六話 祈った願い
瞑目し何かを祈っているのか数十秒だけ静かになった。
「私の母様をお救い下さいませ、私とお母様とお父様がずーっと共に暮らして行けるようにして下さいませ……と。ずっと願い続けましたわ」
でも、とクロエは言葉を続けた。
「お母様の容態は良くはなりませんでしたの。それどころか回復せず、お母様は一日の大半をベッドの上で過ごしましたわ。そんな折悲劇は起こってしまいましたわ」
キッとクロエの視線が鋭くなった。
「五年前のあの日、お母様は身体に鞭を打ち戦場へ赴来ましたわ。人類の存亡を掛けた大事な戦さ場へ」
五年前という単語は葛葉も良く耳にしていた。それは葛葉の前の【英雄】が命を落とした日であり、厄災の邪竜『星を眺める者』と人類が戦った年なのだ。
「結果はご存知の通りですわ。英雄は死に、賢者は命と引き換えに封印を施し、お母様はその時間稼ぎの果て力尽きた。……恨みましたわ神を、世界を、全てを」
その最後の言葉に込められた感情は到底筆舌できるものではなかった。
「祈りましたわ、ですが現実は変わらないですの。お母様は死んでしまいましたわ。私が大好きで私のことを愛してくれた、慈愛に満ち満ちた女神の様なお母様が」
もうこの世の何処にも存在しないですの。その言葉が葛葉の胸を締め付けた。
同じ気持ちを葛葉は味わっているからだ。
「恨み、嘆き、絶望して、私は一つの答えに行き着きましたの。私が弱かったから、誰かに頼ったから、祈る事しかできかったからお母様は死んでしまった……と」
「っ、それはっ」
「えぇ。今思えば違いますわね。でもそう思う事でしか私の心は救われませんでしたの」
誰も悪くない。それは確かだった。
「私は思いましたわ、何かを成し遂げたい時。自らの身を粉にして、自分自身の力で変えるべきなのだと。……当然ですわね」
だがそう思い立ってしまうには当時のクロエは幼過ぎるのだ。今のクロエは葛葉より一つ二つ年上くらいだろう。
「それが私が、自身の力のみで物事を解決しようとするかの理由ですわ」
クロエの話は葛葉の心をモヤモヤとさせて終わった。
なんとも言えぬ顔で立ち竦む葛葉に、クロエは「先に戻りますわよ」と言い残して、その場を後にするのだった。
残された葛葉は建物から出て空を見上げた。
茜色の空が徐々に遍く星々の光を宿した闇に飲み込まれていく様が葛葉の目には映った―――。
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