十二話 自然な私
今日は無事、トラブルは起こらなかったです!
―――そしてなんやかんやあって、朝を迎えた。
細く開いている窓の向こうから聞こえてくる鳥の囀りと、両隣の寝息によって目が覚めてしまったのだ。
「うぅ」
目を擦り大きな欠伸を浮かべて両隣に居る、葛葉の腕に抱きついて眠っている二人から優しく離れた。
離れる際、鬼丸の顔が少しだけ顰めっ面となったが気にせずに、寝巻きからいつものあの服に着替え始めた。
物音はあまり立てない質なので二人が起きることもない。
「よし」
着替え終える最後、太腿に拳銃ホルスターを装着して準備は整った。最後に姿見で全身を見てから、部屋を後にした。
階段を降りている最中リビングからは物音が聞こえて来ていた。今の時間は朝七時過ぎ、その時間に音が聞こえるということは、五十鈴が既に起きていて、朝食の準備を進めているのだ。
「毎朝やってくれてるから感謝しないと……」
リビングの扉を開ける寸前、葛葉は胸に手を当ててそう呟いてから、扉を開た。
「五十鈴ー、おはよー」
「葛葉様、おはようございます」
リビングには作り途中の料理のいい香りが漂っていて、寝起き直後で空っぽの胃袋が食べたいと声を上げてしまいそうになる。
キッチンで忙しなく料理をする五十鈴が挨拶を返し、すぐに料理の再開はせず、葛葉の下に向かった。
「葛葉様、何か飲まれますか?」
「んー、じゃあコーヒーお願い」
葛葉が椅子に座り欠伸をしていると、五十鈴が横に立ちそう訪ねて来たのだ。
一瞬の逡巡があったが、葛葉はすぐに飲みたいものを決めて五十鈴に伝えた。
かしこまりましたと、五十鈴がそそくさとキッチンへと戻り料理をしながらコーヒーの準備も進め始めた。
「あまりにも優秀すぎるなぁ」
料理も出来る上にすごく美味しい、複数の事を同時に行える、嫌な顔せず進んで取り組んでくれる。
今の五十鈴は何処かのメイドには是非見習ってもらいたいほどだった。
(……五十鈴は誰にも渡さない決定)
と五十鈴のことを眺めながら、愛娘を手放す気のないお父さんのようなことを思い浮かべ、葛葉は自然と真剣な顔付きになってしまった。
しばらくして葛葉の目の前にコーヒーカップが置かれた。
「…………緊張なさっていますか?」
「んっ。よく気づいたね……」
置かれたコーヒーカップを手に取り口元に運んでいた時、五十鈴が唐突にそんなことを尋ねて来たのだ。
コーヒーを啜る直前、葛葉は驚き思わず顔を弾くように上げた。
「そんな気がしまして……。」
「ん〜……今の私が本当の自分なのか、分からないけど。昨日、皆の本音を聞けて、少しは自負を持てた気がしたんだ」
皆が信じてくれているから。と葛葉は遠い目で呟いた。
ルプスの言葉、律と五十鈴の言葉、葛葉をよく見ている人の、緋月の言葉。
今の自分はちゃんと自然に笑えてるかどうか分からないが、少しは本当の自分になっているのだと信じ、今日の特訓に挑むつもりなのだ。
自然な自分とは『葛葉』の状態かもしれない。そんな不安を思い浮かべてしまう。
「きっと大丈夫です、今の葛葉様は素敵ですから」
「そ、そう?」
微笑みと同時にお世辞を言ってくれる五十鈴の言葉に、葛葉は少しもどかしく思ってしまう。
今日の特訓は全力で臨む、そう誓いを胸中で立て、気を引き締めるのだった―――。
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