一話 目覚め
前よりもちょっと長いかもしれません、ですが書き直した結果一章自体内容が少なくなったので……。
冒険者。葛葉がやってきた世界にはそんな職業がある。
一昔前まで冒険者は、とある所では死に急ぎ野郎共等と揶揄されていた。
だが、それは一人の【大英雄】が現れた事で消え失せていき、冒険者の評判は鰻登りし、誰もがなりたいと言う職業となった。
街を歩けば、小さな子供達が冒険者ごっこなるものをし、商店街や大通りを歩けば露店の店主に声をかけられ果物を投げてくれる。
それ程までに、冒険者は一般人からの憧れや尊敬を向けられる職業になったのだった。
しかし、冒険者は命をいつ落とすか分からない職業でもあった。
つい昨日冒険者になったばっかりの奴が、クエストを受け、夕方には冷たくなって帰ってきたり。
一緒に酒を飲み交わした奴は、次の日にはズタズタに、ボロ雑巾になって発見されたりと。
それが冒険者という職業だった。
魔物を狩り、時に自分等が狩られる。
冒険者とは常に死と隣り合わせなのだ。
――始まりの街、オリアギルド支部――
書斎のような部屋で書斎机に全体重を預け、ぐてーっと突っ伏する一人の少女。
緋色の髪を後ろで一本に結んでいて、ひょこひょこと際限なく動き回るアホ毛がよく目立つ。
「あ〜暇だなぁ」
突っ伏していた少女はクルッと顔を90度に回し頬を机に当て呟いた。
その呟きを聞き、ピタッと指が止まった一人の女性。
先ほどまで鳴っていたカタカタという異世界にしては場違いなオーバーテクノロジーである、ノートパソコンを開いていた。
「それ、もう五十回は聞いた」
「だって暇なんだも〜ん」
そう言うと少女は、んー! と伸びをしてから椅子から飛び降りた。
「はぁ〜ぁ、ラグスを可愛がろうにも、クエスト行っちゃったしなぁ」
ボクぁは寂しいぜ、とキザっぽく鼻下を擦りながら言う少女。
を尻目に、ノーパソのすぐ近くにある書類の束をみて、仕事をさせようと話しかける女性だったが、
「暇なら私の手伝いを……」
「あ! 今日はスーパーの特売日だったーっ‼︎」
少女は「それじゃあね!」と微笑んでスタスタっと部屋から出ていってしまうのだった。
一人残された女性は、はぁっと短くため息を吐いてから、
「スーパーなんて無いだろ」
ほんのちょっと怒りのこもった声で呟いて仕事を再開させるのだった。
オリアの街から徒歩三時間ほどにある『不帰の森』。
名前の由来は、入った者の殆どが帰って来ないことから付けられた。
そんな森の中を一人の青年が草木を掻き分けて奥へ奥へと進んでいた。
青年の名は『ラグス・ノーベック』という。
「……ふぅ、やっぱり、何回来ても疲れるな」
額の汗を乱暴に拭って一呼吸しきた道を振り返った。
『不帰の森』は地形が複雑なのだ、起伏していたり、凹んでいたりと、凹凸が激しい森だ。それに急な斜面もある。
そのため、全貌は把握されておらず、地図も作られていない。今回のクエストの内容は、この森に討伐に向かった新米冒険者パーティーの発見及び、保護である。
つまるところ、ラグスは新米冒険者パーティーを保護出来るほどの、実力を持っていると言う事だ。
事実、ラグスのLvは4。中の上の上である。
『不帰の森』の特性は中心部に行くにつれて、魔物やモンスターが強くなる。
しかし浅い所はゴブリンやコボルトなどの雑魚モンスターしかいないため、保護は簡単だ。
(けど、この感じは……。)
目前の茂みを手で掻き分け視界が広がる。
目前には、夥しい血の海とモンスター達に喰い殺され、血肉を貪られる新米冒険者達の姿があった。
「……だよな」
分かってはいた。
既に中心部の近く。新米冒険者達が生きてる可能性など無いと思っていたのだが。
どうしてか、生きていると思ってしまっていた。
ふぅ……と息を吐いてからラグスは、背中に取り付けられている鞘から大剣を抜き、モンスター達に構えた。
そして大地を蹴って斬り掛かった。
