最後で、甘えを捨てれなかった」
「甘え……ですか?」
「……読みたく無いなら読まなくていい。でも、君のお父さんはこれを読んで、言葉も残してるよ」
「――っ⁉︎」
葛葉は日記を閉じ、今も俯いたままの五十鈴の手を取り、日記を渡す。五十鈴は日記を強く握り、覚悟を決めかねていた。
「……五十鈴。君の意思で、思いで決めるんだよ」
葛葉のそんな言葉が、最後の一歩を踏み出す勇気へと成り変わった。本人はそんな事、理解していないだろうが。
理解してたらあんな良いこと言ったのに、ぽけぇ〜みたいな顔をしては居ない。
「ありがとうございます……!」
「えぇ? 私は何もしてないよ?」
「いえ、助けられてばっかりです」
最後に礼を言い、五十鈴は葛葉の部屋を後にした。五十鈴が去り、暫くして……。
「いや〜葛っちゃんがこんなに立派になって……ボカぁ、嬉しいよ」
「……はぁ、話し始める前に気絶させといたのに」
もう居ることが当たり前となり、葛葉の掛け布団からひょこっと顔を出し、涙目の緋月に葛葉はため息を吐く。
もうどうしようと、何をしようと意味が無いと、そう悟った顔だ。
「ふっふっふ……ボクに手刀が効くとでも? でもでも?」
何でかドヤ顔な緋月。
葛葉は拳を握りニコっと、愛らしい笑みを浮かべるが、どうやら緋月には怒ったように見えたらしく。ごめんなさいと、早口で謝られた。どうしてだろうか……?
「さて、葛っちゃんの匂いも体温も堪能出来たことだし、仕事に戻るとしようかな!」
「気持ち悪い言い方しか出来ないんですか?」
一々そう言う事を言ってくる緋月に、葛葉は軽蔑や侮蔑が入り混じった目で緋月を貶すが、緋月には何も聞いていないようだ。
もう本当に何しても意味ないんじゃ、と思いつつも軽蔑や侮蔑を向ける。
「あ、そうだ。葛っちゃん!」
「は、はい」
「明日久々の特訓だからね!」
「あぁー」
何やかんや言って、結局まだ一回しかしていない。その後は大体大事に巻き込まれてたから。
「これから特訓していって、いつか……ボク位強くなって貰わなきゃ!」
「えぇ〜無理ですよー、しんどいですって」
「つべこべ言わな〜い!」
そう言って緋月も葛葉の部屋を後にした。ボフッ! とフカフカのベッドに身を委ね、白い天井を腕枕しながら見上げ、あの夢を思い出した。黒い影に、泣いてる少女。
あの影はなんなのか、あの少女はなんなのか、そして何故自分があんな夢を見たのか。疑問点を上げようと思えば、いくらでも出てくる。
「はぁ〜……寝よ」
考えるのが面倒になり、葛葉は意識をフェードアウトさせていった。明日は特訓もあるのだから、ゆっくり休む事にした。
読んで頂き、ありがとうございます!
最初玄武は血も涙もない鬼畜漢にしようかと思ってたんですが、まぁこういうのもありかな〜と思いこうなりました!