三十七話 一人の力では
五年前に私の母は戦死した。
昔から母は病弱なこともあり、父はずっと前から母が戦闘に参加することを嫌っていた。
だが母はとても強く、いくら父の権力があったとしても母の強さは私情のみでどうにかできるレベルではなく。言ってしまえば母は国民的スターだったのだ。
父がいくら軍部に進言しようと、国民や戦場で戦う者達の士気を上げるためにはそれは受け入れられなかった。
そして五年前。【星を眺める者】討伐作戦の際、母は討伐軍の撤退の殿を務め、【星を眺める者に】が封印される寸前に大ダメージを与えた際に瀕死の重傷を負い、応急処置も虚しく息を引き取ってしまったのだ。
父は自分の手の届かぬところで母が死んだことに酷くショックを受け二日間部屋に飲まず食わずで引きこもってしまったのだ。
それは父だけでなく自分自身にもだった。
祈りに、何も出来なかった自分に、仕方ないと思ってしまうことに、とにかく全てに苛立ち全てを恨んだ。
そして母の死後三日に予定されていた葬儀が、予定通り執り行われた。
流石の父も部屋から出てきて参列した。
英雄の死体は塵すら残っておらず葬儀することも出来ないため、黙祷となった。
戦死していった兵達にも、黙祷が捧げられた。
王国は失意に呑まれ、活気が消え、いつ訪れるかも分からない世界の終焉に怯えた。
そして父は毎日、半日もの時間を母の墓の前で立ち尽くすことに費やしていた。
何も気力が出ない上に、生きる希望すら失ったのだ。娘がいると言うのに。
悲しかったが、恨めなかった。同じ気持ちだからだ。
娘が居るから、娘が居るんだから、いつまでも落ち込んでんな。そんなデリカシーのないことを誰も言えるわけがなかった。
最愛の妻を失ったのだから―――。
「―――だからって悪魔となんて‼︎」
緋月と話し、緋月と葛葉、鬼丸の三人が隙を作ってくれるまでの間、クロエは待機することになった。
そしてその間にふと、昔のことを思い出したのだ。
「……」
肩を振るわすクロエの姿を、五十鈴は眉を顰めて眺めていた。
五十鈴もクロエと似たような経験をしている。
祖父が行ってきた所業、あってはならない行為。
アイシュリングも同様で、王国貴族、それも公爵家の者が悪魔に魂を捧げるなんてことはあってはならない。
大切な者を失った人間のすることは、凡人にも秀才にも理解はできない。
「っ、クロエ様。合図です」
そして五十鈴は戦っている最中の緋月がニッコニコの笑顔で手を振ったのを見た。
すかさずクロエに声を掛け、合図が送られてきたことを伝えた。
俯かせていた顔をクロエは上げた。
手に握る剣を構えて、キッと鋭い視線を向けた。
「行きますわ‼︎」
「了解しました」
クロエは掛け声を上げ走り出した。五十鈴も与えられた役割を果たすために後を追うのだった。
英雄が戦っている。一心不乱に、がむしゃらに戦っている背中を眺めてクロエは思った。
かっこいいと。
「私もああなりたいですわ……」
輝く星々のような、人々の行く末の先にいるような人間に。それは葛葉の戦いを見たからではない、クロエの母がそうであったからだ。
「っ!」
両刃剣を腰の高さに固定しグングンと速力を上げていく。
そんなクロエの周りでは葛葉達が、クロエの速度に合わせながら迫ってきている攻撃を全て防いでいた。
胸の中で何度も感謝をしながらクロエは目指した。
悪魔の心臓部にいるアイシュリングの下へ。
「ッ‼︎」
はっきりとアイシュリングの姿を発見したクロエは、長い間戦い続けてボロボロになった屋上の瓦礫の上を飛び乗って行く。
攻撃がクロエに迫るが、やはり葛葉達に阻止されてしまうのだった。
やがてクロエと悪魔の距離は縮まり、その距離は目と鼻の先となっていた。それに伴い、悪魔の攻撃は激化する。
視界の端で葛葉が腹を貫かれたのを視認するが、クロエは葛藤を押し退け、剣を上段に構えた。
そしてその剣を悪魔の心臓部に刺し込んだ。
すると光が放たれた。一筋の閃光が、剣を刺した箇所から漏れ始めたのだ。
「……っ‼︎ ……目を、覚まして、下さいまし‼︎ お父様ッ‼︎」
心臓部で眠るアイシュリングを守るかのように覆われる硬い保護膜、それを何度も叩き何度も声を掛けた。
すると、ググッとアイシュリングの瞼が動いたのだ。
クロエが合図を送るよりも早く合図を送った五十鈴のおかげで、葛葉達がすぐに動いた。
支配が弱まった今しか、アイシュリングの手を取り、引き離す術はない。
「行っけ〜‼︎ 葛っちゃぁ〜ん‼」
緋月の掛け声に背を押してもらいながら、葛葉はナイフを逆手に持ち替え、悪魔の心臓部の硬い保護膜を切り裂いたのだ。
そして心臓の中に入り込み、アイシュリングの手を取り引き抜こうとした、その時だった。
再び閃光が走り、辺りは眩く照らし始めたのだ。
それはアイシュリングと葛葉を覆って、視界を白く染め上げるのだった。
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