三十六話 英雄とは
「―――」
ぽっ、と鬼丸の頬が赤く染まった。
乙女らしく真っ赤な顔を逸らす鬼丸だが、残念なことに葛葉にはそれは見えていなかった。
葛葉が見ているのは、幾星霜に紡がれてきた遍く御伽話の断片だ。
『英雄だからどうしたと言うのだ‼︎ 悪魔の前では英雄だろうと勇者であろうと、無力であると知れ‼︎』
ケルベットは自身の全身全霊を以てして、全力で葛葉を潰しに掛かった。
圧倒的な力の差を前に、不可逆の前に、英雄は倒れるのみ。英雄は神ではないのだから。
「大馬鹿者、それをどうにかするのが英雄じゃろうが」
ケルベットの攻撃と共に同時展開される合成魔法。百を超える魔法陣から魔法が飛び出すが、稚児の悪足掻きだと葛葉は一蹴した。
合成魔法の猛攻が悉く敗れ去った。
もう手立てがないケルベットは自身の攻撃に頼るしかなかった。
超巨大な拳を葛葉下からに突き出したが、それは指間から肘にかけてまでを割かれてしまった。
そして葛葉がその腕を横に一閃、二閃と剣を振るって切り落とし、ガラ空きのケルベットの首に大剣を刺し込んだのだった。
「征け、葛葉」
葛葉の背中を見つめる鬼丸はボソッとそう呟きを漏らした。
そんなちっぽけな声でも葛葉にはきちんと届いたのだ。
「―――ッ‼︎」
葛葉はケルベットの首に刺さった大剣にグッと下方に力を加えた。すると大剣は悪魔の身体を豆腐を切るように裂いていったのだった。
屋上で激戦が繰り広げられている中、息を切らし床に座り込んでいるクロエ達は全員無事か確認をとっていた。
「クロエ様、全員居ます。犠牲者は居ません」
全員の無事を確認し終わったシオンはクロエに報告をした。
「ありがとう、シオン。……五十鈴さん」
クロエはその報告を聞いて、確認してくれたシオンに感謝し、屋上を見上げている五十鈴に声を掛けた。
「はい」
五十鈴はクロエへゆっくりと顔を向けた。その顔が、今にもあの部屋へと走り出しそうなのを堪える、そんな顔になっていることに気が付かず。
「行ってください。葛葉はあなたの大切な人なんでしょう?」
「……私は」
お願いと言われたことがある。
故に五十鈴はここを離れるわけには行かないのだ。
「―――ちゃーん‼︎」
そんな葛藤をしていたい五十鈴とクロエの間に落ちてくる声と謎の影。
地面に人型の穴が出来二人はその中を覗いてみると。
「クロエちゃん、五十鈴っちゃん! 一緒に来てちょ!」
穴から顔を出した緋月が二人の顔を交互に見てから手を取り跳躍した。
一気に三人は屋敷の屋上まで飛んでみせたのだった。
そして二人は見た。
五十鈴は巨大な悪魔と互角に戦う葛葉と、それをサポートする鬼丸の姿を。
クロエはその巨大な悪魔の核たる心臓部に居る父の姿に。
「君しかいないんだ」
呆然としていたクロエに掛けられた声。
クロエが振り向き目にするのは、何かを託そうとする緋月の瞳だった。
「アイシュリングを救うことが出来るのは君しか居ないんだ。あいつがまた、この世界に戻ってくるには、君しか」
託そうとしているものは、実父の命とこの戦いの行く末。緋月は多くは語らなかった。
ただアイシュリングのことのみをクロエに伝えたのだ。それはあまりクロエに負担をかけないようにと。
「……やってみせますわ」
「っ。ありがとう、クロエちゃん!」
クロエの解答を聞き、緋月は虚空庫から新しい大剣を取り出した。
これから葛葉、鬼丸と協力してアイシュリングとクロエを引き合わせるためなのだ。
「五十鈴っちゃん、クロエちゃんの護衛をお願い。ボクと葛っちゃんたちがあれを食い止めるから!」
「……っ。分かりました」
一度葛葉の姿を見て、五十鈴は緋月へ向き直って了承するのだった―――。
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