―――戦闘はすぐに終わった。モンスター達を蹴散らしたラグスは一息吐いて、残された無惨な遺体に屈み込んだ
そして、。
「ごめんな……ん?」
飛び散ったモンスターの血と贓物の海の中で、ラグスは新米冒険者達の亡骸に手を合わせるのだった。
「これは……」
ふと、一人の新米冒険者が握っていた物に気が付いた。
それは女性の写真が入っているロケットペンダントだった。
近頃の『転移者』のおかげで、この世界の魔法技術はかなりの躍進を果たし、このように写真を取れるようになっていた。
ラグスは下唇を噛み締めつつ、死後硬直している冒険者の指を折って、
「……っ」
ロケットを取り握りしめた。
「必ず、持って帰るよ」
骸を傷付けた上に大切な物を勝手に盗っていくような物だ。大義名分があるとすれば、死亡確認し身元が判明できる物を回収するのが、ラグスが受けたクエストだ。
その他全員の『冒険者カード』を回収し、決意に満ちた声で呟いてから来た道を戻るのだった。
―――その道中だった。彼の人生を大きく変える人物が現れたのは―――。
荒い息を吐きながらラグスは自分が残してきた痕跡を頼りに『不帰の森』から帰ろうとする。
不帰の森は入るのは簡単だ。ただし帰るのは至難を極める。
中心部の近くなぞ、最も生存率が少ない場所だ。
ただし彼はLv.4。ちょっとやそっとのことでは死にはしない。あとはちゃちゃっと帰るだけだ。そういつも通り思っていた。
ガサガサっと不意に前方の茂みが蠢き音を立てたのは。
「……何だ」
背中にある大剣の柄を握りながら警戒する。
何が出て来てもいいように構えを取り始めた。
次の瞬間、茂みから出てきたのは、
「誰か……助けて……っ」
と涙を流しつつ絶望に満ちた表情の美少女が、長い棒に手足を固定されて二匹の『ゴブリン』に担がれていた。
「このまま……死ぬんだ……ハハハ」
そして呆然としていた身体が状況を理解して咄嗟に動いた。
鮮やかな剣技で二匹の首をアッサリと斬り飛ばし、地面に臀部から落ちた美少女に駆け寄り手足の拘束を解くのだった。
「だ、大丈夫っ?」
「……ぁ、ありがどうございまじゅぅ……‼︎」
美少女はまじまじとラグス顔を見てからブワッと涙を流してあたまをさげてくるのだった。
「う、うぅ、お見苦しい姿を見せやした……」
「あ、あぁ仕方ないよ」
あれから十分ほど美少女が泣き涙が引っ込むと、二人はぎこちなく顔を見合っていた。
「君、名前は?」
「……あ、えと、鬼代。鬼代葛葉って言います」
名前を聞くと美少女―――鬼代葛葉はぎこちなく答えるのだった。まだ怖いのかな、と首を傾げていると、そちらは? という目で見つめてくる葛葉に急いでラグスは名乗るのだった。
「あの、ラグス……さん。ここって一体、何処なんですか?」
クルックルッと辺りを見回した葛葉がラグスに問い掛けると、ラグスはまた首を傾げた。
「君……もしかして『不帰の森』って知らずに入ったの⁉︎」
そして嘘だろと尋ねるのだった。が、葛葉は頭の上に疑問符を浮かべていたため、「あ、マジだこれ」とラグスは理解した。
「というか……君ってもしかして、転移者……?」
憶測ではあるが、ラグスは葛葉の身なりと髪色と瞳を見て恐る恐る尋ねた。
すると葛葉はコクリと首を縦に振るのだった。
「なるほど、知らない訳だ。……んーそれじゃあ、俺に着いて来くれるか? 俺は今帰る途中だったからさ」
そう言うと葛葉はコクコクと首を、今度は連続して縦に振るのだった。
そして振るラグスが歩き出そうとした時だった。
———咆哮が聞こえて来たのだ。
「? なに、今の……」
ラグスははっきりと聞こえ手が震えたが、葛葉には薄らとしか聞こえてなく、そのため立っていた。
「鬼代さん、俺は来た道にに目印を付けてる。それを辿って森から出てくれ! 森から出たら街道がある、それを右に曲がって真っ直ぐ進んでいけば街に着くはずだ!」
「え、え?」
ラグスの唐突な指示に葛葉は戸惑いの声を漏らした。
