二十六話 ないものねだりしたくもなる
―――廊下に響く足音。
いつしかその音はグチャグチャと死体を踏みつける無慈悲なものへと変わっていた。
そしてその足音は止まった。ピタッと。
辺りを包み込むのは微かに音のする静寂だった。
「……【英雄】」
「あなたは誰?」
足音が止まった理由は単純明快、葛葉が新たな敵と接敵したからだ。
武装兵と葛葉は向かい合って身じろぎ一つとしない。
「襲撃者。……あまり名乗りたくないからな」
マスクとゴーグルの下にはどんな顔があるのか想像する葛葉だったが、いまいちピンとくる顔は浮かばなかった。
「……それは?」
ふとした瞬間、目の前の武装兵が懐から何かを取り出した。小型の精密機械のような何か。
ただ分かるのは、いち早くあの機械を破壊しなくてはいけない焦燥感だった。
「ちょっとしたひみつ道具だ。名前を……」
葛葉は片足を前に出し、もう片方の足を後ろへ戻す。そして身体を斜めにした。
ホルスターに自身の手が向かっているのを悟られないよう。
「『スキルキャンセラー』」
瞬間、二回銃声が鳴り響いた。
一発は武装兵の胸に、二発目は葛葉の肩に。
プシッと血が吹き出したのは葛葉の肩だけだった。
「っ‼︎」
葛葉はすぐに身を翻し近くの遮蔽物の裏へと滑り込んだ。
その際に三回、耳劈くような銃声が鳴り響いていた。
「勘がいいな、その上、銃の腕前も中々……」
「つっ」
肩の出血を抑えようと手で傷口を握り潰し、痛みに奥歯を噛み締める。
武装兵の吐く言葉すら聞こえないほどの痛みに、噛み締める奥歯が砕けそうになった。
「だが残念だったな、防弾ベストだ」
当然、葛葉の放った弾は武装兵の装備には無意味だった。
遮蔽物から顔をほんの少し出し様子を確認するが、それはますます葛葉の戦意を喪失させた。
「おおかた、このスキルキャンセラーを狙ったのだろうが焦りすぎだ。俺の心臓を撃ってるぞ」
肋骨痛ぇ、と嘆く武装兵。
スキルキャンセラーという名から察するに、今、葛葉はスキルが使えない。
「さぁ掛かって来い。今まで通り、悪人を人間とも思っていないように、無慈悲にその手を血に染めたように、俺と戦え」
初めて葛葉はきちんとした死を実感した。
今までならばスキルで致命傷だろうが瞬時直すことができていたからだ。
死はあの日以来、全く無縁のものと思っていたが……。
死はずっと近くにあったのだ。
「死ぬ気で来い」
「……」
銃を構える武装兵は目を大きく見開き、嬉しそうに身構えた。
武装兵の目線の先、そこには葛葉が遮蔽物から身を出して銃を構えていたからだ。
「死んでも勝つ」
スキルがなくても、今までの戦いで培ってきた経験はある。
スキルありきの、今までとは違う。
致命傷は許されない、動きは想像通りに行くわけがない、武器は今あるもののみ。
まるでゲームのハードモードのようだ。
(でもゲームで後がない状態は……不思議と上手く行く……‼︎)
そんな謎の自信を持って葛葉は走り出した。
武装兵は正確に葛葉へ照準を合わせて躊躇うことなく引き金を引いた。
情報が正しければ【英雄】鬼代葛葉はスキルが無くては何もできないインチキ野郎のはすだ。
のはずだった。
葛葉は飛んでくる弾丸を数ミリの所で交わし、近くの壁を蹴った。
一瞬の出来事に呆けていると、ナイフを取り出した葛葉が武装兵に向かって落ちてくる。
だが武装兵は身を捩って葛葉の攻撃を避けた。
「っ」
床に激突する瞬間、葛葉は前転の要領で手で衝撃を吸収した後回転して、勢いをそのままジャンプして立ち上がる。
そしてすかさずグロックを引き抜き、構えるとほぼ同時に引き金を引き切った。
武装兵は、銃弾が防弾ベストに当たったことによる衝撃からやってくる痛みに堪えつつ遮蔽物に身を隠した。
だが葛葉はその後を追い、遮蔽物の裏に隠れた武装兵に追撃を仕掛けた。
「ぁっ―――‼︎」
だが武装兵もただでやられる訳がない。
遮蔽物から自ら出てきて葛葉を取り押さえようとした、だが気が付けば足を崩され投げ飛ばされていた。
ドタンッと床に強く打ち付けられる背中。肺の中の空気が全て抜けてしまった。
そしてカチャッと額に押し付けられる銃口。
「……話が違うなぁ〜」
絶対絶命のピンチに男は笑うのだった。
読んで頂きありがとうございます!!
面白いと思って頂けましたら、ブックマート評価をお願いします!!