九話 添い寝は優しく
ん〜と呻いて寝返りを打つ律とは正反対に、緋月は葛葉の肩に手を置いてうとうとするが、何故か必死に起きようとしていた。
「葛葉たん……やだぁ」
寝たくないと顔を横に振る緋月に、葛葉は「うーん」とどうしようかと悩んでいると。
「緋月さん。寝て下さい、眠て、明日また一緒に……」
「居てくれるの? ずっと……?」
ポロポロと緋月の目から涙が溢れ落ちた。
「え゙」と葛葉は驚いて眉をピクッと動かし、
(待って、本当に待って……緋月さん? これが? いつものド変態さんは? え? え??)
静かに混乱していた。
熱った顔に潤んだ目、童顔なのも相まって、葛葉の母性を執拗にくすぐってくる。
相手は緋月なのにだ。
緋月の顔をじーっと見続け、葛葉はふっと息を吐いて心の中で言の葉を紡いだ。
「……抱き締めたい」(……抱き締めたい)
つもりだったが心の声は留まるところを知らず、普通に声に出してしまった。
「ん〜、葛ったゃん、いいよ〜……」
両手を葛葉へ向けて広げ、いつでも抱かれる準備は整ったと言わんばかりの顔で緋月は葛葉を待った。
それに対して葛葉は、相手を酔わせて性行為をする最低男な感覚を感じつつ、申し訳なさを一旦置いて、緋月に抱き着くのだった。
その小さい身体は少し力を込めるだけで折れてしまいそうだった。
「うへへ、暖かい」
もう離さない、そう感じるほど強い力で抱き返す緋月。葛葉は抱き合いながら共にベッドに横たわった。
「寝るまで一緒に居ますから、だから安心して下さい」
「……ん〜、やだぁ……ずっと〜、が、いい!」
緋月の腕の力はさらに強くなった。
二人の吐息が顔に掛かりそうな近さになってようやく、緋月の腕の力は和らいだ。
もう力を抜いても離れていかない距離になったからだ。
「葛ったゃん……眠い……」
「じゃあ寝ましょう。私は側にいますから」
限界を超えた限界に、緋月の根気も続かなくなったのか、徐々に緋月の瞼が降り始めた。
「葛ったゃん、大好き」
「はい。おやすみなさい……」
緋月の瞼が完全に塞がって、律の声を無視すれば静寂の部屋の中、緋月の寝息が響き始めた。
葛葉はそんな緋月の頭を撫でて、
「大好きです、私も」
起きている時に腹口が裂けても言えないことを緋月に優しく掛けるのだった―――。
―――暖かい光が緋月を覚醒へと誘った。
パチパチと目が覚めた緋月は、身体を包む柔らかい感触に疑問を持った。
顔だけを動かし周囲の確認してやっと気が付いた。
緋月の身体を優しく包むのは葛葉の全身だった。
「っ、葛っちゃん……?」
まだ夢の中なのかと疑いを持った緋月が頬を抓った。ちゃんと現実なことに、緋月は驚きを隠せなかった。
だがすぐに身体の向きを変えた。クルッと窓に向いていた身体を後ろから優しく抱いてくれていた葛葉へと向けた。
「……いい匂い」
下心なしに葛葉の胸に顔を飛び込ませた。そして目一杯に匂いを堪能する。
鼻腔が狂喜乱舞してしまいそういい匂いの中に、故郷とか懐かしいだとかの言葉が似合いそうな、安心するような匂いもあった。
「二度寝しよ……」
昨日の夜の記憶はほとんど覚えてない緋月は、葛葉の胸の中で緋月は再び眠りつくことにするのだった。
その時だった、葛葉の手が優しく緋月の頭を撫でたのだ。
「緋月……さん。……大丈夫……です、よぉ」
寝言を言いながら葛葉は緋月の頭を優しく撫で続ける。その言葉を聞いた緋月は眠気が吹っ飛んでしまった。
「安、心して……下さ、ぃ」
優しく撫でていた手が止まり、緋月は名残惜しそうに葛葉の顔を見ようとした時だった。
ギュッと葛葉が緋月の身体を引き寄せたのだ。
葛葉のに引き寄せられた緋月は瞠目しながらも、されるがまま葛葉の身体に包まれるのだった。
「私が……いますよ……」
耳元で囁かれた緋月はピタッと時が止まったかのように固まった。そして身体が震え始めた。
「うん、君しかいないんだ……絶対に君だけは、ボクは」
緋月の言葉に緋月は決意を新たにしようと口に出そうとした時だった。
スッと影が二人の身体の上に映った。
緋月が葛葉の胸の中から顔を抜き出し見てみれば、そこにはボサボサの髪と着崩れた服の律が立っていた。
「り、りっちゃん⁉︎」
立っていた者の名前を呼び緋月はハッと気が付いた。律も葛葉が好きなのだ。そんな人物がこんな場面を見てしまったら……?
そう考えていた時だった、律がベッドの上に横たわり始めた。そしてジリジリと緋月の方へ、正確には葛葉の方へ近寄って行った。
「り、りっちゃん⁉︎」
「ん〜ギルド長さんだけずるいですっ」
私も〜っと言いながらジリジリとジリジリと。
そして緋月はそのまま葛葉と律によってサンドイッチされるのだった。
葛葉の胸に顔半分が、律の胸に顔半分が。柔らかい感触に天国かと思う緋月だった。
極楽浄土はここにあったと。
二人の柔らかい感触を感じながらまた瞼を閉じるのだった。
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