三話 決断はお早めがいいだわさ
―――しゅん……とサービスが過ぎる仕事ぶりに正当な金額を支払えなかったことが、そんなにショックなのか店を出てから五十鈴はずっとしょんぼりしていた。
「も〜機嫌直して〜」
そんな五十鈴の後ろで両手を合わせそう言うが、五十鈴の機嫌は一向に直らなかった。
「デートなんでしょ、今日は」
「っ。……葛葉様は卑怯です」
機嫌を直してくれず無視されてしまう葛葉は、五十鈴を反応させるべくデートを引き合いに出した。
当然五十鈴は反応するが、葛葉へ不服そうな顔を向けるのだった。そして痛いことを突かれ、葛葉は何も言えなくなってしまった。
が、律にしたように、五十鈴にも教えなくてはいけないことがある。
「あは。……ねぇ五十鈴。五十鈴の尽くされたから尽くし返す、っていう考え自体はいい考えかもしれない、だけど相手の思いを無碍にするのは違うよ」
相手は良かれと思ってやってくれた。それなのに何かを返して仕舞えば、それは言い方を悪くすれば見返りを求めていたと側から見ればそうなってしまう。
無碍どころか相手の周囲の印象を悪くしてしまう。最悪だ。
故に時には尽くさなくていい時があるのだ。
「五十鈴は人の思いを汲み取るのが苦手みたいだからさ、これから頑張っていこ。相手に寄り添うことも、相手を守るのと同じじゃないかな?」
「っ」
「だからまずは私の思いを汲み取って見せて!」
葛葉の言葉を聞いた五十鈴は感化されたような顔で頷き闘志を燃やすが、早速と葛葉が顔を近づけた途端に赤面し俯いてしまった。
「五十鈴〜?」
「っ、な、難易度が高いですっ」
さらに近付く葛葉の顔に五十鈴は更に赤面した。
可愛いなと思いもっとやってみようかと思ってしまう葛葉だったが、今さっき相手の思いを汲み取るだのうんたらかんたら語った身としてそれは出来なかった。
(手本にならないといけないよねぇ……)
残念と嘆きつつ、葛葉は五十鈴から顔を離した。
「じゃ、これなら?」
「……だ、大丈夫です」
五十鈴の頬はまだ赤いままだが、ジッと葛葉の顔を見つめ始めた。
じーっと何秒、何十秒と経ってから瞑目した五十鈴がふぅと息を吐いて口にした。
「オムライス、ですね……?」
「えぇっ、正解⁉︎ なんでぇ?」
見事に的中させた五十鈴に葛葉は驚きつつ尋ねるが、五十鈴は簡単なことですと言って、
「以前の葛葉様はよく一週間おきにオムライスを食べていました。そしてそれが今日です」
「おぉ……そうだったんだ」
自分でも自覚がなかったことに五十鈴はどうやら気付いていたらしく、葛葉は自分のことながら驚いて感嘆の息を漏らすのだった。
「じゃあお店に行こー!」
気を取り直した葛葉がそう言い先に行くのを、五十鈴は「はいっ」返事をして付いて行くのだった。
人の思いを汲み取ること、それは五十鈴にはまだ難しいだろうと葛葉は思いつつ、ゆっくりとこれから慣らしていこうと決意するのだった―――。
昼食後、葛葉と五十鈴は街を歩いていたら。ただ歩くだけだった。だが葛葉が居るから、五十鈴が居るから、退屈はしなかった。
「……葛葉様、お疲れではないですか? すこし、あそこのベンチで休憩しましょう……!」
そんな時だった、五十鈴が唐突にそう聞いてきては葛葉の手を引いてベンチまで歩き始めたのだ。
特に抵抗もせず葛葉はされるがままベンチに向かうのだった。
「ね、ねぇ五十鈴? 私は別にそんなに疲れてないけど……?」
問答無用で連れられ座らされた葛葉は五十鈴へそう言うが、
「いえ、座っていて下さい!」
と語気を強めて言い、葛葉の肩をグッと両手で抑えるのだった。
「私も少し歩き疲れました。葛葉様もです」
「うーん、なら五十鈴のために足を切り落としてでもここに座らなきゃだね」
大体の意図を察し葛葉はニコッと五十鈴へ微笑みを向けた。
「疲れたなら疲れたって素直に言っていいんだよ?」
「……いえ、私が葛葉様より先に寛いでは……」
「そんな優先順位ないよ、五十鈴は誰ものでもない一番なんだから。一番じゃないものなんてないよ」
「……葛葉様」
葛葉の吐く言葉の数々に五十鈴は思ったことを口にしようとして、
「あ、アクセサリーショップだって! 行こ行こ!」
葛葉が偶然見つけたアクセサリーの移動販売車によって遮られてしまった。
立ち上がり、すでにだいぶ距離が離れたところに居る葛葉が手を振ってくる。
五十鈴はもどかしい気持ちを感じながらも、葛葉の下に向かうのだった。
「らっしゃいらっしゃい、いいもん取り揃えてるよ〜」
葛葉が見ている、アクセサリーが並べられている棚を五十鈴も見やる。
そこにはいろんな種類の宝石が埋め込まれた指輪が数多くあった。
「っ」
その中でも五十鈴の目を引くものが一つだけあった。
それは五十鈴の髪色とそっくりの紅色の宝石が埋め込まれた指輪だった。
紅色の光沢が五十鈴の心を掴んで離さなかった。
「どれも良さそうだね〜、五十鈴は……ん?」
五十鈴が一つの指輪を見つめていることに気が付いた葛葉は値札を見て、財布を見た。
財布の中身を見てもう一度値札を見た。
(……うん、これカッコつけじゃない。これは日頃の感謝の印だから、そう、だから使って当然のお金なんだ。まだ、報酬金は貰ってないから、大丈夫っ)
心の中で早口で言い訳を捲し立てた末に、葛葉は五十鈴の見つめる紅色の宝石の指を手に取った。
そして店主の前に置いて、
「これください!」
「へいまいどぉ!!」
と買ってしまうのだった。
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