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十五話 泣いた鬼

これはノーカンですよね!?

――二週間後――



「…………ねぇ、鬼丸様」

「なんじゃ」


水溶液の土台のような部分に身体を預け月詠はか細い声で鬼丸に声を掛けた。あの日から既に二週間。暗い表情はしなくなり、常に明るく振る舞っていた月詠だったが、昨日くらいから身動きひとつしなくなった。腕は骨がくっきり見え、脚もまた同様で、顔は痩せこけている、それでも美少女と言える顔だ。


「……何で私なの?」

「…………なんじゃ、怖くなってきたか?」

「ううん。怖くは無いよ……でもね、不思議に思ったの。何で私は生まれてきたのかなって」

「……」


月詠の居る場所は、鬼丸には見えない。だから、月詠がどんな表情をして、どんな顔で、問いかけて居るのか、鬼丸には分からない。鬼丸にできる事は、月詠の問いに鬼丸の自身の思いを伝えるだけだ。……でも、何を言えば良いのか、鬼丸には分からない。


「……私が生まれてきて、沢山の人が悲しんだ」


懐かしむような優しい声色。


「お母さんが辛い思いをして、お父さんが一生懸命守ってくれて、生まれてきたのに……。どうして、私はこんなに早く死んじゃうの?」


一人じゃ解けない問いを、誰かと共に解こうとするように。神に問い掛けるように、静かな声で月詠は問いを投げ掛け続ける。


「……五歳になるまで、ずっと石を投げつけられてた。……陰口だって言われてきた」


それは決して良い過去とは言えない、負の記憶で消し去りたい記憶のはずなのに、なぜ月詠はそんなに懐かしむように話すのか。


「暗い部屋に閉じ込められて、誰とも話さないで、お父さんもお母さんとも離れ離れで、一人孤独に生贄になる日を待って」


いつからか月詠の声をは震えていて、次には問い掛ける声が泣き声に変わりそうになって居る。


「そしてまた、暗い部屋で死んじゃう……。何もしてこないで、沢山の人に迷惑を掛けて、最後はあっさり死んじゃう。……ねぇ、巫女様」

「…………なんじゃ」

「な、んで……私はっ! 生まれてきたのっ!?」


最後の力を振り絞るように、月詠は声を大にして誰かに向けた問いを言う。鬼丸は一切顔を顰める事なく、月詠の言葉を聞き続ける。


「何もしないで、皆んなを不幸にするくらいなら! 生まれて来たくなかった‼︎」


悲痛に満ちた声は鬼丸の鼓膜を震わせる。その声の裏にある感情も鬼丸には伝わってしまう。


「どうして、どうして私は……」


ヒステリックにも似た月詠の言動に、鬼丸は何も言わない。ただただ、聞くだけだ。


「……何で私なんかが、生まれてきたの……?」


その言葉を言うと同時に、月詠の涙が床を濡らす。今まで保っていた涙腺が一気に崩落したのだ。ボトボトと流れる大粒の涙は、床に落ちては弾けていく。


「……どうして……どうして」


鬼丸は泣き声に混ざる、月詠の声を聞きながら、思った。

この月詠と言う少女は、誰からも嫌われ世界からも排出されると言うのに、その者達に、その運命に文句ひとつ言わずに、ただただ原因である自分がなぜ生まれてしまったのかと、解けない問いに答えが欲しかったのだ。鬼丸にはこの手の悩み事を持つ者に掛ける言葉は無い。でもこのままと言うのも……。


「……――っ‼︎」


とそこで昔にして貰った事がある、自分がされて嬉しくなった事を思い出した。これで月詠が元気出すのかは知らないが、まぁやらないよりは良いだろうと、鬼丸は深呼吸をしてから月詠に声を掛けた。


「月詠よ、うぬの夢は何じゃ?」

「…………夢?」


涙を流していた月詠が、流しながらも鬼丸の方へ視線を送る。


「そうじゃ。少なくともあったであろう」

「…………私の夢は、英雄に助けてもらう事」

「……なんじゃ、そんな事か」

「そんな事じゃ無いもん!」


余りにも欲が無い夢に、鬼丸が拍子抜けとばかりにニヤけながら、揶揄う。月詠は泣いていた事なぞ忘れ、鬼丸の言葉に怒り出す。誰だって自身の夢を笑われれば、悔しいのだ。


「……じゃが、それで良い。うぬに泣きっ面は似合わんのじゃ」


涙が引き――流石に目の周りは赤いが――泣いていた月詠は、少し表情が明るくなっていた。


「また前みたく、馬鹿らしい事を言い、わしの暇つぶしでもするのじゃ」

「……鬼丸様。ありがとう」


月詠はまた、屈託の無い笑顔で鬼丸にそう言うのだった。




 ――翌日――




「…………」


分かっていた。月詠の限界は近いことに。とっくのとうに、月詠がこの場所にやってきた時から。


「……何でじゃ、今まで見てきたはずじゃろ?」


人の死に慣れ、人のことをただの肉塊としか思わない鬼丸が、初めて味わう感覚。表情は見えない、どんな風な顔で死んだのかも、どういう態勢で死んだのか。鬼丸には分からない。


「……いつも、こうやって……見殺しにしてきたのにじゃ」


巫女の贄はずっと続いて居る。鬼丸が封印されてからずっと、長く長く。だからこの辛さは慣れて居る、はずだった。


「………すまぬのじゃ」


そう。今までも贄は続いていた。

いつもの贄は、鬼丸を怖がり隅っこで衰弱死しているのが常であった。でも、月詠は違ったのだ。だからこんなにも辛いのだ。


「亡き骸も抱いてやれる事ができぬとは、こんなにも辛いのか……」


水溶液の中で、鬼丸は涙を流したような気がした。


「月詠……。お主がこの世にいたことは、わしが知っている。そしてわしが、わしの墓まで持っていく事を、わしの真名で誓うのじゃ……!」


鬼丸の声が震えてき、怒りか悲しみかに染まる。月詠は決して矮小な小娘ではなかった、理不尽な目に遭ってもなお、その運命を受け入れ、文句を言わない器を持っていた。

あの少女がなぜこんなにも早く死ぬのか。運命なのか、変える事はできないのか。出来るわけがない。過去を変える事はできないのだから。


「願わくば、うぬの夢が来世で叶う事を祈るのじゃ――」

読んで頂き、ありがとうございます‼︎

これは、忘れたとかじゃ無いのでノーカンになりません? ……なりませんよね。

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