何を言っているんだ、どうしてなんだと困惑の表情を浮かべる葛葉に、ラグスは手短く説明した。
「化け物が来る。……だから、君は走って逃げてくれ!」
葛葉はそう言われるとかなり躊躇いながらも走り出すのだった。
それを背中越しに確認したラグスは大剣を鞘から引き抜いた。
と同時にズドンッと大地を踏み締める足音が目の前で止まった。
静寂が訪れる。緊張で汗がダラダラと噴き出る余裕のない静寂が。
今、ラグスの目の前にいるのは一体の巨大な緑色の肌の巨人だった。推定五メートルはある巨躯の持ち主だった。
「……【小鬼の王】か」
見なくとも分かる目の前にいる存在の名を呟いた。
そして同時に確信した。
このゴブリン・キングはLv.5だと。
ここでやっと、ラグスは顔を上げた。そしてはっきりと目にした。自分が今から戦おうとしている存在を。
『人間。我ト雌雄ヲ決ソウゾ』
潰れた片目、頰の深い切り傷、そして全身の夥しい数の傷。
見ただけで分かる、歴戦の猛者だと。
「喋れるのか……」
ゴブリンが人語を発するとは思わなかったラグスは動揺を隠そうと、
「一応だが俺は強いぞ……?」
とニヒルな笑みを浮かべて去勢を張るのだった―――。
葛葉は言われた通りに走っていた。
暗い森をただひたすらに。
何度も何度も転けそうになって、実際に転けた。
だが、後ろを振り返ることはなかった。その時だった、葛葉の腿を何かが貫通したのだ。
「―――ッ‼︎」
今まで味わったことのない痛みに葛葉は歯を食いしばりながら地面に倒れるのだった。
「っつ……っ、これ、矢……?」
自分の腿に刺さって居たのは矢だった。
その鏃の先端からポタポタと血が滴り、痛みがやってきた。
「く……ぅ、いった……ッ」
刺さった矢をどうしようかと考えていると、ガサガサと目の前の茂みから一匹の緑色の肌の怪物が姿を現した―――。
―――ボロボロの鎧と、ボロボロの体。
何故まだ生きているのか、自分ですら分からない。
対して、ゴブリン・キングに与えたダメージは胸の大きな裂傷のみ。
だが、キングはそれすらも蚊に刺された程度の痛みと言わんばかりに、手に持った大鉈を振り回す。
大剣で左からくる薙ぎ払いをパリィし、大剣をクルッと一回転させてから大上段に上げ振り下ろす。
だがキングには浅い切り傷しか与えれない。
これがLv差という物。
一レベルの差が勝敗を決める。
攻撃時の硬直をキングは狙ってきた。
だが大剣を閃かせ、大剣の腹で大鉈の攻撃を防ぐが、大地を割るような衝撃が両手を襲った。
『何ヲシテイル、人間』
攻撃が重くなり、ピシッと大剣に亀裂が走る。
(ま、不味い! このままじゃ、大剣が折れる)
亀裂は広がり、そして……パキンッ‼︎ と甲高い音を立てて、大剣は真っ二つに折れてしまった。
大剣は折れたが運良く大鉈は交わした。だが攻撃手段が無くなってしまった。
『人間、貴様ノ力ハコノ程度カ?』
「……無茶言うな、俺は……時間を稼げればいいだけだっ!」
魔物に何言っているんだ、と眉を顰めつつも、背後にある獣道を守るように立つラグス。
キングはラグスの背中のその先を見て、目を細めた。
『守ル者ガイルナラバ尚ノ事。ココデ死ヌノカ?』
「あぁ俺はここで死ぬ。だけど、その最期に誰かを助けれたのなら本望だ。あの子を逃す! それが俺の死に征く理由だっ」
その言葉の後、ラグスは虚空に手を突き出した。
(師匠、使います……ッ‼︎)
覚悟を決め瞑目して居た目を開いた。
虚空が歪み黒い澱みが現れると、ラグスの手が中に吸い込まれていく。
キングはその行動を阻止しようと鉈を振り上げラグスに斬撃を放った、次の瞬間だった。
キングの右腕が切り飛ばされたのだ。
「―――虎爪『断絶』」
腕を切り飛ばされたキングの背後には、大剣に付着した血を払うラグスの背中があった。
『……ソノ武器、中々ノ業物ダナ』
先ほどまで打ち合って居た大剣とは全くの別物に、キングは目を大きく見開いて居た。
だがキングは臆さずに距離を詰める。
