五話 葛葉は私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!
「……の」
「の〜?」
「の」
「の〜?」
たった一言が緋月の生殺与奪の権を握っていた。だが言葉如きに生殺与奪を握られるボクではない! という考えが脳内をよぎり、緋月は泣きそうな顔で覚悟を決めた。
「飲、む……訳ないじゃないですかぁ‼︎」
葛葉の引き金を引き、トリガーが半分くらいまで行った時、緋月は言葉を訂正した。
ダラダラと汗がナイアガラの滝のように流れ出て、緋月は極度の緊張から浴槽に座り込んだ。
「……はぁ。今日の葛っちゃん怖ない?」
「妥当じゃろが。自分の出汁を飲むとか阿呆なこと言いよる輩に銃口を向けるのは」
腕を組みながら葛葉のことだけ肯定して緋月には暴言を吐く鬼丸。ちぇ〜っと緋月が長い舌打ちをして、プイッと顔を背けてしまう。
が鬼丸には知ったこっちゃない。二人はそうやって葛葉が身体を洗い終わる、しばらくの間待っているのだった―――。
『―――はぁ〜〜〜』
三人一斉に湯船に肩まで浸かり大きく長く深い息を吐いた。
「気持ちぃの〜」
「ね〜」
「とろける〜」
三人が思い思いに言葉を吐き、湯船に溶けていきそうになっていく、そんな時だった。
「で、何でこの宿の浴場……日本の銭湯そっくりなのなんで?」
「ん〜?」
今、葛葉たちが背を向けている壁にはデカデカと見覚えのある我らが故郷の山―――富士山が描かれていた。
そして湯船は全て壁際で、真ん中には身体や頭を洗う場所、出入り口にはこの世界の文字で描かれた『ゆ』ののれんが垂れ下がっていたりと、まんま一緒だった。
「……葛葉よ、あっちも見てみるが良いのじゃ」
チョンチョンと唖然としていた葛葉の肩を突き、角際を指指す鬼丸。鬼丸の指が示す物、それは……、
「嘘……サウナまで」
「そして水風呂もじゃ……!」
サウナ室と言う札と注意書きのされた木の扉の横にメガネ置きがあり、そしてサウナ室から出たすぐ隣には水風呂があった。
「なん、だと……っ」
葛葉が驚くのを鬼丸がそれを面白そうにしていた、そんな傍で顎に手を付き、深く考え事をしていた緋月が唐突に拳を手のひらに打った。
「ここ、ボクが造らせたんだった〜。いやー納得納得、だね?」
「……ですよね」
緋月の言葉で葛葉と鬼丸は納得こそすれ、盛り上がりが萎えてしまうのだった。
すると鬼丸がテクテクと歩き出し、葛葉の目の前にやってくる。そしてバッと両腕を広げ葛葉へとゆっくり近づいていった。
「葛葉よ、抱っこじゃ!」
「えぇ、鬼丸500歳でしょ〜」
「アレ、ママぁ?」
抱っこと甘えてくる鬼丸には葛葉はママがよく言いそうな言葉を口にした。二人のことを見ていた緋月は、葛葉からママみを感じ思わず声に漏らしてしまった。
「いいのじゃいいのじゃ! 500年も生きとったら甘えとうなるわい」
「……ま、いいか」
甘えたさんの鬼丸に、葛葉は割とすんなり承諾した。そして鬼丸同様両手を広げた。ザパァと腕を湯の中から出し、それに伴い葛葉の美しい双丘も姿を露わに……、ピカッと何処からともなく謎の光が起きたのだ。
葛葉のお胸は光で隠され、緋月ががっくしと肩を落とした。
「この光どっから来てんのー?」
忌々しき光を睨み付け悔し涙を流すのだった。
そんなことは置いといて、胸に飛び込んだ鬼丸はぎゅーッと葛葉の背中に手を回し抱きしめる。
「おぉ……ママぁ?」
「違う」
鬼丸が驚きの表情から一転、潤んだ目で一度葛葉の胸に顔を埋め、葛葉のことを呼んだ。
「即答は草」
「16歳で500歳の娘を産んだ覚えはありません」
当然のことをスラスラと葛葉は口にした。
鬼丸が葛葉の胸に顔を埋め気持ち良さそうにしている光景を見てた緋月は寂しそうにしていた。
「緋月さん、腕なら空いてますよ」
と寂しそうにしている緋月に葛葉はそう声をかけた。
すると緋月はにぱぁっと顔を綻ばせ、葛葉の腕にしがみ付いた。
「……おぉ、確かにママだ!」
「だから違いますよ⁉︎」
腕に抱き着いただけでどうママみを感じているのか疑問だが、葛葉は即座に否定する。
「今日から葛っちゃんはボクたちのママってことで」
「意義なーし」
「意義ありあーり。二人のママじゃないですってば!」
葛葉のその否定に緋月はハタと察しがついたように固まった。
「世界中の人のママになるの⁉︎」
「聖母マリアでもねーんだよ」
怒涛のボケに葛葉のツッコミはついつい荒くなってしまうのだった。
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