十話 武を極め者共
腕がどういう構造かは知りません……。
「まだ、生きてるのか」
「……鬼、の力を……使わなく、ていいのか?」
「お前程度に鬼化するわけないだろう」
「……変わらないな。いつも、自分の……力を……過信する」
一瞬リリアルが笑ったように見えた。
その時だった、ブヂンッ‼︎ と何かが引き千切ぎられた音が直ぐ近くで鳴った。音は何か弾性の物を力ずくで引っ張り千切った音だ。
そして、その弾性の物とは、
「……――っ!?」
「油断のし過ぎなのだ」
自分の、玄武の筋肉であった。
玄武の後ろに悠然と立つリリアルの手には、二の腕あたりで千切られた玄武の腕がある。それにリリアルは逆方向に曲がっていた四肢も、腹部に刺さっていた刀もなく、リリアルの身体は無傷同然だった。
「――くっ! …………フフ、フハハハハ‼︎」
「とうとう頭が壊れたのか?」
「いや、まさか俺がこんな所で」
リリアルへと振り向き、腰に携えている短刀を抜く。利き手がない以上、利き手ではない方の左手でリーチも短くなった状態で、魔王軍幹部と戦わなくてはならない。
「志半ばで死のうとは。忠義の為にも最期まで戦い続けるが」
「今の貴様に、この魔王軍幹部リリアルの足止めができるのだと言うのだな?」
「……お望みの鬼化でな」
「なっ――⁉︎」
短刀を構え足に力を込め、地面を抉るように踏み込む。そして鬼族のみ許された絶対の力。
周囲の魔力、自身の魔力と生命力を奪う力。古の昔、神をも討ったと謳われる力。
「……目覚めよ、本能よ」
瞬間。次元が歪み空間にズレが生じる。空気は圧縮され、息が詰まる。世界が哭いているような、そんな錯覚を感じさせる程のプレッシャー。
これこそが神をも討った『鬼化』という力だ。鬼化の力は個人の潜在能力の高さに比例し、玄武ほどともなると鬼化をすればLvは10へとなる。
冒険者でもない彼が超人を卓越した更に上の存在、神の一歩手前の存在となる。
「……獣が」
リリアルが目にしているのはかつての仲間、武を極める尊敬の相手、信頼できる唯一の存在。そんな玄武は只々、本能に振り回される獣へと成り下がった。
そんな玄武へとリリアルはそう呟いた。
「よいしょっと」
馬車で二時間の場所にある鬼巣山。かつては鬼族との戦闘も起こった地であり。この地で、王都は大打撃を受けた……らしい。
教本にはそうとしか書いてなかった。
ずっと座りっぱなしだった身体を伸ばして、葛葉は目の前の山に目を向ける。木々が途切れ、馬車が通れるくらいの道があり、それは丸で怪物の口のようにも見れる。
「あ、ちょ、わわわ、わふぇぶ‼︎」
そんなことを思っていると、後ろで足が痺れて降りれなかった律が落ちていた。そんな律に葛葉は、全く……と言った表情。伸びを止めて、葛葉は律の元へと歩み寄り、律を立ち上がらせる。
「だから正座は辞めた方がいいって言ったじゃん」
「い、いえ! 武士になるにはこのくらい出来ませんと!」
「こんな惨めでダサい侍が居てたまるか」
「ひ、酷くないですか!?」
とデコピンされた額を抑えて、律が何処かの変態ギルド長と同じ反応をするのを見て、葛葉はニヤニヤしながら御者のおじさんの下へ行く。二人のやり取りを、微笑ましそうに眺めていた中年くらいの御者のおじさんは葛葉が近付いて来るのを見て、気を取り直すように咳払いする。
「はい、これ」
葛葉が閉じていた手を開くと、掌には運賃があり行きだけの料金の二倍の量だ。
「ん? 量多くないかい?」
「帰りも頼みたいんだけど……ダメですかね? クエストの薬草採れたら直ぐ戻るんですが」
「いや、構わないが……ここで待つだけでいいのかい?」
「はい! ありがとうございます!」
葛葉は一礼しお礼の言葉を告げ、律と共に鬼巣山の中へと言ってしまった。
「……娘を思い出すな〜」
二人の背中が見えなくなった頃、御者のおじさんは空を見上げて呟いた。
読んで頂き、ありがとうございます。
腕を引き千切るってどんな力なんでしょうね。