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五十五話 もう誰も

「皆さん‼︎」


 『八岐大蛇』の亡骸を抱き疼くまる葛葉を遠目で見ていた律達に、ミハヤが声を掛けてきた。

 切羽詰まった顔で肩で呼吸をしながら。


「……ミハヤ様」

「場を弁えず、すまない。だが、早くこの場から撤退せねばならない」

「何が起きたんですか……?」

「魔獣の大群がやってくるのだ。……我々は撤退の準備を既に進めている、皆様もお早めに」


 そう言い伝えるとミハヤは一礼して、撤退の指揮をとりに戻っていった。

 律や五十鈴は気の向かぬまま葛葉の下に歩いていく。

 葛葉との距離か目と鼻の先程になると、啜り泣く声が聞こえてきて、二人の胸が締め付けられた。


「葛葉さん……」


 律が葛葉の肩に手を置いて寄り添うように抱き着いた。葛葉の胸の中で息絶えたアシビアの顔は、とても殺した相手の胸の中で死んだとは思えない顔だった。


「……葛葉様。僭越ながら申しますが、今はこの場からの撤退を。その子の死を憂う暇はありません……」


 胸が張り裂けそうになった。五十鈴は奥歯を噛み締めて、啜り泣きながら肩を振るわせる葛葉へ、そう言ってしまった。

 葛葉のために尽くすと誓ったのにだ。これでは葛葉だけのたった一人のメイドとして失格だ。とそう思っていた時だった。


「……ごめん、二人とも。もう、大丈夫……っ」


 立ち上がりアシビアの死体をお姫様抱っこしながらも、葛葉は凛とした表情を浮かべた。

 目元の涙は律がハンカチで拭き取った。


「行こう。魔獣が来てるんだよね、じゃあ早くしないと……」


 挫けそうな凛とした顔で葛葉は歩き出した。だが律は心配そうに葛葉の横顔をチラッチラッと見ながら隣を歩く。

 五十鈴も心配そうに歩く速度を合わせていた。

 そうしてる三人の横を東兵達が走り抜けていく。


「? なんでしょうか?」


 慌ただしい兵士たちを見ながら、律は疑問符を頭に浮かべた。


「……死体回収ですね」


 東兵の様子を見て五十鈴は答えた。散っていった戦友達の亡骸を醜い魔獣達に辱めさせないために、回収をしているのだ。

 律がその姿を視認し、他の所でも同じことをしているのに気付いて、モヤっと顔を曇らせた。

 ふと葛葉の顔を見やると、律は少し驚いた。


「―――っ。葛葉さん、顔が怖いですよ……?」


 普段の葛葉が到底しないような顔を浮かべていた。

 律のその言葉も届いていないのか、葛葉は静かに前方にあるであろう街を見つめていた。


「お前らぁ‼︎ 逃げろぉ―――ッ‼︎」


 そんな時だった、葛葉達は背後から声を掛けられたのだ。振り返ればそこには小隊規模の兵士達が大型魔獣に追いかけられていた。

 その大型魔獣の背後にも大量の魔獣が獲物を求め、涎を垂らしながら兵士達を追いかけていた。

 その先頭にはアサヒが居た。


「っ。律、五十鈴、鬼丸。先に行って、私は……アサヒさんの撤退を手伝うから」

「そっ、そんな! 葛葉さんっ‼︎」

「律、アシビアをお願い。……」

「葛葉様っ、看過できません……‼︎ 今のあなたは」


 葛葉がアシビアを律に預けようとしても、律はそれを拒否した。そんな葛葉の手首を五十鈴がガシッと力強く握ったのだ。

 その顔は泣きそうで辛そうな、そんな顔だった。


「今の私は危うい?」


 葛葉は五十鈴の言葉を継いで口にした。


「…………はい」


 すると五十鈴は言いにくそうにしながらも、首をコクッと動かして、葛葉の言葉を肯定した。


「……うん、私も否定できない。けどね、今はただ誰一人死なせたくないの」

「……なら、約束です。必ず帰って来てください……!」


 葛葉は五十鈴の頭を撫でると、律にアシビアを託しナイフを構え、走り出してしまった。


「……それはあなたの業ではないでしょうに」

「でも、それがあの人らしいです……!」


 掛けていく葛葉の背中を見つめて二人は、葛葉に言われた通りに先に行くのだった。

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