二話 本質は
―――わんわん泣く律の頭を優しく撫でながら葛葉は微笑んだ。
「にしてものう、様子が変じゃったがな」
「……? 誰が?」
「緋月じゃよ」
「そうだった?」
あの時の緋月の様子がおかしかったと鬼丸は言うが、葛葉には全く感じ取れなかった。
「ま、気にすることはないじゃろ〜」
話題に出すだけ出して鬼丸はそのまま放置して机に突っ伏した。
昨日の宴会は夜中の2時まで続いたらしく、最後の最後まで鬼丸は飲んでいたそう。
葛葉は早々に飲むのをやめ、一時前には緋月の寝ているベッドの中で眠った。
「律はどうしてそんなに泣いてるのー」
言うてそんなに接点がないはずの一との別れにどうしてここまで泣くのか、葛葉はふと不思議に思い尋ねてみると、
「……自分でも分かりませんっ。でも凄く悲しいです、それに一さんは、葛葉さんのことをいっぱい助けてくれたので、私の恩人でもあるんですぅ〜!」
「そ、そっか〜」
先よりましてわんわん泣き始める律に葛葉は困惑しつつ、相も変わらず頭を撫でていると。
「葛葉様。少しいいですか?」
五十鈴が少し顔を赤らめながら恐る恐ると言った顔で声を掛けてきたのだった。
葛葉は首を傾げながら「うん」と顔を縦に振るのだった―――。
―――大通りを珍しく私服の五十鈴と並びながら歩いていた。
「五十鈴〜、今日は何しに〜?」
「はいっ、本日は修理依頼をしていた私の盾を受け取り次第、デートですっ」
心なしか嬉しそうで、語尾も少々上がっていることに本人は気付いていない様子だった。
ほえ〜と五十鈴の言葉を聞いていた葛葉は適当に相槌を打って、五十鈴の後に付いて行く。
しばらくすると、葛葉達御用達の武具屋『リリナ武具店』に到着した。
「ごめんくださーい」
葛葉はそのまま店の扉に手を掛け開くと、カランカランとドアベルがなり来訪者を知らせる音が鳴った。
葛葉が中に入り、そしてすぐに五十鈴も中に入ってきた。ドアを丁寧にゆっくりと閉めて、五十鈴はカウンターへ先に行ってしまうのだった。
葛葉は飾られている武器に目を奪われていた。
何度見てもこの壮観な光景には目を奪われてしまう。
「いらっしゃいませ〜……て、葛葉ちゃん達か。ああ受け取りね」
カウンターの奥の扉から顔を出したのは、ヨレヨレのシャツに濃い隈、ボサボサの髪と見るからに不健康そうで寝てなさそうな姿の、この店の店員兼鍛治師の篠寺千佳だった。
千佳はカウンター前にいる五十鈴の顔を見るなり、中へ引っ込んでいってしまった。盾を取りに行ったのだ。
「……五十鈴、お金大丈夫? 私が出そっか?」
千佳と入れ違うようにやってきた葛葉がそんなことを口にしながら五十鈴の顔を見た。
五十鈴は顔を横に振り目を閉じながら静かに答えた。
「いえ、葛葉様に出してもらうわけには。それに前払いですので」
そんな五十鈴の答えに葛葉は本音を溢した。
「そう? 五十鈴の盾にはお世話になってるから少しでもと恩返ししたかったんだけど……」
「葛葉様。恩返しならば既にしております。私としても、盾としても、守ることが本質です。ですから、守りきって、守ったその人が」
目を閉じて静かに語っていた五十鈴が葛葉へと振り返り、目を開け、両手で葛葉の手を取って、
「こうして今、私の目の前にいることが恩返しなのです」
嬉しそうな表情で答えるのだった。
そんな五十鈴の言葉に目を見開き瞠目した葛葉は頷いて、
「そだね。うん、わかった。……これは私の余計なお世話。これからもずっと頼りにしてる!」
「はいっ。私は葛葉様の盾ですから」
二人がそう微笑んでいると、
「……持ってきたんだけどぉ」
やり取りを何処から見ていたのか、いつのまにかカウンターの前に居た千佳に声を掛けられ、二人はビクッと驚き心臓を抑えた。
「君の武器に対する思いは素晴らしいね。そんな人に使われてこの武器も幸せだぁね」
途中くらいから聞いていたんだなと葛葉が苦笑いし、五十鈴は恥ずかしそうに萎縮するのだった。
そんな二人の反応に気付かず千佳は隣に立て掛けてある盾に被せてあるシーツを取った。
バサッと音を立ててシーツが取り払われると、そこにはこれまたアップグレードした盾になっていた。
「前までの形は崩さずにね、色々と付け足してみたよ」
と言い、千佳は体勢を変えて盾の性能を語り始めた。
「まず第一に、盾に防御結界石を組み込んでみたんだ。するとなんと、盾の五メートル先にまで五枚の障壁を展開することが出来るの」
と説明をしながら千佳は実践もした。
ガシャっと音がしたと思えば盾の中心から光が放たれ、次には五枚の障壁があった。
分厚さ的に障壁たり得るのか、という葛葉の訝しむ目を見て千佳はよくぞと言った顔で答えた。
「一見薄いかもしれないけど、なんと! なんと、この障壁はドラゴンの攻撃を一回耐えることが出来るよ〜」
と葛葉は千佳の言葉を最後まで聞きながらも実践してみるのだった。
葛葉の拳では貫通不可能な硬さの障壁。
二人がおぉ……と驚いていると、障壁は閉じられてしまうのだった。
が、まぁとりあえずは盾を受け取れた。
ので一件落着とも思われたが、五十鈴が追加料金を払おうとするのを見て葛葉は慌てて止めた。
「五十鈴、千佳さんの御好意を無碍にしちゃあいけないよ?」
「……っ。ですがこんな至れり尽くせりなのに」
と悔しそうに口にする五十鈴を腕に、葛葉はお店を後にするのだった。
誠にすみませんが、約二十分ほどの遅れはなかったことにしていただきたいです。永遠とおんなじことを繰り返しそうなので……すみません。どうかお願いします!
面白いと思って頂けましたら、ブックマークと評価をお願いします!!