十話 迷えないから
「……」
「まだうぬは迷うべき時の中じゃ。じゃが、これからは迷う暇などありゃせん。迷っていては激動の、この荒波に呑まれてしまう」
黙り込んだ葛葉に言葉を放ち、鬼丸はなおも続ける。
「迷う者は弱い。緊急時、迷える時間がどこにあると言うのじゃ? 直感でも感覚でも構わんのじゃ、ただ迷うな、諦めるな」
そして鬼丸は葛葉の手を取って、
「【英雄】とは……すぐれた才知・実力を持ち、非凡な事をなしとげる者じゃ。……迷う諦めるは凡庸な者達のすることじゃ、じゃがうぬはもう凡夫でも凡庸でもありゃせん。この世の遍く生命が、【英雄】に弱さを許さんのじゃ」
葛葉をしゃがませ、目線を同じくさせ、長々と続ける。
「停滞は許されん、足踏みしとる場合ではない。うぬが思うより、それ以上に世界はうぬを期待してしまっておるのじゃからな。……じゃから、二度とあのような姿を見せるでないぞ鬼代葛葉」
「……うん、誓う。もう迷わない…………違う、迷えない」
そんな時間はない。あったとしてもそれは打開策を考えたりするための時間だ。
例え鬼代葛葉が迷うのを望んだとしても、悔恨がそれを許さないのだ。
「あい分かった。期待しておるぞ?」
「うん……! ……見てて、明日。私は緋月さんに勝ってみせる」
すこし言い淀みながら、長い鬼丸の話の返事を返した。
鬼丸の溜まっていた鬱憤を受け止め、大事に思ってくれる仲間の声を聞き、こんな英雄を信じようとした子がいて、今も信じている子がいる。
ならばその期待に応えるべきだろう。
「うむ! ……して葛葉、律よ」
「ん、なに?」
「なんでしょうか?」
「抱き合っていた罰じゃ、ワシと風呂に入るがよい」
「……駄目か〜」「駄目でしたか……」
長々と話していたから忘れてくれたのかと思っていたが、どうやらきちんと覚えていたらしく、ニコッと笑う鬼丸からは下心しか感じられなかった。
首にタオルを引っ掛け、下着姿の葛葉がコップに注がれた水を一気に飲み干した。
あの後鬼丸と風呂に入り、律と一緒に鬼丸のおもちゃにされてしまい長風呂となり、そのせいで喉が渇いてしまったのだ。
コップを置き、もう一杯飲もうかと思案していると、
「……葛葉様」
リビングの扉を開けた五十鈴が葛葉の姿を見て口を開いた。
「五十鈴……ちょっと来て」
「は、はい?」
コップを置き、葛葉はリビングの中央にあるソファーへ向かい座った。
そして五十鈴を手招きしながら隣に来てと示すと、五十鈴が急いで買い物バッグをキッチンに置いて早歩きで葛葉の隣に座った。
「い、五十鈴……ごめんね」
「……葛葉様?」
そして重々しい雰囲気の中、葛葉が口を開いて放った言葉はそれだった。
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