三話 救いの光
えー仕方ないですよねっ⁉︎
それから何十分経ったのだろうか。いや、もう何時間かは過ぎてるだろうか……?
掃除をする音もとっくのとうに止んでいた。それでも、今の葛葉に顔を上げる勇気は湧かない。
「――酷い有様ですね。【英雄】さん」
「――っ⁉︎」
掛けられた声に、葛葉はバッと顔をあっさりと上げた。そして鉄格子の向こうに佇む、和服の少女をみてホッと安堵した。
「一応は敵なのですが……まぁ良いでしょう。今はあなたの心の癒しになってあげますね。……あんなのを見た後の人を無下にする、なんてこと、私には出来ませんので」
少女はため息を吐き、完全には拭い取られていない血や肉、臓物が付着した床を一瞥する。目の前で人が無惨に死ぬ。この世界に来て何度目だろうか。
「……あなたも、あの人達の仲間だったんですか……」
「はい、そうですよ。と言っても、多額の報酬金目的ですがね。……契約期間が終わるまで、後五日は残ってるんですよ、本当ならこんな奴らと連みたく無いのですがね」
少女はそう言いながら、牢を監視する傭兵の事を睥睨してから、葛葉に顔を向ける。この少女はきっと、契約していなかったら、直ぐにこの依頼を蹴っていたのだろう。言葉の端々から、少女が男達に殺意を向けているのが分かる。
「ギルドが動き出しましたよ」
「……そうですか」
「街では複数の傭兵による抵抗があったようですが、怪我人を出さずにギルドは制圧したそうです」
「……」
今、そんな話をされても葛葉にはどうする事も出来ない。力があれば、少しは違ったのだろう。強そうで強く無いスキル、対人戦なんてした事ない引き篭もり。そんな自分が、この傭兵と戦えるわけが無いのだから。
「……【英雄】さん、あなたは戦おうとしてますか?」
「……」
何も言い返さず、ただ押し黙る葛葉の姿に少女が下唇を噛み、言わないようにしていた事を言った。
「いえ、あなたは怖いんじゃないですか。人を殺すのが」
「……っ」
この世界に来て人の死には何度も立ち会った。立ち会い、その死体を見て、ただ唖然とするだけ。
今更死が怖いとは思わない。けど、人殺しはとても怖いのだ。自分が自分では無くなってしまうような気がして……。
「殺意は抱いても……あなたは殺すことが出来ない。そしてそれを、自分の力不足で片付けてしまう。違いますか?」
否定することが出来ない。それは違うと、あの男を殺すと、そう叫びたがった。でも、それは自分の心の中のことで、本当に出来るわけが無い。
殺したいのに殺せない、このジレンマが葛葉を狂わせる。
「――侵入者だ‼︎」
「……侵入者?」
すると男が大声を上げながら、この牢がある部屋へとやって来た。
剣を持ち、いつでも戦えるような臨戦状態で、応援でも呼びに来たのだろう。見張り役の男が、直ぐに武器を取りに行き、少女が知らせに来た男に聞き直した。
「あ、あぁ! ガキなんだがよ、どうやら冒険者っぽくてな」
「ギルド職員では無いのですか……なら、容姿は?」
「んぁ? そうだな……黒い長髪のガキだった。軽装で、ナイフで戦っていやがった」
「……そうですか。それでは、先に向かってください、直ぐに行きますから」
「お、おう!」
少女達の会話を聞いていていた葛葉は、目を大きく見開いていた。黒い髪の冒険者で子供っぽい。
もしかしたら違うかもしれないが、それでもその言葉が引っかかるのだ。
「知ってる人かも知れませんね」
「……」
「……戦闘が起きてるみたいですね」
「……」
「もしかしたら、その人。死にますよ」
「……っ!」
少女はそう言い、葛葉に背を向けて看守の傭兵が出て行った扉から、出ていくのだった。
「っ……私は、どうすれば……!?」
葛葉はただ、何も出来ない自分に嘆きながら、鉄格子の向こう側を眺めるだけだった。
読んで頂き、ありがとうございます‼︎
いやはや、まさかメンテナンスが長引くなんて……。毎日投稿がまさかの要因で閉ざされるとは……。でも、仕方ないですよね!
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