十七話 不便で世知辛い世界。
気圧の例えがちゃんとしてるから不安です……。
律は傷口にポーションを掛けるのを一旦やめて、葛葉を見る。葛葉の雰囲気がいつもと違う。そう感じ、胸騒ぎがした。
「は、はい」
「だから、あの御者のおじさんと一緒にこの人を送ってって」
律は葛葉の言葉を聞き、手に持っていたポーションの瓶を地面に落としてしまう。
「そ、そんな! 葛葉さんはどうするんですか!?」
「他の生存者を探す」
葛葉は強くそう言った。揺るぎない意志を瞳に宿して。
その目を見て、その言葉に籠った感情を感じ取って、律は葛葉を止めようとはしなかった。
葛葉は歩き出す。その背中を律は見続ける。
自分は託されたことをする。あの人はきっと、きっと――。
葛葉は嘘を吐く。親しい人には何千と吐いてきた。
学校は楽しいと聞かれれば、その人が心配したりしないように嘘を吐く。
葛葉は……自己を犠牲にし、誰かを助ける。そんなカッコいい人間じゃ無い。自己を犠牲にし、誰も彼もを自分から遠ざけるのだ。
そうやって誰からも相手にされず、生きていきたかった。誰かと関わりを持ち、その関係が崩れる瞬間の辛さを痛みを……二度と味わいたく無い。
(……こっちか)
血痕と微かに聞こえてくる音を頼りに、葛葉は森の奥へ奥へと進み歩く。
周りを見ても生存者は居ない。当たり前だ……この惨状で生存者が居るなんて、端から期待などしてないのだから。
律を巻き込むのは駄目だ。律はもう、パーティーメンバーなのだから。
「――っ。あれか!」
木々の間から見える家。ここが鬼族の里。
だが里は火の海になっていた。家に火が移りまた移る。木造建築の家はすぐに火の勢いを強めていく。
そして人が焼け焦げた臭いが、嗅覚を狂わせる。今までに嗅いだことのない、先程の血と臓物の匂いとは全く異なった臭いだ。
嗅いでるだけで頭がくらくらし、吐き気を催す。
「くっ……気持ち悪ぃ」
口元を抑え嘔吐しないように深呼吸をしてしまった。
「うっ!?」
案の定、こんなどぎつい臭いを鼻でいっぱい吸ってしまったのだ、もちろん喉まで出かかった。
あの嘔吐した感覚が喉にあり、気持ち悪いのと臭いのキツさに、頭痛がしてくる。
木に手をつけ寄り掛かり、吐き気が引くのをただ待つ。この世界に来て、初めて人の死を見た。
吐き気も頭痛も、だいぶ良くなってきた頃、葛葉の耳に剣戟の音が届いた。
先程から聞こえていた音だ。
「――っ!」
それが聞こえたと同時、葛葉は走り出していた。何故走るのか、何故向かうのか。葛葉には分からない。
でも、今何かと戦っている人物に合わなくては駄目な気がして、合わなければ何もかもが変わってしまう気がして、だから走る。
次第に強まっていく魔力濃度。魔力を殆ど持たない葛葉には、かなりの魔力負荷が掛かる。
魔力濃度とは、水圧とか気圧と同じで、魔力の濃さで外から中へ押し込まれること言う。気圧の方が分かりやすい。人間は気圧に常に押されているが何の感覚も無い。外から空気で押されているの同様に、人間の体内の空気が押し返しているからだ。
魔力も気圧と同じで、外から掛かる魔力を体内にある魔力が相殺しているのだ。
でも、それは外の魔力と内の魔力の押し押し返す力が対等な場合のみで、外の魔力が体内の魔力より押す力が強い場合は、ペシャンコになる。
そして内の魔力が押し返す力が強ければ、身体は空気を入れすぎた風船のようにパンパンになり、破裂する。今の魔力濃度は、葛葉が持っている魔力より少し高く、ちょっとした圧迫感が全身にある。
「ほんと、世知辛くて不便な世界だ」
愚痴をこぼしたくなるのも、仕方ないだろう。
読んで頂き、ありがとうございます!
魔力の負荷を、気圧の例えにして説明しましたが……自分の説明でちゃんと理解出来てくれたか不安です……。