三十五話 最後の
お久しぶりの投稿ですね!
「―――緋月さん‼︎」
衝撃に固まっていた緋月の身体を動かしたのは葛葉の言葉だった。
「ッ!」
迫り来る凶爪を緋月は空中で身を翻し回避した。
ブンッという大気が揺れる音が緋月の耳朶に響いた。
「っと!」
攻撃を回避した緋月はそのまま葛葉の直ぐ近くに着地し、久々の再開にハグをしたいところだったが、それグッと堪えて大剣を構えた。
「葛っちゃん……出番だよ」
「……強そうですよ」
「うん」
「勝てるんですか?」
「さぁ?」
「死んじゃうかもしれないです」
「だね」
緋月の言葉に葛葉は思ったことをそのまま答えた。
問いや可能性を口にする葛葉、だが緋月は適当に返していた。
「でも」
「……」
「勝ちますっ、絶対に‼︎」
「―――いっちゃえー! 葛っちゃぁーんッ‼︎」
葛葉が宣言をすると、その宣言を待ってましたと言わんばかりの顔の緋月が大剣を宙に放り投げ、握り拳をケルベットへと突き出した。
宣言と共に走り出していた葛葉は緋月が投げた大剣を手に取り、崩れ落ちた天井の残骸を伝って行き、この屋敷の屋上へと躍り出た。
「っ!」
目の前にいるそれに一瞬だけ気押されるものの、葛葉は大剣の柄を握り直した。
そして大剣を大上段に掲げ、少しのタメのあとに振るった。その大剣の斬撃は悪魔の肉体に深い傷を負わせるのだった。
「―――っつ。『灼熱の大気、噴き出す猛龍』」
攻撃後、葛葉は綺麗に着地し悪魔の股下を通りながら大剣で攻撃を加える。のと同時に並行詠唱も行っていた。
「『この身を侵すモノ須らく灰燼と帰す。心せよ―――』」
溢れんばかりの魔力が熱を帯び、次第に葛葉の瞳が発光し出した。
詠唱は次の一節で完成する。
「『この身は絶対の不可侵と知れ―――【紅焔鎧―光冠彩層―】』」
葛葉の詠唱が終わり、魔法が発動した。
葛葉の身が淡い焔に包まれ灼熱の大気を纏った。その温度は一千億。
あとは光冠、彩層の時と同じく、頭に小さな冠を戴冠させ、背には赤の外套が垂れた。
もはや想像すらできない域の超高温となったのだ。
『死ね‼︎ 合成魔法【暗黒炎豪落雷―――ッ‼︎】』
悪魔のその詠唱と共に魔法陣が展開されるが、それは魔法というよりも天変地異と言った方が適切だった。
暗雲が次第に立ち込め始め、雷鳴が轟くと雲の中で焔を纏う黒龍が泳いでいた。
魔法というには些か超常が過ぎているそれを、葛葉や緋月はぽけ〜っと眺めることしかできなかった。
その時だった、
「わしの真名を以てして、いざ開かれん‼︎ わしの名は【鬼神魔王―――大嶽丸】じゃ‼︎」
バッと姿を現した鬼丸に、その場の全員の視線が向かった。
葛葉達のいた部屋から屋上に這い上がった緋月も。
「天変地異はわしの専売特許じゃッ! 覚悟せいよ、悪魔風情が! わしの力見せてしんぜよう‼︎」
依然ツノは生えたままの鬼丸は悪魔に手を向け、詠唱を唱え始めた。
「『呼ぶは万雷、降るは星屑の灯、黒雲立ち込める天穹―――燈よ大地を照らせ【迅雷火雨―雨霰―】』」
詠唱と共に現れた黒雲が天を覆い陽光を地上から奪った。そしてどこからともなく鳴り響く雷鳴。
そして黒雲に浮かび上がる無数の星屑―――否、黒雲に鏤む無限の灯―――が落ちてくるのだった。
「千万無量、遍く星々に射抜かれ朽ち果てるがよい‼︎」
キラッキラの満面笑みで言う鬼丸。その背後からは鬼丸の言う通りの千万無量の火の雨が降ってきていた。
降り頻る火雨は余すことなくケルベットの身体を射抜いていった。
広範囲攻撃である鬼丸の術の火雨は、当然葛葉達にも当たるのだが、それらは葛葉達には無害だった。
無害どころか葛葉達の身体を完全にまで癒したのだ。
「っ、これ……!」
ボロボロだった緋月の身体がみるみる内に全快になり、怪我なんて嘘だったかのようだ。
それは緋月だけでなく、外で息も絶え絶えだった五十鈴達、木陰の側で横たわる律、地面に伏した瀕死の戦闘メイド達。全てを癒しの火が優しく包み込んだのだ。
「くっはっはっはっ‼︎ どうだ、見たか! これがわしの力よ!!」
自慢気に腰に手を当てて高らかに笑う鬼丸。
実際凄いので、葛葉は鬼丸に温かい目を向けた。
『くだらん‼︎ 何が火雨だ‼︎ こんな物、地獄の業火の方がまだ温かいわ! 合成魔法! 【豪雷黒炎雷―――ッ‼︎】』
雷鳴が轟き炎を纏いて大地に黒雷降り注いだ。地面を焦がし、大地を裂き電紋を刻んだ。
避けようとする葛葉達にも雷は落ちた。
全身の細胞が沸騰するかのような苦痛の後、全身の筋肉が痙攣を起こした。
まともに立つことすら不可能となった。
なによりも、横隔膜が痙攣し息をする事すら困難となってしまったのだ。
「葛葉よ‼︎」
誰よりも復帰が早かったのは鬼丸だった。
悪魔の攻撃が迫る葛葉に手を伸ばし声を掛けたのだ。
葛葉は瞬時に鬼丸の方へと横に飛び、悪魔の攻撃を間一髪の所で避けたのだった。
「無事か!」
「無事! まだ行ける‼︎」
大剣を構え直し葛葉は背中越しに鬼丸を見た。
そして鬼丸が金棒を担ぎニコッと笑っているのを見やって、前を向いた。
自分突っ走るのみ、鬼丸が合わせてくれる! という考えのもと駆け出した。
「『―――其は永遠に語り継がれる御伽話』」
途端、葛葉の頭の中に浮かび上がる文字群。
葛葉はそれが何が瞬時に理解した。
鬼丸も葛葉の顔を尻目に見て理解した。
「『魔を滅し、邪竜を滅ぼし、希望足り得る英傑よ』」
悪魔の拳が図体に似合わぬ高速で接近。葛葉の上半身を吹き飛ばそうとして、鬼丸によってひしゃげられる。
「『万世平穏の世、理不尽な差のない世、道半ばに朽ちた偉人よ』」
葛葉の大剣が悪魔の丸太のような脚を切り落とし、迫る拳を細切れにした。
「『死屍累々、子々孫々に継がれた御伽話は此度の代で終幕となる』」
それは遍く人々の、英傑達の意思の集合体。願いの最果て。
「『十年一日の時を、永劫の時を』」
繰り返された歴史。繰り返される歴史。同じことを何度も、何度も……。
「『今この瞬間我が身、天上より賜れし宿命を授かる』」
だがそれもこの、
「『幾星霜の思い、最後の役目。……私は【英雄―――ッ‼︎】』」
最後の【英雄】の出現と共に終わる。
英雄はもう現れない。最後の英雄がいるのだから。
此処に、最後の英雄が。
読んで頂きありがとうございます!!
面白いと思って頂けましたら、ブックマークと評価をお願いします!!