四十三話 自己犠牲は美しいようで
―――その10分前―――
「―――スミノ様! ここを抑えて!」
「っ、もう……!」
「つべこべ言わないで下さい‼︎ この冒険者様はっ、律様をっ!」
怠過ぎる上に痛過ぎて動かすことができない身体。耳に届いてくる緊迫した五十鈴の声と冷静なスミノの声に、眠っていた葛葉は目を覚ました。
痛みに堪えつつ上体だけ起こそうとして、ぷにっと手が柔らかいものに当たった。
「……律?」
柔らかいものとは、それは律の手のひらだった。
頭の上に疑問符を浮かべながら律に改めて声を掛けようとして葛葉は固まった。
破かれた服から覗く血に染まった包帯。全身傷だらけで酷く青白い顔。
全て普段通りの律とは無縁なものだ。
「り、つ? っ、律⁉︎ 律‼︎ 律‼︎」
何度も叫んだ。痛みなど忘れて。
何度も身体を揺らした。動かないことなど忘れて。
一生懸命に声をかけた。
「葛葉様!」
そんな時だった、葛葉の目が覚めたことに気が付いた五十鈴が声を掛けてきたのだ。
「五十鈴、ねぇ五十鈴! 律が……!」
「葛葉様、安心して下さい。律様は無事です、今は安静にしているだけです!」
錯乱している葛葉をどうにか宥めた五十鈴。葛葉は律から視線を外し、五十鈴へと向けた。
そうしてやっと気が付いたのだ。
両手は真っ赤、顔も所々赤い液体が付いており、服は捨てないと駄目なほどに真っ赤に染まっていた。
「……五十鈴っ、怪我したの⁉︎」
「いえ、違います。私ではなくて……」
段々と言葉尻が弱くなっていく五十鈴、チラッと五十鈴の見やった方を見れば、そこにはスミノの姿もあった。
必死に何かを抑えるスミノの姿が。
「っ、血が止まりません! 液状回復薬はありませんか⁉︎」
「っ。私は、もうっ」
スミノが五十鈴へ振り向き声を掛け、五十鈴はアイテムポーチの中を探る。だが既にポーションは使い尽くしていた。
それもそのはずでスミノの周りには何本ものポーションの空き瓶が落ちていた。
「……私、持ってる!」
「っ、鬼代様!」
葛葉は自分のアイテムポーチの中に一本だけポーションがあることに気が付くと、自然と走り出していた。
そしてスミノの隣に着くなり地面に膝をついた。
「ポ―――ッ⁉︎ イサオさん⁉︎」
スミノにポーションを渡す際に横たわる人物の顔を見て、葛葉は驚きの声を上げてしまった。
大粒の汗を額に浮かび上がらせ、浅い呼吸を繰り返し、見たこともないほど顔色が悪い人物。
それは前に会ったことのある男性冒険者、イサオだった。
「よ、よぉ。嬢ちゃん、か……どうだ……無事、かー?」
絶え絶えの言葉だとしてもイサオは、葛葉を心配させないように前と同じ調子の声で語り掛けようとする。
ふと、葛葉がスミノの抑えている箇所を見ればそこからは大量の血が溢れていた。
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