二十三話 残される者、残していく者
遅れてしまいすみません!
―――葉加瀬にも劣らない魔法陣の数を展開し、不可避の弾幕を展開する虚国の王だったが、緋月はそれら全てを避け、受け流し、着々と距離を詰めてきていた。
「ボクの相棒の方が! もっと凄いよっ‼︎」
大剣を片手で自由自在に操り弾幕を全て弾き落とす。
最強、化け物、チーター、反則、理不尽。それらの言葉を羅列しようとも現実は変わらない。
「アイシュリングを返してもらおうか! そんでもって‼︎」
地面にドンッと着地した緋月は、着地の衝撃で宙に浮いたそこそこの大きさの石を王へと蹴り付けた。
「責任を取らせてやらぁ!!」
腕で石を防いだ王の目の前には緋月が居た。
腹部を殴られよろめいたところに回し蹴りを喰らってしまった。
首から上がズレたかと思うほどの衝撃の後、王の身体は吹っ飛んで行った。
ガンッ、ガンッ、ガッドゴッ。と数多くの壁を突き破り、王の身体はスポッととある椅子に綺麗にハマった。
(くっ……っ、これは、玉座……!)
王の身体が綺麗すっぽりハマったのは玉座だった。
「王の間……か」
懐かしき悠久の昔から姿を変えていない王の間が視界には広がっていた。
「さ、王様。慈悲深ければ、その男を返してもらおうか!」
「……はは、返す? 酷なことを……」
緋月の言葉に思わず笑い、身体を借りている男を哀れに思った。
「この男の今までを観た。……幸せから一変し、破滅していく男の様を」
「……」
それは緋月も知っている。知っているが故に返して欲しいのだ、アイシュリングを。
「愛する者を突如奪われた者の心境とはこんなモノなのか……。胸が張り裂けそうで、感情は自然と消えていく、何もやる気が起きず死にたくなる―――それでも、この男は娘のため、国のために身を粉にし働き続けた。その結果がこれとは……ふふっ、ますます笑いが込み上げるな」
「……返せ」
知っているが故に緋月は―――。
「言ってやるんだ。ボクは、アイツに言ってやるんだ。娘はどうでもいいのか……って」
「……は? 話を聞いて居なかったのか? 娘の為に今日まで生きたのだ、この男は」
緋月の言葉に悪魔ですら苦笑を禁じ得なかった。
「じゃあ、なんで今。アイツは悪魔に魂を売り、あの世に行こうとする? 娘を置いて」
そこで悪魔も気がついた。
そう、この肉体の持ち主は娘のために頑張ってきたのではなかったのか?
「……死者は生き返らない、死者は喋らない。死者はただの物。物に縋る者は居ない、違う?」
「断言するか、貴様。存外、貴様らは酷い奴らのようだな」
「当然だよ、死は我々生きとし生けるものに与えられた真の平等だよ。死は救済……なんて言葉もあったかな」
「血迷っているな」
「だね」
コツ、コツ、と歩み寄ってくる緋月。
緋月の話す内容は悪魔の彼ですら驚かせる。
「死ぬからこそ尊い、死ぬからこそ愛し愛せる。違うかな?」
「たが死ねば愛すことも愛されることもないぞ」
「だからこそ尊いんだよ。そう思うことでボクは、どうにか気持ちを抑えた」
実体験、いつの間にか話は緋月の実体験となっていた。
「でもアイツには娘が居た。それでもアイツは魂を売った。娘を置いて、先に逝く親が何処にいるッ‼︎」
緋月が顔を上げると悪魔は息を呑んだ。
緋月の顔は怒りなのか哀しみなのか、憤怒なのか分からない。ただぱっと見は憤怒だろう。
だがよくよく見れば、それは憤怒ではない。
「置いて逝かれた痛みを知る癖にっ。置いて逝くなんて、親のすることじゃない! 痛みを知る人間のすることじゃない‼︎ まだ生きてるんだから!」
人にされて嫌なことはしない、と似たようなものだ。
痛みを知る人間が、誰かに痛みを与えることはあってはならない。
「ボクは怒ってるんだ、その選択がどんなに残酷でどんなに愚かなのか、どうして分からないんだって‼︎」
「……っ」
「残された人間の悲しみはどうなるんだって‼︎」
それは残された者の悲痛な心からの叫び。
「母を失った彼女が、どんな思いで生きてきたと思ってる! そして今、お前まで失えば、あの娘はこの先どんな思いで……」
「―――やかましい‼︎」
悪魔は緋月の叫びを遮った。
それは危機感からだった。緋月の悲痛な叫びは悪魔に対して向けられていたものではない。
その叫びが届くのは、決まっている。
「疲れ切ったのだ奴は!」
彼の行動を肯定しなければ、彼はまた生きたいと思ってしまう。生きるべきだと思ってしまう。
置いて行かれたからなんだ、置いていくからなんだ。
いつか必ずそれは訪れる、それが早まっただけに過ぎない。
それなのに、それなのになぜ人は……。
「貴様のエゴを押し付けるな! 会いたい者に会いにいくのを、どうして邪魔をする‼︎」
「間違っているからだ! 会いたいのなら天寿を全うしてからにしろ! それが限られた時間を与えられた者の義務だ!」
制限のかけられた時間を、なぜ制限の限界まで使わないのか。
無限を与えられた緋月にとって限りある時間はなんとも魅力的だ。
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