片腕を切り飛ばされようが、身体を切り付けられようが、それは戦いを止める理由にはなり得ないからだ。
「っ⁉︎」
『誇レ。貴様ハ強イ』
敵ながら天晴と、他人を助ける為に死力を尽くすラグスを讃え、キングは初めて構えを取るのだった―――。
―――怪物は不気味な笑みを浮かべながら、葛葉にジリジリと近寄って居た。
痛みで上がらない脚に、歯を食いしばりながら力を込め怪物から距離を取ろうと後退る葛葉の姿に、怪物は下卑た笑みを浮かべた。
抵抗しようにも、葛葉には抵抗する余裕はなかった。今の状況を分かりやすく言うならば、目の前に猛獣がいるのと同じだ。
目の前にヒグマや虎が居たとして、殴りかかる勇気がある人間はそうそう居ない。居るとしたら、それは何か守りたいモノがある人間だ。
ドン。後退りしていた葛葉の背中が何かに当たった。
それは木だった。一本の大木が葛葉の逃げ道を塞いでいたのだ。
(く、クソッ。毎回毎回、脚が震えて動けなくなって。……勇気があればッ、あの時だって‼︎)
悔しくて涙が溢れ、悔しさにギュウッと地面を握りしめた。
そしてバッと目の前の怪物に砂を掛けた。
目眩しにしかならない意味のないことだが。今の葛葉にはそんなことしかできない。
目に砂が入り悶絶しブンッブンッとゴブリンは手に持っている棍棒を振り回した。葛葉の顔面スレスレを棍棒は行ったり来たりを繰り返して。
このままなら必ず死ぬ。目の前の怪物を改めて見て思った葛葉は、一か八かの賭けに命を賭けるのだった。
腿に刺さっていた矢を引っこ抜き逆手に持ち、怪物が棍棒を振り回すのをやめた瞬間を狙う。
「……っ!」
怪物が棍棒を地に降ろした瞬間を葛葉は狙った。
怪物の身体を押し倒し、馬乗りになって怪物の首に鏃を何度も何度もぶっ刺した。
その度に怪物の抵抗は激しくなっていった。棍棒で腕を叩かれるも、その棍棒を持つ手を押さえつけた。
もう片方の手で葛葉を突き飛ばそうと暴れる怪物のせいで、葛葉のきて居たジャージが引き裂かれてしまう。
それでも葛葉は何度も何度も矢で怪物の首を刺し続けた。
「……」
次第に抵抗が弱まって、完全に動かなくなった怪物の死体の上で、葛葉はやっと手を止めた。
「もう……死んで……たか」
怪物の血で染まった手を見て葛葉は目を瞑った。
「あ〜……死ぬかと思ったぁ〜……」
全身の力が抜け、ドサッと葛葉の身体は怪物の身体の上から落ちてしまった。
臀部を襲う痛みも、今の葛葉にとってとはほぼ感じなかった。
「……あぁ。……ぁ」
そして顔を向けた。逃げてきた道に―――。
―――もはやボロ雑巾の方がよっぽど綺麗な程にボロボロになったラグスは、地に膝をついて居た。
『ココマデカ』
ラグスの姿を見て、これ以上の戦闘は不可能だと悟ったキングは構えを解いた。
息も絶え絶えのラグスは起き上がろうと必死に身体に力を込めて居た。
『モウヨセ……コレ以上ハ無駄ダ。我ガシタイノハ一方的ナ暴力デハナク、血肉湧キ踊ル極上ノ闘争ナノダ』
これではない、と呟き肩を落とした。その時だった、震えて立てずに居たラグスが両脚で立ち、大剣を構えたのを見て、キングは目の色を変えた。
「無駄だとか、そんなん関係ないね。俺は散ってもいい、後少しだからな……」
あの少女が後一歩でこの森を抜けると、ラグスは思っていた。転けず迷わず全速力で走ってもこの森を出るには一時間は掛かるが、森を抜ける前に魔獣達が極端に弱くなる上、まったく遭遇しなくなる領域に入るのだ。
故に、あと少し耐えればあの少女の安全は確実な物となるのだ。
「それによ……ここまで来たんなら、最後まで戦って死ぬしかねーだろ。……今ここで死ぬ方が一番カッケェだろ」
我が身を賭して人を守り、自分よりも強大な敵に立ち向かうのだから。
「新聞に……大々的に書いて欲しいもんだ……」
ただこれらの言葉も、ただの強がりだった。
読んでいただき、ありがとうございます!
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