二話 約束を再び
ギリギリセーフですね!
「はぁ〜ぁ」
「お疲れ」
コトッとコーヒーカップを机の上に置き、大きな溜息を吐いた緋月へ、葉加瀬は微笑みながら優しく声を掛けた。
あの日から三日。ギルドでは激務に倒れた職員の屍が廊下に転々とある状態だった。
「葛っちゃんのこともあるし、あの二人もレベルアップしちゃってさ〜……はぁ、疲れたよ葉加瀬」
「もう少しの辛抱だと……思う?」
伸びをしてから立ち上がった緋月が葉加瀬へ抱きついた。が葉加瀬はいつものように緋月を引っぺがさなかった。
優しく緋月の頭を撫でたのだ。
「葉加瀬〜……眠い」
「ん〜……そう。することもないし……寝ててもいいよ」
ギルド長室の机の上に置かれていた書類等は既に片付いており、そのほかに書類はない。
つまり仕事は一段落着いたのだ。
あの怠け癖のある緋月が仕事を終わらせたのだ。
「……んぅ、葉加瀬〜膝枕して」
「…………少しやらせ過ぎたか」
緋月の手を引きながら葉加瀬はソファーに座り、眠たそうな緋月の頭を自分の膝の上に乗せた。
スリスリとタイツ越しに葉加瀬の腿の肌を堪能し出す緋月に、葉加瀬は苦笑してその行為に目を瞑るのだった。
それから五分か十分経った頃。
「……葉加瀬」
「―――起きてたんだ」
自分の仕事を片付けていると、うつ伏せになって葉加瀬の腿に顔を埋めて寝ていたと思っていた緋月が、くぐもった声で葉加瀬を呼んできたのだ。
手をピタッと止め、葉加瀬は視線を下に向けた。うつ伏せから仰向けに姿勢を変えた緋月が、真っ直ぐと胸越しに葉加瀬の顔を見ていた。
「今日、ボクは葛っちゃんとの特訓で……あの子が何も変わってなかったらさ、あの子のことすっごく怒るつもりなんだ」
「……そう」
震えた声で口にする時点で、まだまだ覚悟は定まっていないのだろう、と葉加瀬はそう思った。
だが緋月は続けて、
「あの子はきっとまだ間違えてる。だからボクはあの子が正解に辿り着けるように鍛える、そうあの日の夜に約束したからね」
紛れもない葛葉と。今度は震えた声ではなく芯のある声で。
ただそれでも緋月には耐えられないことが一つだけある。
「……う、うぅ! 葛っちゃんに嫌われたら葉加瀬! ボクのこと慰めて〜!」
そう、叱った末に嫌われてしまっては、最悪自死を選びかねない。たしかに葛葉に嫌われたら後なら死ねそうな気がすると葉加瀬は苦笑した。
だから念のため葉加瀬に託すのだ。嫌われて、ヘラった自分のことを。
「……そう。わかった、身体でシテあげようか?」
「―――ッ⁉︎ ほ、ホント⁉︎」
「緋月が望むなら」
「言ったね! 約束だよ⁉︎」
元気付けるために言った言葉も、既に精神が不安定なのか眠気で頭が回らないのか、緋月が真に受けてしまった。緋月とはそういう関係でもないのにだ。
だが葛葉が叱られたくらいで嫌いになることは流石にないはずだ。大人ぶっているあの子ならと、緋月との約束に不安を覚えてしまう葉加瀬であった。
(『約束』……か。ふっ、すごい皮肉だな。また緋月と約束できる日が訪れるなんて)
葉加瀬と何しようかな〜、とやりたいことを指折り数え始めた緋月の声を聞き流し、葉加瀬は部屋の天井を見上げた。
―――あの日の約束を果たせなかった自分を、緋月は再び信じようとしてくれているのだから。
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