六話 ヤキモチを感じたら……
―――太陽もだいぶ傾き、朱色の空が顔を覗かせ始めた頃、葛葉は緋月と二人きりだった。
「……」
五十鈴は買い物に出かけ、律は日課の散歩へ、鬼丸は気が付けば居なくなっていた、葉加瀬は言わずもがな仕事だった。
緋月と二人っきり、別に気不味くも何もないのだが、今は違った。机にぐてーっと伏しつつも葛葉の横顔を眺めてくる緋月には流石に気不味く感じるのだった。
はぁと短くため息を吐いて葛葉はしていた作業を止め、緋月に向き直った。
「さっきからどうかしました?」
「……ううん。ただ君の顔を見たかっただけさ」
いつもの口調とは少し異なる口調で緋月は茶化すように笑みと共にそう口にした。
多少引っ掛かる部分は多いが、葛葉は作業に戻るのだった。
カチャカチャと金属の音だけがリビングの中に響く。
汚れを拭き取る真っ白だった布巾は今になっては真っ黒な箇所が殆どを占めていた。
今、葛葉は愛銃の手入れをしていた。
「っ、緋月さん?」
そんな時だった、机の中から顔出した緋月が次にはひょこっと葛葉の腿の上に座ったのだ。
突然のことで驚き固まっていると、緋月が顔だけ振り向けて葛葉の顔を見てくきた。
「続きはしないの?」
「……え、あ、いえ……やりますけど……?」
緋月の考えが全く読めない葛葉は終始頭の中には疑問符が浮かんでいた。
そして葛葉は言われた通り作業を始めると、緋月はその作業を食い入るように見てアホ毛を際限なく動き回した。
犬かなと葛葉は思いつつも作業を再び進め始めた。
「ボクも悩みごとを言えば葛っちゃんの半身になれるかな?」
「……―――っ⁉︎ 見てたんですか⁉︎」
葛葉の作業を眺めていた緋月の唐突な発言に、葛葉は反応が遅れてしまった。あまりに自然に言ってきたから気づけなかったのだ。
「う〜ん、葛っちゃんから母性を感じたよ」
ニヤニヤと悪どい笑みを浮かべて緋月は葛葉へ振り返った。
「……はぁ、律を揶揄わないで下さいよ?」
そんな顔を見て葛葉は少しだけキッと眉を吊り上げ、強い語気で釘を刺した。
「あはは、流石のボクも鬼じゃないからね。そこら辺はちゃんと配慮するさ」
信用するには少し薄っぺらい笑みをしてから緋月は、ずりずりと座り向く方向を回転させた。
そして目の前にある葛葉の胸部に顔をくっつけ静かに呼吸する。緋月から下心は感じれなかった。
「レベルアップおめでとう葛っちゃん」
「ほんと、どうしたんですかっ、急に……」
いつもの緋月らしくない緋月に葛葉は困り顔で首を傾げた。頬を人差し指で掻きながらどうするか考えていると、
「ううん、ただりっちゃんが羨ましいなぁって」
「……嫉妬です、か?」
「ヤキモチとも言うよ」
「妬いちゃったんですね」
ギュッと葛葉に抱きつく力を強くすることで緋月は答えた。
「何にヤキモチ妬いたんですかって言うのは野暮ですか?」
「……だって葛っちゃんわかってるでしょ? それ野暮っていうより意地悪だよ?」
ヤキモチの理由はもちろん理解しているが、緋月の反応が可愛いのとヤキモチの詳細を知りたかったからだ。
(あ、初めて可愛いと思った……)
普段の緋月ならばそうは絶対に思わないが、今日は少しキュンときたのだ。
「君って意外と意地悪だよね〜」
「普段の行いの所為じゃないですかね〜?」
普段の怒りが篭ったかのような笑みを向けられ、緋月のアホ毛はしなしなになってしまった。
「葛っちゃん、ボクのこと嫌い?」
「……なんですか、バカップルの問答でもしたいんですか?」
緋月の言葉を遠回しに言いたく無いと伝えると、緋月はムスーっと頬を膨らませて、トントンと葛葉の腹部を拳で叩くのだった。
「いたっ、いたっ、痛いですよっ」
「このっ、バカは葛っちゃんのほうでい!」
不満たらたらな顔で緋月は葛葉を睨んでは、トントンと腹部を叩き続けるのだった。
葛葉はそんな緋月の拳を止めて、緋月の目と自分の目を合わせて顔を近付けて優しく語りかけた。
「……緋月さん、好きですよ。なんだかんだ言って、お世話になっていますし、楽しいですから」
「―――」
葛葉の急な口説きに緋月の顔は見る見るうちに真っ赤になっていった。が、赤くなる緋月に葛葉は無自覚なのか首を傾げていた。
「ひ、卑怯だよぉ、葛っちゃん……ッ」
「へ?」
顔を伏せ手で顔を覆う緋月に、葛葉のクソ雑魚CPUな脳では処理できず疑問符だらけの頭の中で、どうしたのかと考えていると、
「良いしょっと」
「……もういいんですか?」
緋月が葛葉の膝の上から飛び降りてしまったのだ。
緋月の暖かな温もりが無くなっていく感覚を覚えながら、葛葉は背伸びをする緋月へ尋ねた。
すると、
「うん、君がボクのことをちゃんと好きって、思ってくれてるのが知れたからね。だからもう満足だよ」
葛葉へ振り返り、すっかりいつもの調子を取り戻した緋月は笑顔で答えた。
その答えを聞き葛葉は切り替えはえーっと思いつつも相槌を打つのだった。
「そう、ですか」
「あ、でも、ここには居させて? まだまだ葛っちゃんと一緒に居たいし!」
「別にいいですけど、辺なことはしないで下さいよ?」
いつもの調子に戻った緋月ならばやりかねんと、葛葉は念の為に釘を刺すが、緋月は笑って無い無いと否定するのだった。
葛葉が渋々了承すると緋月は葛葉の背後へと周り、後ろから抱きしめるように腕を前に持ってきた。
葛葉は特段気にせずに、そのまま作業を続けるのだった。
―――自分が選んだ服を着ている葛葉の背中を見つめ、緋月は想いに耽っていた。
葛葉と律のやりとり。緋月も好きなのだ葛葉のことが。
どんな葛葉であろうと好きなのだ。それはきっと変わることはない、運命的なものだから。
だからヤキモチを妬いたのだろう。
だが、
(ボクはダメなんだ)
緋月の立ち位置は主人公の師匠キャラ。
なんなら主人公を成長させるためにすぐ死なされるが。そうそうない限り主人公とはそう言う関係には至れない。特別にはなれないのだ。
(でもいいさ。君の特別になれなくても、ボクはずっと君の隣にいる。君が帰ってくる場所を守る)
抱きしめる力を少し強くして緋月は心の中でつぶやいた。
(ボクは君が大好きだ)
と―――。
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