三十話 超人対【英雄】
超人血清とかはありませんがね
「―――クロエ様。正面玄関からこの屋敷を脱出いたしましょう」
「……この状況で?」
五十鈴の唐突なその言葉にクロエは正気を疑った。
皆疲労困憊の上、長年の友だったりの死を目の当たりにし士気がガタ落ちしたこの状況で、敵の包囲網の中に自ら向かう必要はないというのに、五十鈴がそう提案したからだ。
戦わず、この場で隠れていればよい。
「はい。今、正面玄関に敵はいません。いまが好奇なんです」
「じょ、冗談じゃないわ! もう皆んな死ぬ必要ないのに!」
五十鈴の言葉を黙って聞いていたクロエやアヤカ達以外のメイドが、五十鈴の言葉に反感を抱きヒステリックに喚いた。
五十鈴は自分の不甲斐なさに下唇を噛み締めた。
この時、葛葉ならばと、いい人物を頼ってしまう自分の弱さにも。
「み、皆さん……っ‼ 今が、今しかないんです! 今ここを逃せば―――」
口下手な五十鈴に人の心、死という名の恐怖心に囚われた、人間を動かす言葉は発せない。
無力な自分にイラッとし、さらに下唇を噛み締めた。その時だった、ガゴンッと直ぐ目の前の壁が壊されたのだ。
『―――っ⁉︎』
音を立てて壁が崩れ部屋に白煙が立ち込める。
五十鈴を含めたその場の全員がその崩れた壁の方に顔を向けるのだった。
その先にいたのは、
「……ッ‼︎ 葛葉様っ⁉︎」
ボロボロの身体にボロボロの武器を持った葛葉だった。
「……っ。五十鈴……? クロも」
五十鈴の声に顔を振り向き、葛葉は驚くように声を漏らした。
「っ! 五十鈴‼︎ 今直ぐここから逃げて!」
その葛葉の声と共に再び壁が音を立てて激しく破壊された。次の瞬間葛葉の身体が吹っ飛び、五十鈴達の方へ葛葉の身体が飛んでくるのだった。
「ゔっ……はぁ、はぁ」
咳き込みボロボロの身体でも葛葉は立ち上がった。
ナイフを構え、目の前の武装兵と相対する。
後ろにいる五十鈴達を守るために。
「辛そうだな」
武装兵は丸腰で、苦戦する要素はないと思われるが、葛葉のナリを見れば何かトリックがあるのだと察せれた。
痛みと息切れにより葛葉は武装兵が言う通り辛そうであった。
「辛くても気合いで、頑張るよ」
「死んでも知らんがな」
ゆっくりと向かってくる武装兵に対して葛葉が、緩かった構えを隙が一切無い構えと変えた。
武装兵の言葉に乗らず、葛葉は冷静に勝利の糸口を探す。そして後ろで突っ立っているだけの五十鈴に、
「……みんなの避難をお願い」
目配せし懇願する葛葉に、五十鈴は深く頷き力強い声で返事を返して、すべきことに取り掛かる。
後のことを任せ、葛葉は再びステゴロの武装兵と戦い始めるのだった―――。
―――戦闘をしながらも部屋を出ていく最後尾のメイドの後ろ姿を見届けて、葛葉はやっと全力で集中して戦えるようになった。
「随分と余裕があるなっ!」
武装兵の突き出す拳は木製の机を木片に変えて空振りに終わるが、葛葉の回し蹴りは武装兵の首へとヒットした。
そのままの勢いで吹っ飛ばせれば良かったが、武装兵の身体は岩のように動かず、葛葉は逆に足首を掴まれてしまった。
そしてそのまま武装兵は葛葉の身体を片手一本で持ち上げては、そのまま床に激しく叩きつけた。
「いっ……⁉︎」
背中の痛みに肺の空気がなくなる感覚。葛葉は目の前がチカチカするのを覚えながらも再び立ち上がった。
『スキルキャンセラー』は未だ健在しており、葛葉はスキルが使えないでいた。だが武装兵は違った。バリバリにスキルが使えているのだ。
「……卑怯じゃない?」
「卑怯じゃなく、工夫だ」
スキルが使える武装兵に文句を言ってみるものの、なんの効果もなかった。
その武装兵のスキルは、人という概念から遥かに逸脱した頂上の身体能力だ。
「スーパーマンにでもなったつもり?」
「いや、キャプテン・アメリカだ」
と葛葉は余裕そうに必死に戦闘を続けるのだった。
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