三十二話 其れは哀れな子らを解放する物語
「―――っ!」
ぼんやりとして居た意識が鮮明になっていく。視界も晴れ、よく見えるようになった。
そして見た。三体に増えた『八岐大蛇』のことを。
「葛葉!」
鬼丸の声が聞こえるのと同時、三体の『八岐大蛇』が一をミハヤを葛葉を殺そうと、尻尾を振った。
確実な死に、避けられない死に、武器を構える隙もなく今度こそ死を覚悟し目を瞑った。その時だった。
「―――葛葉様ッ‼︎」
ガゴンッとそんな音が鳴り響いた。
瞑って居た目を開ける、とそこには盾で尻尾を受け止める鬼化した五十鈴が居た。
「―――葛葉さん‼︎」
葛葉が唖然としていると体が引っ張られた。目を向けると切羽詰まった顔の律が居た。
「……律? どうしてここに……?」
「魔獣は倒し終わりました‼︎ あとは『八岐大蛇』だけです!」
律の指差す方、そこから無数の声が轟いた。
兵士の雄叫びが冒険者の雄叫びが。
「―――なんや、大口叩きよったくせにみっともない姿やなぁ」
「っ、アサヒ! ―――死ねぇ!」
「ちょ何してん⁉︎ 阿呆、俺ちゃうやろが‼︎」
一の下にはアサヒが、ミハヤの下には鬼丸や東兵たちが駆け付けて居た。
魔獣は倒し終わった。
だがまだ残っているのだ。
「……葛葉さん」
律が刀を抜く『八岐大蛇』を見やって葛葉に振り向いた。
「行きましょう! 『八岐大蛇』を倒して、帰りましょう! ―――みんなで!」
「・・・うん……行こう。終わらせよう」
―――長く続く泣いている子が救われない物語を―――。
「―――あぁやっと、果たされるのですね。神話は、予言は、神託は事実だった……。今日まで長かった……。あなたの子供は救われます」
巫女は涙を流しながら天を仰ぎ見た。
何千年と続いた苦痛が終わるこの日に歓喜しながら。
殺せず石化させ封印することしかできなかった先祖代々の絶望が。死屍累々の屍達が見て居た。
いつになったらあの子は救われるのだ、と。
「―――巫女様! もう、結界が持ちません‼︎ あなた様だけでも‼︎」
外で戦って居た近衛兵の一人が部屋の中に駆け付けてくる。青白い顔で、ボロボロの装備を纏って。
「……なりません。私はここで見届ける義務がある」
「巫女様……! ですが‼︎」
「戦いなさい! ここで終わらせるのです!! これは、一国が『邪竜』によって滅ぼされる物語ではないのです!」
「ぐっ……。承知、致しました……」
本気の巫女に近衛兵は引き下がるほかなかった。
「……邪竜。本来なら、彼女達をそう呼んで言い訳がないと言うのに……ッ」
巫女は窓の外を見た。真っ赤な空の下にある山を、その山と山の間で戦い続ける彼らを想い、哀れな少女を想う。
「……どうか願わくば、神のご慈悲がありますよう」
邪竜を討伐すると言うことは、終わらせることなのだ―――。
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