二十九話 敷布団っていいよね
「どう? 複雑な気持ちは?」
「む? おぉ、無くなっておるっ! よく分からんが、無くなっておる!」
葛葉の励ましが聞いたのか鬼丸の声は透き通った声になった。
鬼丸の抱いていた『複雑な気持ち』とは、きっとあの日、カナデが連れ去られたあの戦いの最後に、葛葉は常人だろうとチート持ち転生者だろうと、必ず死に至るような怪我を負った。
後々葉加瀬に「助かったのは奇跡だよ」と言われたあの怪我。
鬼丸が葛葉の下に駆け付けたのは、治療を始める寸前だったらしく、華奢な身体に無数の矢と、大きな槍が刺さった姿を見てしまったのだ。
よく最近は葛葉が擦り傷や、ささくれ程度ですら、負うと鬼丸は顔を曇らせていたのだ。
(心配してくれるのは嬉しいんだけど……過剰すぎるとなると)
逆に困ってしまう、と葛葉は絶対に独り言だとしても、口が裂けても言えないことを思ってしまうのだった。
「葛葉よ、討伐の日にはわしから離れるでないのじゃ! わしが完璧に守ってやろう!」
と鬼丸は葛葉の頭を撫で回しながら自信満々に言ってくる。乱れた髪を治そうともせずに、葛葉は「それはちょっと」とやんわりと拒否するが、鬼丸には伝わらなかった―――。
「―――葛葉さん、そちらを持って頂けますか?」
「んよ〜」
用意されたギルドの部屋、その中の畳の部屋で、葛葉と律が布団を敷いていた。今二人が持っている敷布団が最後の一枚であり、あとは掛け布団や枕等々を用意するだけだった。
皺を伸ばして敷かれた布団に、葛葉は早速その上へダイブするのだった。
「あぁ! ちょっと葛葉さん⁉︎」
「んん〜気持ちぃ」
久しぶりの敷布団に葛葉は幸せそうに顔を蕩けさせながら手足を動かした。伸ばして皺を多少はなくした布団が、葛葉が手足を動かすことで皺だらけとなってしまった。
そんな葛葉の突然の行動に、律は驚きながら声を上げるのだった。
「ちょっと葛葉さぁん‼︎」
「んふ〜」
「鬼丸さんみたいなことしないでくださいよぉ‼︎」
どんどん皺だらけになっていく敷布団を見ながら、葛葉を止めようと声をかけたが、葛葉には届かなかった。
ピタッと動きを急に止めた葛葉に、律はホッと安堵したが、皺が無くなったわけではないので複雑な気持ちを抱くのだった。
「……あ。律、はいこれ」
ピタッと止まっていた葛葉が、ガサゴソとポケットに入っている鬼丸から貰ったアクセサリーを取り出し、顔を上げて律に差し出すのだった。
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