一話 戦いの後
歓声が上がる闘技場から葛葉は退場していった。ギルド職員に肩を貸してもらいながら。
今、葛葉は『想像』と『創造』を使いまくった反動でまともに歩けず、まともに意思疎通も出来ない状態だった。
ほぼ意識を失っているのと同義だった。
「お疲れ様」
「副長、ギルド長はどうします?」
そんな葛葉の前に立ったのは葉加瀬だった。肩を貸していたギルド職員が姿勢を正し、広場にまだ寝っ転がっている緋月を思い浮かべた。
「大丈夫だと思うよ、疲れてるだけだから」
脇腹や鎖骨を刺されたが、緋月なら直ぐに動き出すだろう。
今は葛葉の治療が最優先なのだ。
「葵、朱連れていって」
『はい』
葉加瀬の背後からメイドの二人が姿を現し、ギルド職員に担がれている葛葉を、どこから取り出したのか担架に乗せて連れ去っていった。
迷いのない流れるような手付きで。
「怪我の絶えない子だね」
「あれって怪我って言うんですか?」
葛葉の姿を見送りながらポツリと呟いた葉加瀬に、ギルド職員は疑問を浮かべながらそう口にした。
外傷はほぼないに等しいのだが、スキルの乱用による精神的、魔力的なダメージが大きいのだ。
魔力と生命力はイコールであり、魔力が乱れに乱れ、修復できなくなればそれは死を意味する。
「魔力系の回復は複雑だから……起きるのはどれくらいかな?」
担架に乗せられ医療室へと運ばれていく葛葉を眺めながら、葉加瀬はまたポツリと呟くのだった。
ムクリと起き上がり、脇腹と鎖骨部のナイフを引き抜き投げ捨てる。血が吹き出し辺りが鮮血で染まるが、そんなのは些細なことだと、緋月は虚空庫から『万能薬』を取り出し頭からかぶった。
「ふはぁ〜……いつつ。かな〜り重傷だってのに〜、どうして誰も来ないのさ!」
閑散とした闘技場を見回して緋月は叫んだ。観衆の数も疎かになり、緋月の下に駆けつけるギルド職員すら居なかった。
ミジンコくらいの威厳はあるはずと思っていたが、ミジンコ以下の威厳しかなかったらしい。
「も〜こうなったら……葛っちゃんに構ってもらうもんね!」
起き上がり肩を回しながら緋月は葛葉のことを思い浮かべた。
構ってもらうといっても、葛葉の身体的精神的回復が済んでからだ。その間に、緋月はやらなければいけないことがある。
それは……。
「次期英雄候補の冒険者鬼代葛葉の極東派遣……か。やだな〜あの子にそんな事を頼むしかないってのはさ〜」
極東派遣、実質邪竜討伐だ。
まだLv.3になったばかりの葛葉を送ることは、死にに行けと言うのと同義だったのだが。
葛葉は今日の特訓で勝ってしまった、大勢の人間に見られたのだ。
かの【戦帝】に勝ったのを。
故に葛葉は死にに行くのではない。戦いそして、邪竜を討伐しなくてはならないのだ。
「でも僕がぐちぐち言っても仕方ないよね。あの子ならって……! そう信じなくちゃ」
パンパンと両頬を叩き、緋月は気持ちを入れ替えた。
「葛っちゃんはすごい子なんだから! ボクの、自慢で自慢過ぎる、大好きな弟子なんだからね!」
不安そうな顔だったが、今の緋月にはそのような翳りはなかった。
今はただ、親バカのような笑みで葛葉を思い浮かべていた。
「大好きだよ、葛っちゃん‼︎」
本当に誰もいなくなった闘技場のど真ん中で、緋月は大きな声で愛を叫ぶのだった―――。
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